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Photo byhareno

【短編小説】確率の示さない幸運な未来

     俺は、未来の確率が見えるようになった。
     自分が起こそうとする行動を思い描くと、脳裏に成功確率が数字として浮かぶのだ。

     祖父母の墓参りには毎年両親と一緒に行っていたが、予定の日に俺はバイトのシフトが入ってしまったために、一人前倒しで行くことにした。
     自転車に掃除道具や供え物を乗せ、墓地のある小高い山の裾まで行くと、そこに自転車を停め、徒歩で細い山道に入る。
     車で行くために直接墓地まで続く整備された道路があるが、地元民である俺は、回り道にならない山道の方が近道であることを知っていた。
     途中、草が深く生い茂る道脇の奥に、石作りの何かが転がっているのが見えた。何だろうと思いながらも通り過ぎ、到着した墓地で、祖父母など親族の墓と墓周辺を掃除し、墓前に手を合わせた。
     墓地を出て山道を下って来た帰路、やはり気になった石作りのものが何なのかを確かめようと近づいてみると、それは何かの石像だった。
     文字など詳しいことは何も記されていないが、穏やかさと聡明さを兼ね備えた表情を持つ、神様なのか仏様なのか修行者なのか、何かわからないその石像は、元々石作りの台座の上に接置する形で置かれていたのが、外れ落ちてしまったものらしい。
     台座にはひびが入った箇所があり、台座付近の地面は一部分が不自然に隆起してもいた。
     恐らく数年前にこの辺りを襲った大規模地震の影響だろう。ほとんど人が通らない山道であるため、ずっと気づかれずにいたのだ。
     俺は石像と台座を綺麗に拭き上げ、石像を台座の上に乗せた。
     その時、頭の中に声が響いた。
     「そなたの行いに感謝し、願いを3つ叶えよう」
     3つの願い!
     まさかの事態だが、これはよくよく考えなければならない問題だ。
     古今東西、この手において早まった愚かな判断で貴重な機会を無駄にした話は多い。
     俺は熟考の末、自身の行動に対する未来の成功確率を知ることができるようにしてほしい、と頼んだ。
     始めから成功確率を知っていれば、行動する前に比較検討ができ、無駄を省いた高いコストパフォーマンスで生きることができるはずだ。
     更に、残りの2つの願いは、叶えてほしい願いである、とはっきり口にしないものはカウントしないものとして、現時点では保留にしてもらった。
     自分の力でも実現可能な些細な願望や、何気なく思ってしまった叶わなくてもどうということのないものまで、願い事として数えられてしまうのでは奇跡の無駄遣いになってしまう。
     そして、今必要でなくても、将来どうしても状況を変えるための劇的に強い力が必要になるかもしれないからだ。
     こうして俺は不思議な力を得た。
     力を授けてくれた正体不明の凄い存在からは、この件について特に口止めはされなかった。
     それは、話しても信じてはもらえないだろうと思われてのことかもしれない。話したところで脳裏の数字などという目に見えないものを、他者に証明しようもないのだ。

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     数日後、俺は大学サークルの飲み会に出席した。
     1学年先輩で俺が密かに想いを寄せていた流月美砂さんが、大学を辞めて地元に帰るため送別会が開かれたのだ。
     先輩の実家は家族経営で小さな会社を営んでいるが、母親が病気で急死したために、大学を中退して家業を手伝わざるを得なくなったのだそうだ。
     「将来役に立てるようにバイトしながら勉強を頑張って来たのに、途中で辞めなきゃいけなくて残念。わざわざ送別会を開いてくれてありがとう」と先輩は挨拶した。
     美人で控えめな流月先輩は、穏やかな優しさでサークルでも広く好かれていた。
     地元に戻ったら結婚話でも出るんじゃないかという質問に俺はドキリとするが、先輩は、「そうなったとしても、結局相手は従業員として安くこき使われるか多額の資金援助を求められるでしょうね」と、少し寂し気に言っていた。
     流月先輩に告白して恋人になれる確率は……と心の中で思い描く俺の脳裏に「1」という数字が浮かんだ。
     1! わずか1%とは低過ぎる。それだけ、実家に縛られる先輩が、人生において自分の幸せを求めようと思えなくなってしまっている、ということなのだろう。じゃあ俺に何ができるか? と考えても、できることはないように思えた。
     「1」の比較対象として、度々俺に好意をアピールしている同学年で同じサークルメンバーである金城舞に意識を向ける。
     大企業の社長の娘だという金城舞は、こういう場でも俺の近くに陣取って話しかけながら熱い視線を送って来る。明るく可愛らしく甘え上手な彼女はサークルでも人気者で、彼女に特別な好意を見せないのは俺くらいなものだった。
     金城舞に告白して恋人になれる確率は……と心の中で思い描く俺の脳裏に「100」という数字が浮かんだ。
     それはそうだろう。相手の方からアピールして来ているのだから、当然と言えば当然だ。
     やがて送別会がお開きとなり、俺は、「流月先輩、今までいろいろお世話になりました。どうぞお元気で」と、最後の挨拶をした。
     先輩も、「宮内君、こちらこそ今までいろいろありがとう」と言って、そっと微笑んでくれた。

