メインコンテンツへスキップ
見出し画像

imprinting ショートショート #片想い文芸部

    「なあ、そろそろ離してくれないか」
    「なんで」
    「なんでって――」

     俺と彼女は喫茶店で茶を飲んでいた。それ自体は別におかしい事じゃない。けれど、丸いテーブルに向かいあってではなく、隣に椅子を並べて手をつないでいるのだ。

    「――」
     この状況はおかしいだろう、なんでもっと離れないんだ?

     こいつはずっとこうなのだ。
     ある日、
    「家に居場所がない」
    といきなり転がりこんできた。青ざめながら震えているので、びっくりしたし事情もよく分からなかったけど

    「大丈夫、もう大丈夫だから」
    とマイの手をにぎってずっと背中をポンポンたたいていたら、だんだん落ちついてきた。

     それはいいのだけれど、今度は
    「手をはなさないで」
    と、それ以降は絶えず手を繋いでいたがる。

     手じゃなくても、体の一部やどこでもいいからくっついていればいいらしいけど、これじゃどこにも行けないから
    「いいかげんにしろ」と怒ったら
    「じゃあ君の私物でもいいから貸して」
    と懇願こんがんされ、仕方がないので前の日着ていたシャツを渡した。

     すると彼女はそれをぎゅっと握りしめ、
    「はー…セトくんのにおいがする…」
    と恍惚こうこつとした表情でつぶやいた。

     その様子があまりにも気持ちわるいのと、急いでいたので

    「それじゃ俺、仕事に行ってくるから」
    とすぐに出かけてしまった。
     帰ってきたら、相変わらずそれを手にしていたので、1日中持ち歩いていたのかと本当にあきれ返ってしまう。

     そんな事が何度もあったけれど、そのうち俺だけ外出する時にあまり駄々をこねなくなった。
     不審に思って、ある日理由を問い質ただしてみたら

    「今はこれがあるから」
    とスカートのポケットから、得意気とくいげに何かを取り出してみせる。

     それは俺が映っている写真で、見覚えがないものだった。

    「おまえ、それ盗撮…! しかも寝てる時の」
    「いいでしょー。私ってば写真撮るのうまいなあ」
    などと、悦に入っている。

     いつもと違って表情が幼いよね、などと感想まで言いはじめやがった。

    「プライバシーって言葉、知ってます?肖像権しょうぞうけんの侵害だ、これは」
    「えー!でもこれがないと、ワタシ死んじゃうかも…」

    と言うその顔は笑っていたけれど、瞳は全然笑っていなくて、妖しい光を放ちながらゆらゆらとたゆたっている。

     俺はそれを見て、その言葉が脅しや冗談ではなく、本気なのだと理解わかってしまった。

     もしも今、この写真を無理やり取り上げたら、こいつはすぐに外へ飛び出してどこかの道を躊躇ちゅうちょなく渡り、走ってきた不運な車に跳ねとばされるか、適当に目についた高いビルの屋上まで上がって、そのまま飛び下りてしまうだろう。

     そんな気配を感じて、俺はうぐぐ…と喉の奥でうなって沈黙してしまう。

    「この写真、持っていてもいい?」
     マイがおそるおそる聞いてくる。

    「――今度から撮る時は俺に聞いてからにしろ」
     それだけ言い渡すと、

    「え……じゃあいいんだ!ありがとう」
    と、それはそれは嬉しそうに笑った。その顔が幸せそうで、ついほだされてしまう。

     そう、こいつは顔がいい。だから、ついいろいろ許してしまう事がある。
     性格は問題ありだが…いきなり押しかけてくるし、べたべたくっついてくるし。

     でも、鳶とび色の瞳とかアゴのラインとかはいいんだよなあ。そうやってぼうっと見ていると、視線に気づいたのかこちらを向いてにっこりと笑った。

    「どうしたの。私の顔に見とれてた?」
     言い当てられ、さっと視線を外した。

    「うるさい、そんなんじゃない」
    「でも私の事じっと見てたよね。もしかして好きになっちゃったの」
    「それはない」

     即答すると、ガーン! というオノマトペが聞こえてきそうな顔をする。リアクションが素直で楽しい。

    「私はセトくんのことがこんなに好きなのに…」

     違うだろ。たまたま側にいたのが俺で、本当は誰でもいいんだよ。そう思うが、ハイハイと聞き流す。

     ――マイは今までどうやって暮らしてきたんだろう。昔はごく普通の奴だと思っていたんだけどな、と遠い過去を思い返す。

     家庭に何か問題があることは何となく聞いていたけど、あの頃は、ただみんなで雑談したりふざけあったりするだけで楽しかったのに――

    「セトくん?」
     彼女が不思議そうにこちらを見ている。俺はため息をついた。

    「おまえ、今はいいけど俺なしでも平気なようにしろよ。俺は一生おまえの面倒なんか見られないからな」
     写真もなしで、と指さす。

    「えー…でもこれがないと、」
    「おまえ生涯俺について回る気?」
    「イヤなの?」
     こてん、と首をかしげた。
     なあ、それは反則のポーズだろ。背の高いお前がやっても…
      …あざといけどかわいい…! 思わず心の中の声が出そうになって、あわてて口をふさぐ。

    「? 何か言おうとした?」
    「いや、気のせいだ。――早く親離れしろよ」
    「君が親?」
    「他に誰がいる」

     そう、これは刷り込みだ。たまたまこいつが弱っていた時にそばにいたから、俺しかいないと思いこんでるだけ。きっとそう。

    「じゃあもうしなくていいかな」
     へーそうか…って、だめだろう! と思う。

     彼女に後ろから抱きつかれながら、まあ今だけはいいかと流されかけている自分を、ふと誰かが溜ため息をつきながら眺めている気がした。

                      了(2082字)

    誰かの光に←前の話 次の話→青い地図

     ナルさんの #片想い文芸部に参加させていただきました 。ありがとうございます。170センチ越えのあざといポーズ() (けれど私の話の中でベストスリーに入る美形。ハーフなので)
     マイちゃんは好き好き言ってるけど、本当は友達のようなスキで、セトくんの方が好きな気がする。けれど本人はまだ気づいてない、みたいな。
    こちらの企画です↓

    創作大賞参加作品集『いつか君と遠く離れても』の1つです。このマガジンに順次入れていきます。↓

    1話から↓

    よろしくお願いします…!m(__)m

     
     

    時雨

     
     
    小説を書く人 魂の音を作品に BAYFMさんの it!! というラジオ番組で短編小説を朗読劇で放送 『タイトルから書く文芸賞』期待賞受賞  Amazonでショートショート集販売中🍎 『もしも僕がリンゴの木を植えなくても』 https://t.co/GsYlGhydx3

    あなたへのおすすめ