【短歌エッセイ】占いと幸運と
「なるほどと 頷きつつも 気に入らぬ 箇所聞き流す 占い結果」
これは、2004年11月に作った短歌だ。
当時の私がどういう気持ちでこの短歌を作ったのかは覚えていない。しかし、重大事件があった上で個人的にお願いした占い、という記憶はないので、おそらくテレビの情報番組での占い、星座別占いか生まれ月別占いを見聞きしながらの、自分の様子を描写したものと思われる。
占いを生業にしている方にとっては失礼な態度に映るかもしれない。
しかし、金銭を払って個人的に占ってもらうのとは違って、自分がざっくりまとめられた大人数の中の1人だと思えば、的中率も抜群とは言えないように思うのだ。
だとすれば、気落ちするような言葉に深刻になり過ぎるよりも、ポジティブな言葉に心を明るく保っておく方が、余程生活の中で運も開けるのではないか、と思っている。
「君の運 上げるラッキーパーソンに なろうと無理に こじつけている」
私が住んでいる地域には、週1回、地元新聞社発行の地域に密着した情報誌が無料で配布される。この短歌を作ったのは2019年12月だが、その状況は当時も今も変わらない。
情報誌には1週間の生まれ月別占いが掲載されている。私は情報誌自体をあまり熱心に見てはいないが、パートナーは毎週欠かさずチェックしている。
今回記事にする上で改めて手に取って確認してみた。
それぞれの生まれ月別に、総合的な一言コメント、そして、健康運、愛情運、仕事運、金運の4段階評価、更に幸運の鍵となる「何か」について記されている。「何か」というのは週によって変わり、フードだったりアイテムだったりパーソンだったりするのだ。
この占いをチェックするパートナーが私に対して、「今週のラッキーパーソンは『〇〇な人』だってよ」と教えてくれるのだ。同時に自分のラッキーパーソンも教えてくれる。
お互い2人共ラッキーだといいな、と思っているので、それぞれがそれぞれのラッキーパーソンとして補い合えればいいな、と思っている。
『〇〇な人』が、普段から無理なく当てはまっていれば、「それはバッチリだね」と喜んで話は終わる。どうしても当てはまらない時は仕方がないが、やや難がある時は、2人して何とかこじつけようとするのだ。
例えば、『〇〇がある人』、『〇〇が似合う人』、『〇〇が好きな人』など、何とかなりそうな時は、そういう『〇〇な人』になってみようとするし、相手を当てはめてみようとする。
私は、パートナーのラッキーパーソンが『ユーモアがある人』だった時、「じゃあ、今週は頑張ってユーモアのある人になってみようかな」と言った。パートナーには、「普段からユーモアあるから大丈夫」と言われたが。
最近パートナーのラッキーパーソンが『師匠』だった時、私は「『師匠』……は無理だなぁ」と言ったが、パートナーには「じゃあ……短歌の師匠ってことでいいんじゃない?」と言われた。師匠と呼ばれる程のことはしていないが、まぁいいやと了解した。
くだらない、つまらないことかもしれない。
それでも、相手に幸運をもたらしたいと思い合えている私達は、幸せだと思うのだ。
あなたは幸運な人だろうか?
私自身は、noteと巡り会えている時点で、間違いなく幸運だと思っている。
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