     1ヶ月を過ぎた頃、俺は同学年のサークルメンバーから、流月先輩が亡くなったという話を聞いた。
     送別会が行われた日、既に夜で辺りが暗かったこともあり、寮へと帰る途中に横断歩道を渡っていた先輩は、彼女を見落としたまま左折して来た車に轢かれたのだそうだ。
     俺は、大学の長期休暇期間とバイトの忙しさが重なり、すぐに知ることができなかったことが悔やまれた。
     教えられた事故現場へと行ったが、先輩を轢いた車が突っ込んだという歩道沿いの壁に傷がついているくらいで、事故があったと思わせるものは既になく、俺は、薄幸なままに散った先輩の冥福を祈り花を手向けた。

     保留にしておいている2つの願いの内1つを使って、流月先輩を生き返らせたい、と思わなかったと言えば嘘になる。
     それでも、おそらくは既に火葬されている先輩が、骨と灰の状態で生命を宿して帰還する可能性はないとは言えず、そうなればその生命を奪うために3つ目の願いを叶えてもらい、3つの願いが終わる、ということになるのは目に見えていた。
     俺は愚かな判断で貴重な機会を無駄にしたりはしないのだ。
     1%しか成功確率がないと知って、流月先輩への想いを諦め先輩に別れを告げ、保留にしている願いも使わず先輩の死を受け入れながらも、先輩の死に対して何事もなく平然としていられる俺でもなかった。
     気がつくと自分でもわかるほどにぼんやりしたり、考え込んだりしていた。
     そんな俺に色々話しかけて気にかけてくれたのが金城舞だった。
     たわいない話や明るい笑顔の中に俺を気遣う思いが感じられ、俺は少しずつそんな彼女とのやり取りに癒されて行った。
     誘われて2人だけで出かけることも増えた。
     ある日出かけた先で舞から、「ねぇ、これってもうデートじゃない? 私達って、もうつき合ってるってことでよくない?」と、しびれを切らしたように言われた。
     俺は笑いを漏らしながら「そうだな」と答え、俺は舞とつき合うことにしたのだ。

     数ヶ月後、脳裏に浮かぶ成功確率を利用して効率良く様々な課題をクリアする俺を、舞は自慢の彼氏として両親に紹介した。
     「宮内慶吾と言います。舞さんとは良いおつき合いをさせていただいています」
     「宮内君、噂は舞から聞いているよ。まだ若いのにしっかりしていて、傍にいてとても安心感がある、とね」
     「あなたなら舞と並んでも見劣りすることはないでしょう。舞のこと、何かあったら助けてあげてくださいね」
     「ありがとうございます。お任せください」
     大企業である金城興産の社長と夫人の前でも上手く立ち振る舞い、2人に認められた俺は、就職活動を経て、舞と共に金城興産から採用の内定をもらった。
     ある意味これはコネ入社とも言える。前もって成功確率を知り上手く行くルートを選ぶことができるのも、俺の才能ではない。
     それでも、成功確率が上がるように日頃から努力しているのは俺であり、実際に物事に挑戦し実行するのは俺自身なのだ。
     何も引け目に思うことはない。堂々と輝かしい成功人生を送ればいいのだ。
     そう思っていた。
     まだ、この時は。


