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Photo bynatsu_72

即興小説 3つのお題15 リセット

     その日、僕が屋上へ上がると鍵がかかっていない事に気づいた。いつもは誰も入れないようになっているのに──警戒しながらドアを開けると、真っ青な空が目に飛び込んでくる。明暗差で目がくらみ、しばし立ち止まった。
     目が慣れてきてそっとまぶたを開けると、視線の先に誰かがいるのが分かった。その人は大の字で寝そべっているようだ。
     一体誰だろうと、そろそろと近づく。

    「──誰」
     その人は目をつぶったまま聞いた。
    「岡野だよ」
    「……なんだ、君か」
     そう言ってその人は起き上がる。それは隣のクラスの片山さんだった。1年前は同じクラスで、ちょっといいなと思っていた子だった。
     進級して、学校が忙しくなってからそんな事も忘れていたけれど…でも、教室での振る舞いでは、大の字で寝るなんて事はしなそうなイメージなのに。

     知っている人だったので、不良や上級生でなくてよかったとホッとするのと同時に、不快感を覚える。
     ──ここは自分だけの場所だと思っていたのに。

    「鍵、かかってなかったの」と聞いてみる。
    「隠してある場所、知ってたんだ」
     ふふ、と笑った後にそう答える。
    「先生がここを使った後に、入り口のドアの上に置いているのをたまたま見かけたの」
     日村先生だなと思った。後で、隠し場所を変えた方がいいと言っておこう。

    「そうなんだ」
    「君は? 何でここに」
     風に吹かれて流されるセミロングの髪を抑えながら、彼女が聞く。
    「僕は──風紀委員をやってるから、時々屋上を確認するよう先生に言われてるんだ」
     クラスごとに持ち回りで、と付け足す。

    「ふーん」
     彼女は自分が聞いたくせに、まるで興味がなさそうに言った。
    「タバコとか吸ってる生徒がたまにいるみたいだから」
     僕は言い訳みたいに話を続ける。
    「授業をサボったり?」
     彼女はそう聞くと、クスリと笑った。微(かす)かに教科書を音読する生徒の声が聞こえる。
    「…まあね」と僕は視線を逸(そ)らした。
    「でも、君もだろう」
    「いけないんだー」
    「人のこと言えないだろ」
     そう返すと、彼女は立ち上がってパンパンとスカートの埃(ほこり)を払う。そして、うーんと伸びをした。

    「晴れてて気持ちがいいねえ」
     彼女はステップを踏むような足取りで、フェンスの方へ歩き出す。
    「こんな日は、死ぬのにちょうどいい日じゃない?」
     そう言うとフェンスを超え、こちらを向きながらゆっくりと飛び降りた。

     ──僕は無我夢中で彼女の手を握りしめていた。
    「──は? え、何」
    「それはこっちが聞きたいよ。…ちょっと待って、喋(しゃべ)るのしんどい」
     必死に右手に力を入れる。少しでも気を抜くと彼女の手が滑り落ちそうだ。
    「何バカやってるの?」
    「喋んないで! 腕が抜けそう。そっちの手でもちゃんと掴(つか)んで」
    「そんな事しなくたって、すぐ近くに木があるからそこに落ちれば──」
    「何言ってんの! 死ぬかもしれないんだぞ、言う事聞いて?!」
     彼女は下を見て体が竦(すく)んだらしく、大人しく僕の手を両手で掴んだ。全身の力を込めて彼女を引っ張り上げる。フェイスをつかむ僕の手が外れそうになり、慌(あわ)てて握り直した。少しずつ、少しずつ引き上げ、なんとか屋上に彼女の体を戻す。
     2人でよろよろとフェンスを超え、寝転がった。全身から大量の汗が吹き出ている。

    「死ぬかと思った……」
     疲労困憊(こんばい)でぐったりしていると
    「大丈夫?」
    と僕の顔を覗き込んだ。

    「……バカ!」
     思わず、その呑気(のんき)そうな顔に怒鳴ってしまう。

    「何よ! 女の子にそんな口聞かないでよ!」
    「バカはバカだろう。ここは4階だぞ? 死んだらどうすんだよ!」
    「そこに木が植わってるから」彼女は指差しながら言った。
    「その上に落ちれば大丈夫だって言ってるじゃん! 前にそうした事あるし」
    「そんなの知らないよ! 自殺しようとしたかと思うでしょ⁈」
    「……違うって」
     間を置いて反応する。

     ──思ってたな、こいつ。
    「もう…… 目の前で死なれたりしたら夢見が悪いからさ、あんな事しないで」
     そう言うと僕は立ち上がる。そして彼女に手を貸そうとした。
     彼女は上目遣いでこちらをじっと見ていたが
    「…ごめんね」
    とぼそっとつぶやくと、手を出して立ち上がる。

    「じゃあさ、」
     何かを考えていた片山さんはパッとこちらを向いて言った。
    「私が死なないように、君が側で見ていてくれない?」

     一瞬、彼女が何を言っているのか分からなかった。
    「──はあ? どういう意味」
    「そのままの意味だよ」
     彼女はニコニコしながら言う。
    「それって…… 付き合うって事?」
     そう聞くと、不意を突かれた顔をしていたが
    「そうかな? ──うん、そうだね」
     僕は彼女の意外な言葉に驚いて、何も答えられなかった。

     彼女は僕に近づくと
    「よろしくね、相棒」
    と耳元で囁いた。

      了

     3つのお題で小説を書く
    『瞬間』『鍵』『屋上』

     
     
     

    時雨

     
     
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