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80歳の乳がん。手術をせず、ホルモン療法だけで治療することはできますか?

80歳の女性でした。

右乳房に3cmほどの乳がんがあり、一部は皮膚の近くまで及んでいました。

検査では、

ホルモン受容体陽性、HER2陰性乳がん。

リンパ節転移や遠隔転移は認めませんでした。

一般的に考えれば、まず手術を検討する状況です。

ただ、80歳という年齢になると、

「手術をしないで、ホルモン剤だけで治療することはできませんか?」

という話になることがあります。

実は、これは昔から研究されてきたテーマです。


目次

  1. 70歳以上では、手術とホルモン療法だけが比較されている

  2. 大きく違ったのは「乳房の中でがんを抑えられるか」

  3. では、80歳ならホルモン療法だけでよいのでしょうか

  4. この研究を現在そのまま当てはめることはできない

  5. 年齢だけでは決めない

  6. 参考文献


1.70歳以上では、手術とホルモン療法だけが比較されている

Cochraneレビューでは、70歳以上で手術可能な乳がん患者さんを対象に、

  • 手術のみ

  • 手術+内分泌療法

  • 内分泌療法のみ

を比較したランダム化比較試験がまとめられています。

全部で7試験が対象となり、当時使われていた内分泌療法は、すべてタモキシフェンでした。

興味深いのは、

全生存期間には、明確な差が示されなかった

ことです。

手術単独と内分泌療法単独では、

HR 0.98
(95%CI 0.81–1.20)

手術+内分泌療法と内分泌療法単独でも、

HR 0.86
(95%CI 0.73–1.00)

でした。

つまり、

「手術をすれば必ず長生きできる」とまでは、この研究では証明できませんでした。

ただし、ここだけを見て、

「高齢者なら手術をしなくても同じ」

と考えるのは違います。

大きな差が出た項目があるからです。


2.大きく違ったのは「乳房の中でがんを抑えられるか」

大きく違ったのは、局所制御です。

つまり、

乳房やその周囲で、がんが再び大きくなることをどれだけ防げるか

という点です。

手術+内分泌療法と内分泌療法単独を比較すると、

局所病変のコントロールはHR 0.28

と、手術を行った方が良好でした。

内分泌療法だけでも、腫瘍が小さくなったり、しばらく増大しなかったりすることはあります。

このレビューでは、古い研究ながら、内分泌療法によって約75%の患者さんで腫瘍が縮小するか、少なくとも増大しなかったと報告されています。

特にERが中等度〜強陽性の場合には、79〜83%で良好な反応が期待されたとされています。

しかし、問題があります。

その効果が、ずっと続くとは限りません。

当時のタモキシフェンによる治療では、平均的な奏効期間は18〜24か月程度とされています。

長期的には、乳房の中で再びがんが大きくなる患者さんが増えてきます。

レビューで紹介されている研究では、12年間の経過観察で、

タモキシフェン単独群では81%に進行がみられたのに対し、乳房切除術群では38%

だったと報告されています。

つまり、

内分泌療法だけでも効く。

しかし、

長く乳房のがんをコントロールするという点では、手術の方が強い。

ここが大きな違いです。


3.では、80歳ならホルモン療法だけでよいのでしょうか

ここで大切なのは、

80歳という数字だけでは決められない

ということです。

同じ80歳でも、

  • 一人で外出できる

  • 買い物もできる

  • 心臓や肺に大きな病気がない

  • 日常生活を自立して送っている

という方もいます。

80歳女性の平均余命を考えれば、乳がんと付き合う期間が10年以上になる可能性もあります。

一方で、

  • 心不全

  • 重い肺疾患

  • 認知症

  • 寝たきり

  • 他の病気によって余命が限られている

という方もいます。

この2人を、単に

「80歳だから」

という理由だけで同じ治療にするのは適切ではありません。

Cochraneレビューの結論でも、内分泌療法単独は、

ER陽性乳がんで、手術に適さない、重い手術・麻酔リスクがある、あるいは本人が手術を希望しない場合に考える治療

とされています。

レビューの最終的な臨床的結論でも、

手術に耐えられない、あるいは手術を拒否するER陽性乳がん患者では、Primary Endocrine Therapyが選択肢となる

とされています。


4.この研究を現在そのまま当てはめることはできない

ただし、非常に大切な注意点があります。

これらの試験はかなり古い研究です。

そして、

内分泌療法は、すべてタモキシフェンでした。

現在、閉経後のホルモン受容体陽性乳がんでは、アロマターゼ阻害薬を使用することが多く、当時とは治療が異なります。

レビュー自身も、

  • レトロゾール

  • アナストロゾール

  • エキセメスタン

といった新しい内分泌療法が登場しており、レトロゾールは術前治療などでタモキシフェンより優れた効果を示していることから、

現在の薬をPrimary Endocrine Therapyとして使った場合には、古い試験とは結果が異なる可能性がある

と述べています。

さらに、古い試験には問題があります。

一部の研究では、ER陰性乳がんも含まれていました。

もちろんER陰性乳がんには内分泌療法は効きません。

また、

  • 現在とは異なる手術方法

  • 術後内分泌療法を行っていない手術群

  • 併存疾患を十分に評価していない

など、現在の診療とはかなり違う点があります。

したがって、

「手術とホルモン療法だけでは生存率が同じだった」

という数字だけを、現在の80歳の患者さんにそのまま当てはめることはできません。


5.年齢だけでは決めない

高齢の乳がん患者さんを診るとき、

私は、

「80歳だから手術はかわいそう」

という考え方にはしたくありません。

反対に、

「手術できるのだから手術しましょう」

と、年齢や生活を考えずに決めるのも違うと思います。

考えるべきなのは、

この方は、あと何年くらい元気に暮らせそうなのか。

そして、

乳房のがんが大きくなることが、その人のこれからの生活にどのくらい影響するのか。

です。

内分泌療法だけという治療は、

決して「何もしない治療」ではありません。

実際、ホルモン受容体陽性乳がんであれば、多くの場合、一度は腫瘍を小さくしたり、増殖を抑えたりすることができます。

しかし一方で、

長期間の局所制御という点では、手術より弱い。

その違いをきちんと説明する必要があります。

そしてもう一つ大切なのは、

患者さん本人が何を望んでいるのか

です。

「できるだけ手術は避けたい」

という方もいます。

「元気なうちに手術をして取ってしまいたい」

という方もいます。

どちらが正しい、という話ではありません。

年齢だけではなく、健康状態、予想される余命、乳がんの性質、治療によって得られる利益と負担、そして本人が何を大切にしたいのか。

そこを一緒に考えて治療を決める。

高齢者の乳がん治療では、それがとても大切だと思います。


参考文献

Morgan J, Wyld L, Collins KA, Reed MW.
Surgery versus primary endocrine therapy for operable primary breast cancer in elderly women (70 years plus).
Cochrane Database Syst Rev.
PMID: 35658165. PMCID: PMC9645779.

このレビューでは、70歳以上で手術可能な乳がん患者を対象としたランダム化比較試験を検討しています。全生存期間では手術と内分泌療法単独との間に明確な差は示されませんでしたが、無増悪生存期間および局所制御は手術群で良好でした。

※本レビューに含まれた試験の内分泌療法はすべてタモキシフェンであり、現在一般的に使用されるアロマターゼ阻害薬によるPrimary Endocrine Therapyを直接検証したランダム化比較試験ではありません。

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