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     時が流れ、大学を卒業後、俺と舞は金城興産に入社した。
     舞と同じ部署に配属された俺は、脳裏に浮かぶ成功確率を利用して効率良く成果を重ね、順調な社会人生活を送っていた。
     そんなある日、出勤すると少し離れた席の吉川係長が、電話で苦情対応のようなやり取りをしていた。
     朗らかで情に厚く仕事もできる吉川係長は頼りになる兄貴的存在で、男女を問わず上司にも部下にも取引先にも厚く信頼を持たれ人気があり、まだ独身であるため狙っている女性社員もいるという噂だ。
     そんな吉川係長が電話を切った後、珍しく厳しい顔をして、ある書類を手にし眺めていたと思うと、舞に声をかけた。
     聞こえて来た内容から、舞が担当していた案件で重大なミスが発覚した、ということがわかった。吉川係長が対応していた電話はその取引相手先からのものだったのだ。
     確認した吉川係長の指摘でミスを知り、舞は青褪めた。
     しかしなんとあろうことか、「私じゃありません。本当は宮内君がやったことなんです」と言い、その責任を俺になすりつけたのだ。
     この案件は、初日だけは俺も少し関わったが、1人で大丈夫だと言う舞に任せ、俺の手からは離れていた。
     仕事状況を見ていて、舞の言葉が真実ではないことを知っている同僚らに目を向けるが、彼ら彼女らに声をかけて弁護をしてもらえる確率は……と心の中で思い描く俺の脳裏に浮かぶ数字は「0」だった。
     そう。みんな金城舞が金城社長の娘だとわかっている。だから彼女の不利になるようなことは言わないし言えないのだ。
     俺は吉川係長から書類を見せてもらい、ミスの箇所を確認した。
     それは別件を担当した際に、短時間での処理という効率面での成功確率が低く手間のかかるものだったために選ばなかった手段の、応用的なものだった。
     その手段を避けずに選んでいれば、その時はそれが残業をもたらす結果になったとしても、経験として俺の中に残り、今に活かすことができただろう。
     しかし、常に効率を重視し最短ルートのみを選んで来た俺には、後になって芽が出るもの、という蓄積があまりない。そういうものは切り捨てて来てしまったからだ。
     なまじっか未来の確率を見ることができるために経験が足りないという落とし穴だ。
     俺は同僚にミスの箇所について説明し、その部分に理解のある人はいないかを尋ねた。
     すると幸いにも、昨年他の取引先から同様の依頼があった際に扱ったデータを持っている、という人がいて、共有システム経由で修正を請け負ってもらえることになった。
     俺は吉川係長に、「相手先にお詫びに行って来ます」と言い、舞にも「行こう」と声をかけたが、舞はそっぽを向いて「行かない!」と言うため、俺は1人課長にも断りを入れ、取引先へと向かった。

     誠意を持って伝えた詫びの言葉を、運良く寛容に受け入れてもらった俺は、取引先から会社に戻った。
     丁度、廊下の向こう側から歩いて来た舞に声をかけ、状況を伝えた俺は、どうして一緒に相手先への詫びに行かなかったのか、そもそもどうして嘘を吐いて俺にミスの責任をなすりつけたのかを尋ねた。
     「は? 何言ってんの?」
     舞は信じられないという口調でそう言うと、険しい表情で俺を睨みつけた。
     「慶吾はママに、『舞のこと、何かあったら助けてあげてくださいね』って言われて、『お任せください』って言ったじゃないの。私のミスくらい、喜んで代わりに被ってくれなくてどうするの?」
     俺は呆然とした。そんな意味で言われたとも受け取られているとも、思っていなかったからだ。
     「私は将来パパの後を継いで社長になる娘よ? 私の経歴に傷がつかないよう配慮するのも慶吾の務めじゃないの? 何のために親に紹介までしてつき合ってあげてると思ってるの?」
     俺の中で、舞との関係にひびが入った音がした。
     いつの間にか、つき合ってあげてると思われていたのか。元はと言えば舞の方からアプローチし俺が受け入れた関係だったのに。
     きっとどこかで俺は打算的になり、成功のために舞を利用していたのだろう。そしてそんな俺を舞も利用したのだ。
     失敗を回避し、成功を重ね、輝かしい未来へ向かって舞と共に歩んで来たつもりだった。
     しかし実際には、自分の過ちを他者になすりつけることに平気な者が社長になるという会社で奴隷のように尊厳を踏みにじられて利用され続ける未来が待っているのだ。
     なんということだろう。
     「そんなことは……考えてもいなかった……」
     かすれた声で答える俺に、舞は溜め息を吐き、「呆れる」という言葉を残して離れて行った。

