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【短編小説】未来からの伝言

 俺の名前は田代鉱一。しがない20歳の大学生だ。
 しがないという表現はネガティブではあるが、俺には丁度いいと思っている。
 何せ、何となくの勉強で、自分の身の丈に合った三流の大学に進学し、将来何に成りたいか、というような具体的な展望が未だに一切描けず、一人暮らしのアパートと大学とバイト先のコンビニを行ったり来たりするだけの、ややだらしなくもその日その日を取り合えず適当にこなす、くすんだ生活を送っているのだ。
 そんな俺に転機が訪れたのは、バイト先に新人アルバイトが入った頃のことだった。


 新人アルバイトは、下川礼奈という俺と同い年の20歳の女性だった。明るさと賑やかさと一生懸命さが一緒になったような彼女の性格は、同僚の誰からも好かれた。
 わからないところを積極的に尋ねる彼女に対して、不愛想ながらも必要な内容を教える俺に、弾けるような笑顔で礼を言い感謝してくれる様子が、何だか俺の心をほんのりと温かくさせた。
 他人に対してあまり関心を持たず、それまではプライベートに関わるような雑談などもせずにいた俺だったが、作業の合間に彼女から尋ねられたことには、少しずつ答え、また尋ね返すようになって行った。
 以心伝心というわけでもないだろうが、彼女は俺が自分のことを話す前から俺のことがわかっているようで、「田代さんって、こういうの好きじゃないですか?」と、俺の好みの食べ物や、好きな系統の音楽や、好きなテレビ番組のジャンルについてピタリピタリと当てて来て、俺を驚かせた。
 「よくわかったな」という俺の言葉に、「何となくそんな感じがしたんです」と言って、彼女は嬉しそうに笑っていた。俺も、こんなにも自分のことをわかってくれる人がいるということに、不思議に思いながらも嬉しい気持ちになった。
 一気に相手の懐に飛び込んで行くような社交的で物怖じしない彼女の態度は、特別に親しい友人さえいない、人付き合いに疎遠な俺の心をも、少しずつ変えて行った。
 やがて、彼女と話すことが俺にとってバイトの楽しみになる頃、彼女の歓迎会が行われた。
 酒も入った席で交わされたやり取りの中で、彼女が将来看護師になることを目指す看護学校の学生だということがわかった。普段の彼女から垣間見える性質は、何となく看護師に向いていそうだ。
 彼女が「歴史と伝統の信和看護学校ですよ」と言った看護学校は、つい数年前に設立されたもので、酒が入っているにせよ盛り過ぎだな、とは思ったが。
 そして今は、大学生や専門学校生が共同で生活するシェアハウスで暮らしているとのことだった。このバイトも、長く勤めていて信頼も厚かったアルバイトの学生が彼女のシェアハウスの同居人の一人で、都合で辞めることになった際に後任として彼女を紹介し、あなたの紹介なら、とそのまま採用になったという話だ。
 話は俺のことにも及び、「下川さんが来てくれるようになってから、田代君も随分明るく話すようになったよね。以前は笑顔なんか見たこともなかったけど」と、先輩スタッフに言われたのには苦笑いを返すしかなかったが、確かに自分でも自分は少し変わったように感じていた。
 歓迎会がお開きになり、帰る方向が途中まで一緒である俺は、彼女を送って行くことになった。
 他愛もないお喋りをしながら歩く道すがら、街灯の光に照らされる彼女の横顔は幻想的に美しく見え、俺は何だかドキッとしてしまった。
 そう思ってしまった自分に戸惑いながらも、俺はそれまでの彼女の言動の一つ一つが、俺を温かく包み込み、俺の心の扉を少しずつ開いてくれたのだと改めて感じていた。そこに生まれたのは紛れもない好意。いや、それ以上の想いだった。
 そして、次第に別れ難く感じた俺は、「じゃあここで」と言って別れの挨拶をしようとする彼女を制し、酒の勢いも借りながら、「下川さん、君が好きだ。付き合ってほしい」と、これまでの人生で初めてとなる告白をした。
 言ってしまってから、素面じゃない奴の告白なんて本気にされないかな、とも思ったが、口に出してみて改めて自分の気持ちは嘘じゃないと思ったし、今のタイミングでなければ言えなかっただろうとも思った。
 俺の告白を聞いた彼女は、驚き、少し俯いてしばらく考えた様子の後、覚悟を決めたような笑顔で、「よろしくお願いします」と言った。

