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Photo bynisshingeppo123

サクリファイス(お題 犠牲)

    「兄ちゃーん」
     ふり向くと、にこにこと笑いながらその子はこちらにかけてきた。

    「与一よいちか。どうした」
     僕がそう言うと、うれしそうに抱きついてくる。
    「…今日も遊べる?」
     まろいほっぺを赤くしながら首をかしげてそう聞いた。

    「母ちゃんの手伝いがだいたい終わったからいいぞ」
    「わーい!」
     彼は嬉しそうに跳びはねている。
     この子は近所に住んでいて、年も3,4つくらいしか変わらないのでよく遊びに来ている。僕も慕ってこられるのが嬉しくて、一緒に遊んでいるのだった。

    「なにして遊ぶ?」
    「そうだな……かくれんぼとか」
    「わかったー」
     そうやってその日も1日が暮れていくのだった。

    ***

     ある日、村人の1人がつぶやいた。
    「……雨がなかなか降らないな」
     彼の言うとおり、ここの所まったく雨雲を見かけないのだった。
     そのうち降るだろうと皆思っていたようだがひと月、ふた月と経つうちにしだいに深刻な顔になっていった。

    「え――」
     それを聞いて僕は唖然としていた。
    「今なんて……」
     母ちゃんにもう一度聞きなおす。
    「だから、与一君が選ばれたんよ。人柱に」
     僕は耳を疑う。

    「だって……あの子はまだ八つにも……」
    「だからよ。人柱は数えで十になる前の男の子が選ばれるから――」
     言いながら気が引けるのか、目を反らして続ける。
     僕は、ぽかんと口を開けたまま母親の話を聞いていた。
     干ばつが続くと、村から小さな男の子が1人選ばれて人柱にされる。その事は前から知っていたけれど、実際に身近に起こるといまいち実感が湧いてこない。

    「そんな…あいつは本当に小さいのに……まだ何も分かってないんだぞ…」
     そう言いながら、どこか他人事ひとごとのような気がしていた。

    ***

     母親からその話を聞いてから、まだ一度も与一とは会っていなかった。
     どんな顔をして会ったらいいか分からなかったし、あの子もふさぎ込んでずっと家から出ていないらしい。心配だったけれど、僕にはどうしようもなかった。

     そして、ついに儀式の日が訪れた。僕はそんなものになど出たくなくて、ずっと閉じこもっていた。本来は村の者全てが参加しなければいけなかったが、僕とあの子の仲を皆知っているのか、無理に行かせようとはしなかった。
     何もせず、じりじりとただ時だけが過ぎていく。
     昼も過ぎた頃だろうか、不意に子供の泣き声がしたような気がした。
     それは聞き覚えのある声だった。

    「……与一!」
     僕はそう言うと、家から出て外へ走り出す。
     半里ほど全速力で駆(か)け続け、息が切れて肺が痛み、もうこれ以上一歩も進めないと思ったころ、雨乞(あまご)いの儀式を行っている場所へたどり着いた。

     そこには、ほぼ全員の村の人々が集まっていた。
     僕はふらつく足で人の波をかき分ける。誰かに呼び止められそうになったが、他の者にたしなめられたのか、それ以上誰にも咎とがめられなかった。

     ――その先には、彼の姿はすでになかった。
     目の前にはただ、地面の土が3尺あまりの長さでこんもりと山になっているだけだった。

    「…………」
     思わずその場に立ちつくす。

    「どうして来なかったんだい」
     声をかけられ、振り返った。
    「母ちゃん……」
    「あの子はずっと待っていたよ。あんたの事を」
    「与一は……」
     僕はのろのろと聞く。
    「あの子はどんな様子だった……?」

    「別にどうもしやしないよ。ただ黙って運命を受け入れていた。穴が掘られて、そこへ入れられる時になっても」
     彼女は言葉を続ける。
    「ただ一粒、涙を流しただけだった。」

     僕はそれを聞くと、視界がグラグラと揺れた。立っていられなくなり、思わずひざをつく。

    「……お前も最後のお別れをしてやればよかったのに」
     そう言われて、茫然ぼうぜんとする。
     ──そうだ。もうあの子のまろい頬も、兄ちゃん兄ちゃんと呼ぶ声も、二度と目にする事も耳にする事もない。
     そう気づくと、ふいに視界がぼやけた。

     僕はうずくまり、顔を腕にうずめ声を上げて泣いた。
     涙は、後から後からあふれてきて尽つきる事を知らなかった。

                   了


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    ショートショート集『いつか君と遠く離れても』 1話から↓


     
     
     

    時雨

     
     
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