     部署の部屋に戻り、帰社を課長に伝え、吉川係長にも状況を伝えると、吉川係長からは穏やかに、修正の終わった書類は既に相手先へ送付されたことを伝えられた。仕事が早い。
     吉川係長と対処してもらった同僚に礼を言って席に着く俺には目も合わせようとしない舞だったが、その日は何かと理由を作って吉川係長に話しかけていた。
     舞は自分が可愛いことをわかっている。特にどの角度から見える自分が良い印象を与えるか、ということもわかった上で、計算して接している。
     熱心に吉川係長に話しかける舞は、まるで俺とつき合う前の頃のようだ。
     邪険に突き放すようなことはしない吉川係長と舞は、結局退社時間になると、一緒に連れ立って退社して行った。
     俺を見限った舞が、あからさまに吉川係長に取り入り、乗り換えようとしている、ということなのだろう。
     これからどうすべきかを考えながら、俺は力ない足取りで会社を後にした。

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     帰宅した俺は、着替えて仰向けにベッドに横になると、天井を見上げながら、考え続けていた会社でのことに再び思いを馳せた。
     俺に非がないことがわかっている同僚でさえ、舞が絡めば弁護をしてくれる確率は「0」だった。
     それに比べれば、流月先輩に告白して恋人になれる確率が「1」だったのは、なんと大きな確率だっただろう。
     少なくともそこに可能性はあった。「0」じゃなかった。それなのに俺は諦めてしまったのだ。
     あの日、俺が諦めずに告白しようと流月先輩を送って行っていたなら、先輩を交通事故から守ることはできたかもしれない。
     先輩が死なずに済んだなら、何年かけたとしても想いを伝え続けるチャンスはあったはずなのだ。
     例えあの時点では「1」でも、死の運命を超えた先には、「1」は「10」にでも「100」にでもなっていたかもしれない。
     未来の確率を見る力を得てから約3年が経ったが、3つの願いの内、まだ俺には2つの願いを叶えてもらう機会が残っている。
     死後1ヶ月の流月先輩を生き返らせることは見送った俺だったが、今こそ、残り2つの願いを叶えてもらう時だ。

     「2つ目の願い事だ。時を戻してほしい。流月先輩の送別会が開かれた日の、送別会の前までに」
     明確に口に出すことで願い事として数えられる願い。
     こんな壮大な願いを叶えてもらえるかどうかはわからない。それでも、何かを犠牲にしなければならないのなら、その覚悟もあった。
     「ふむ……」
     頭の中に、あの時の、神様のような仏様のような修行者のような存在の声が響いた。
     「それはなかなかに大変な願いであるな。しかし今持つ未来の確率を見る力を失ってもよいのなら、何とかしなくもない」
     「失ってもいい!」
     俺の即答に、了解の意思が流れ込んで来た。
     「それと、3つ目の願いだ。あの夜に流月先輩が交通事故で死ぬのを防いでほしい」
     ところが、時を戻すよりも余程難しくないと思われるその願いには、あまり芳しくない反応が感じられた。
     「あの夜、あの娘が生き残る確率は0%である。そなたが生き残る確率は100%である」
     どういう理屈かはわからないが、定められたそれをないことにはできないらしい。
     「じゃあ、俺の100%の内、50%を流月先輩に分けてほしい。俺は50%の確率で、先輩を守って2人で生き延びる!」
     「2人共命を落とすかもしれぬぞ?」
     「やってみなきゃわからないよ。それに、0%に比べたら50%なんて勇気100倍なくらい高確率だ……!」
     俺の頭の中に了解の意思が流れ込んで来たと思うと、周囲の景色がぼやけ、俺の意識は混濁し始めた。


