【掌編小説】好きかもしれない
「雨、だいぶ小降りになって来たね」
傘を打つ雨音が小さくなって来たのを感じて、私は隣りを歩く関口君にそう声をかけた。
関口君はクラスメイトで同じ部活仲間だ。そして私の親友、木戸明日香の幼馴染でもある。傘を忘れた私は部活終了後、駅まで方向が同じである関口君に傘に入れてほしいと頼み、彼の傘を一緒に使って高校から駅までの道を歩いて来た。
「そ、そうだね」
クラスのこと、部活のこと、明日香のこと。共通の話題について話しながらも何だか上の空だった関口君は、駅に着いてから更にソワソワと落ち着かない様子だった。
「じゃあ、ここで。傘に入れてくれてありがとう」
私が乗る電車と関口君が乗る電車はそれぞれ反対方向だ。だから一緒なのはここまで。それはお互い了解済みだ。
「あ、あの……! 奥山さん、俺……」
上ずった声で呼び止められ、私は関口君を振り返った。彼は何だか酷く顔を赤らめていた。
「何? どうしたの?」
尋ねる私に、関口君は絞り出すように言った。
「俺……奥山さんのことが、好きかも……」
好き、かも……?
私は数度の瞬きの後、「……ふ~ん、そうなんだ」と反応を返した。
駅構内に、私が乗る電車の到着を知らせるアナウンスが響く。
「じゃあ、電車が来るからこれで。……またね、関口君」
「え? あ……うん、また……」
私の言葉に、どう受け取ったらいいのか戸惑う表情の関口君をその場に残し、私は到着する電車のホームへと足を速めた。
「好き、かも、ねぇ……」
走る電車に揺られ、窓の外を流れて行く景色を眺めながら、私は考えていた。
総合的に判断するなら、これは恋の告白なのかもしれない。それでも……。
「好きかも、ってことは、そうじゃないかも、ってことでもあるんだよ。本当に好きなら、『好きだ』って言わなきゃ……」
かも、と濁している点に、逃げ道を用意しているような、潔くない感じがある。
その辺はニュアンスで察しろ、というところかもしれないけれど、白黒ハッキリさせたいのが私の性分なのだから仕方がない。
それに、親友の明日香が幼馴染である関口君のことを想っているのだ。
彼女がそれと口にしなくても何となく伝わって来る。学年が上がって私とは別々のクラスになった明日香は、部活とクラスが同じである関口君のことを、色々私に尋ねるからだ。
明日香も、関口君に自分の気持ちをハッキリ言わないのだろう。幼馴染というのは、近い関係だからこそ言いにくいものもあるのかもしれない。
とは言え、明日香と関口君は今でも充分に親密な関係に見える。関口君が明日香の胸の内で揺れる恋の焔を知ったら、私への「好きかも」は、容易く「やっぱり違ったかも」になるんじゃないだろうか。
そう考えると、この未確定で曖昧な告白めいたものに、生真面目に対応するのも馬鹿馬鹿しい気さえする。
「明日香を焚きつけた方がいいかな」
クスリと小さく笑みを漏らしてつぶやく私を乗せ、電車は私の降りる駅へと減速して行った。
電車を降りて駅を出ると、既に雨は止んでいた。しかし気温はかなり下がって来ている。
「寒……」
首をすくめる私に冷たい風が吹きつける。
冬の日没は早い。空もかなり暗くなって来ていた。
家路を歩き出す私のポケットで、スマートフォンが鳴って振動した。取り出して見た画面には、木戸明日香の文字が。
「明日香? うん。今駅から歩き始めたところ」
耳に当てて歩きながら答える私に、勢い込んだ明日香の声が飛び込んで来る。
「早絵、祐一から告られたって、本当?」
関口君は明日香に、どんなふうに話したんだろう?
「告られたっていうか、『好きかも』って言われた。だから私も『ふ~ん、そうなんだ』って返した。それだけ」
私は事実を淡々と伝える。
「え~……でも祐一は『奥山さんに告白した』って言ってたよ?」
焦りと不安が滲む明日香の声。
「そう? でも、本当に告白するなら『好きだ』って言わなきゃ。『好きかも』って言ってる時点で、私は告白とは受け取ってないから」
何でもないことのようにそう告げる。
「じゃあ……早絵は祐一のこと、何とも思ってないの?」
「思ってないよ」
当然というように返す私の言葉に、安堵の吐息を漏らす明日香。
「でも、私にそう言う明日香こそ、そろそろ頑張ってみてもいいんじゃない?」
「…………っ」
電話の向こうで明日香が息を呑むのが伝わって来る。
歩を進めながら話す私は、ふと目の前を落ちて行く白いものに気がついた。
「明日香、雪だよ」
見上げる暗い空からは、ハラハラと雪が舞い落ちて来る。
「……こっちも降ってる」
窓を開ける音の後、空を見上げたらしい明日香の声がした。
「明日香、きっと上手く行くよ。『好きだ』は『好きかも』を上回ると思うよ」
「…………じゃあ祐一に、早絵は告白とは思ってない、って伝えるよ? 祐一のことも何とも思ってない、って……」
「いいよ」
あっさりと答える私に、明日香は長い沈黙を返す。
「ん~…………じゃあ……少し、考えてみる……」
迷い悩み考え込み、ようやく明日香はそう言った。
明日香と挨拶を交わして電話を切った私は、街灯の光を受けて煌めき落ちるものを見上げながら、この雪が恋に悩む親友を優しく包むように降ってくれることを願うのだった。

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