 こうして、俺と彼女は恋人になった。
 恋人になったことで、バイトの現場では今まで通り苗字に「さん」付けで呼び合っていたが、プライベートの場ではお互い、「礼奈」、「紘一さん」と呼び合うようになった。
 「同い年なんだし呼び捨てでいい」と俺は言ったのだが、礼奈は「バイトの先輩なんだし呼び捨てはどうしても抵抗があって無理」と頑なに言うので、この形に落ち着いたのだ。
 礼奈の住居がシェアハウスだということもあって、バイト上がりの短時間に一人暮らしの俺の部屋で一緒に過ごす、という付き合いが多かった。
 二人一緒にバイトのシフトが入っていない日には、まとまった時間を使ってデートに出かけたりもした。
 ショッピングモールに出かけた際は、ゲームコーナーで対戦してはしゃいだり、プリントシールを作る写真機で一緒に記念写真を撮ったりした。
 出来上がったプリントシールは、二人の写真の周囲にラブラブなエフェクトがかかっていて、かなり気恥しくもあるが嬉しい気持ちになった。俺達は数枚がセットになったそれを半分ずつに分け合った。

 天然石やパワーストーンを扱う店舗を通りかかった時、興味津々という様子で礼奈が「入ってみる?」と言った。貼紙によるとオリジナルのブレスレットを作れるらしい。俺も名前に鉱物の鉱の字を持つだけあって、そういった物には少なからず興味があった。
 店内には、様々な天然石やそれを素材にしたアクセサリーが展示されていた。見回して「色々あるな」と言う俺に、礼奈も「すごく綺麗」と言って目を輝かせる。近づいて来た店員から説明を受け、俺達はブレスレットの素材となる単品の石を選ぶことにした。
 5月生まれである俺は、誕生石でもある薄緑色の翡翠を、礼奈は淡いピンク色のクンツァイトという石を選んだ。
 一説によると、翡翠は、願いを叶えたり、商売繁盛、交通安全、不老長寿をもたらす力があるらしい。クンツァイトは、女性を輝かせ、生気を与え、運気を呼び込む力があるらしい。全てを盲目的に信じるわけではないが、そうなったらいいな、というお守りのようなものだ。
 店員に教えられ、手首にサイズを合わせたりしながら、俺は礼奈の、礼奈は俺のブレスレットを作った。このブレスレットが礼奈を守ってくれますように、という願いを込めて。きっと礼奈も同じ気持ちだったと思う。
 出来上がったブレスレットをお互い着けてみて、俺達は満足げに微笑み合った。
 店を出て、俺は礼奈にどうしてクンツァイトを選んだのかを尋ねた。まぁ女の子が好きそうな色ではあるし、そんなところだろうとは思っていたが。しかし礼奈は、「私9月生まれで、クンツァイトは9月の誕生石だから」と答えた。
 俺が「9月の誕生石はサファイヤだぞ」と指摘すると、礼奈は「クンツァイトも9月の誕生石なの」と、譲らなかった。俺はメジャーなことしか知らないが、礼奈はマイナーなことも知っているのかもしれないと思って、その時はそうか、と納得しておいたのだった。


 12月の下旬にもなろうとする頃、俺はネットニュースで、日本の誕生石が63年ぶりに改訂されたことを知った。新たに10の石が追加され、29石になったのだそうだ。その中に9月のクンツァイトも入っていた。
 俺は翌日バイトで礼奈と一緒になると、そのことを話した。
 「礼奈の言った通り、クンツァイトは9月の誕生石になったよ。正式に発表される前から断言しちゃうなんて、予知能力者みたいだな」と、からかうように俺が言うと、礼奈は「え……?」と言って固まってしまった。
 「まぁ、マイナーでは知られた情報だったのかもしれないけど」という俺の言葉は聞こえていないらしい礼奈は、「そうか……まだ改訂前だったんだ……」と呟いて青ざめていた。
 「どうかしたか?」と尋ねる俺に、「何でもない」と答えてその場を取り繕った礼奈は、その日中硬い表情で過ごし、別れ際まで何か考え事をしているような、心ここにあらず、という様子だった。