     俺が目を開けると、自室のベッドの上だった。
     夢だったのか? と思いながらも時を確認すると、約3年前の、流月先輩の送別会の日の朝に戻っていた。夢ではなかったのだ。
     試しに、流月先輩を守って明日の朝まで生き延びる確率は……と心の中で思い描いたが、俺の脳裏に浮かぶ数字はなかった。
     俺は送別会が開始されるまでにホームセンターに行き、両手を空けて体に装着できるタイプの強力なライトと、たすきのように体にかける反射板を、それぞれ2つずつ購入した。俺と先輩の分だ。
     夜道を走って来る車に見落とされないようにする準備を怠るわけにはいかない。
     送別会の会場である店に到着した俺は、送別会の開始が近づく頃、やって来た流月先輩に、「先輩」と声をかける。
     こちらに顔を向けた先輩が俺に気づき、「宮内君、今日は来てくれてありがとう」と言ってそっと微笑んだ。
     最後の別れから俺だけは3年の時を経ていたために懐かしさで胸が震え目頭が熱くなるが、何とか平静を装い、「先輩、ちょっと話したいことがあるので、会が終わったら寮まで送らせてください」と頼んだ。
     「何の話~?」と不思議がられながらも了解してもらえた俺は、先輩を送って行く約束を取りつけることができた。
     同じ店内で、そんな俺と話した流月先輩に厳しい視線を送っている3年前の舞の存在には気づいたが、意識して関わらないようにした。
     送別会が始まり、3年前と同じように流月先輩が挨拶し、当時と同じような会話が終始交わされた。当時と同じように舞には色々話しかけられたが、終始適当などうでもいい返事に留め、取り合わないようにした。
     送別会が終わり、流月先輩と別れの挨拶を交わしたそれぞれが帰路に就く中、俺はまだ街中ではあったが、先輩に装着式の強力ライトとたすきがけの反射板を渡した。
     真剣な表情で「プレゼントです」と言う俺に、先輩は笑いながらも「ありがとう」と言って受け取り、反射板をたすきがけに身に着け、強力ライトは腕に巻きつけた。
     俺の分は、反射板をたすきがけに身に着け、強力ライトは頭部に装着した。
     そんな俺達の横を、「ださ過ぎ……」と呆れたような声を漏らしながら、舞は歩き去って行った。
     さあ、ここから俺の、命を懸けた戦いが始まるんだ。


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     流月先輩の寮へ向かう道、俺達は車道沿いの歩道を、強力ライトをオンにして歩いていた。
     こんなピカピカ光を放っている俺達を見落とす車などないと思うが、俺は念を入れて周囲への注意を怠らず、常に車道側を歩いた。
     「ところで宮内君、話って何?」
     先輩に尋ねられ、そうだったと思い出した俺だが、「大事な話なので、ちゃんと寮まで送り届けたら話します」と言い、その場で話すことは控えた。
     例え成功確率が1%だとしても、先輩に告白するつもりではいたが、今は2人で生き延びることの方が重要だ。それに、2人で生き延びたら成功確率が上がるかもしれないと思うのだ。
     そんな俺達は、歩きながら何気ない話をした。
     お互いの好きな食べ物、飲み物、音楽、季節、色、動物、などについて。 もう話せないかもしれない、今だから話しておける、ささやかなことを。
     共有する時間が、俺に対する心証を心地良く上書きすることを願いながら。