 その翌々日、バイトに出た俺は、礼奈がバイトを辞めたことを知らされた。青天の霹靂、寝耳に水の話で、俺は呆然とした。
 辞めた理由は個人的な事情とのことで、詳しくはわからないらしく、俺は礼奈から直接話を聞きたくて電話をかけてみたが、「お客様のおかけになった番号は現在使われておりません」というアナウンスが流れただけだった。
 なぜ? どうして? 俺に一言も事情を話すことなく連絡すら絶った礼奈の行動が、俺には理解できなかった。
 俺は礼奈の住んでいたシェアハウスを訪ねてみたが、同居人の話によると、昨日突然、少ない荷物をまとめて出て行ったとのことだ。行き先は聞いていないそうだ。
 礼奈の突然の失踪。俺は、何か事件に巻き込まれたのではないかと心配になり、警察にも相談した方がいいかもしれない、と考えた。
 しかしその前に俺は、礼奈が通っていたという信和看護学校にも電話をして、礼奈の所在について尋ねてみた。しかし、電話に出た事務局の職員は、「本校の学生に関する個人情報についてはお話しすることはできません」と素っ気なく言った。
 それでも、俺が事情を話し、警察へ話すことも考えていると言うと、同情してくれたのか、その事務局の職員は、「本来ならお話しすることではありませんが」と前置きした上で、驚くべきことを告げて来た。
 「本校に下川礼奈という者は、現在在籍しておりませんし、本年度に在籍していた記録もありません」と。
 は? いない? どういうことだかわけがわからないと思いながらも、俺は簡単な礼を言って電話を切るしかなかった。

 俺はベッドに寝転がり、天井を見上げて考えた。
 どうして礼奈は信和看護学校の看護学生などという嘘を吐いたのだろう、と。「歴史と伝統の信和看護学校ですよ」とまで言ったくせに、だ。もしくは信和看護学校の看護学生というのが正しくて、下川礼奈という名前が偽名なのだろうか、と疑ってしまう。
 もしそうだとして、写真を持って信和看護学校に乗り込んで尋ねても、「本校の学生に関する個人情報についてはお話しすることはできません」と突っぱねられるだけだということは、残念ながらわかり切っていた。
 そして、居所もわからなければ電話も解約されているらしい状況で、これ以上探しようもないと思えた。「下川礼奈が信和看護学校の看護学生である」ということが嘘ならば、警察に相談しても相手にされないだろう。
 礼奈が嘘を吐いていたということが、俺にとって大きなショックだった。こうなってしまうと、礼奈が言った言葉の何が本当で何が嘘だったのかわからない気持ちになるし、全て嘘だったような気にさえなる。
 交わした言葉の数々、楽しかった恋人同士としての場面場面が思い出され、それが全て嘘だったわけではない、と思いたくても真実がわからなくて、やるせなさに胸を締め付けられ、俺は涙を流した。
 ともあれ、礼奈は去ってしまったのだ。
 クリスマスイブの夜は、礼奈と二人で飛びっきり素敵な恋人同士の思い出を作るつもりでいたのに、直前で全て無し、ということになってしまった。世の中の幸せそうな人々全てが恨めしかった。
 俺は礼奈が作ってくれた翡翠のブレスレットを手首から外した。あれからずっと、風呂以外ではいつも身に着けていたブレスレットだったが、今となってはそうし続ける気持ちもなくなってしまった。
 捨てようかとも思ったが何だか捨てられずに、目に入らない場所を探した俺は、書類用整理ケースの一番下の引き出しに放り込んでおいた。
 それからの俺は、悲しく辛い気持ちを紛らわすために酒を呷った。不愛想で口数少なく、他人に無関心で人付き合いの疎遠な、元のしがない、くすんだ生活に戻ってしまったのだ。


 やがて年が明け、元日のバイトからアパートに帰った俺は、郵便受けに年賀状が入っているのを見つけた。差出人は礼奈だった。

 急いで部屋に戻った俺は、改めて年賀状を確認した。文面にはこう記されていた。
 「明けましておめでとうございます。
 紘一さん、黙って姿を消してしまってごめんなさい。

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