     やがて俺達は、流月先輩が交通事故に遭う予定の場所に差しかかった。
     横断歩道の信号は赤だった。
     俺は、交差点の横断歩道手前で歩みを止め、隣りに立つ先輩を真剣な表情で見つめると、「お願いがあります」と言った。
     「何?」と尋ねる先輩に俺は、「横断歩道を渡る時は俺と手を繋いでください」と頼んだ。
     「え……? あ……うん」
     先輩の瞳には、なぜ? という言葉が浮かんだようではあったが、俺の気迫に気圧されたように、その疑問は飲み込んだようだった。
     横断歩道の信号が青に変わった。
     俺は「行きます」と言うと左手で流月先輩の手をつないで先輩の右側を歩き、左折して来るはずの右後方からの車にも注意を払いながら、決死の思いで横断歩道を渡った。
     無事横断歩道を渡り終え、俺は脱力して、交差点の角の部分、花を植えてある歩道の植え込み部分の縁石に座り込む。
     「どうしたの?」と尋ねる先輩だったが、俺の答を待つより先に、「……あれ、何だろう?」と言い、俺達が渡って来た方向の車道に視線を向けた。
     座り込んだまま上半身をねじって後方に目をやる俺は、フラフラと方向が定まっていない様子で近づいて来る車に気づいた。やや左に流れるように進んでいる車は、このままでは……ここに突っ込んで来る!
     「先輩!」
     「えっ?」
     俺は植え込みの縁石に座ったまま流月先輩に手を伸ばし、先輩の手を掴むとぐいっと自分の方に引き寄せ、その体を抱きかかえるように植え込みの上を、向かって来る車から少しでも離れる方向へ懸命に横転した。
     次の瞬間、すぐ傍に突っ込んで来た車が歩道に乗り上げ、シャッターの下りた店舗に響き渡る轟音を立てて衝突し、止まった。
     車のドアが開く音が聞こえる。
     「ちょっ……宮内君、大丈夫?……宮内君!?」
     俺の腕を解いて起き上がった流月先輩が、俺を呼んでいる。
     終わったんだ。
     先輩を守り切ったことに安堵した俺は、そのまま意識が薄れて行った。


     目を覚ますと、そこは白い天井と白い壁に囲まれた病室だった。
     起き上がろうとすると体中のあちこちが痛く、思わず呻き声が漏れた。頭には包帯が巻かれているようだ。
     ベッド脇には、同じように腕に包帯を巻かれた流月先輩が椅子に座っていて、ハッとしたように顔を上げた。
     「宮内君、気がついたのね!」
     心配をかけたのだろう。その声には安堵した思いが込められていた。
     あの後、縁石で頭を打った俺が流血していることに気がついた先輩によって救急車が呼ばれ、俺と先輩と事故を起こした車の運転手の3人共、病院に運ばれたのだそうだ。
     事故を起こした運転手は居眠り運転をしていたが、車のヘッドライトの光が俺達の反射板に反射してハッとしたことで、ギリギリハンドルを切り衝突による死亡事故は免れたのだそうだ。
     対策は無駄ではなかった。
     俺も先輩も、打撲や擦り傷で体中痛い状態ではあるが、命は助かったのだから。
     「宮内君って、何だかあそこで事故が起こることをわかってたみたいね」
     不思議そうに指摘する先輩の言葉にドキリとしながらも俺は、「何となくそんな予感がしたんです」と言って誤魔化した。
     「ところで、大事な話って何だったの?」
     そうだった、それがまだだったんだ、と流月先輩の言葉で思い出し、俺は呻きながら体を起こして先輩と目を合わせる。
     「流月先輩が好きなんです。俺とつき合ってください。遠距離恋愛でも大丈夫です。死んでもう2度と会えないことを考えたら、生きていてくれさえすれば、もう充分近いです。また俺に、先輩を守らせてください」
     俺の言葉に、先輩はうつむくと「……ありがとう」と言った。
     そして顔を上げると、それでも心配そうに、「でも……本当に?」と尋ねた。
     俺は頷くと、「本当に、です」と答えた。
     「俺はたくさん失敗すると思います。上手く行かないこともあると思います。それでも先輩に、心から笑ってほしいんです。一緒に幸せになりたいんです。だから……」
     なおも言い募ろうとする俺を、流月先輩が抱き締めた。
     「助けてくれてありがとう、慶吾君。これからも……よろしくね」
     その声は、少し涙で潤んでいるようだった。
     「はい……俺の方こそ、ありがとう……美砂さん」
     抱き締められて体が痛いながらも、それは甘い痛みでもあった。 
     もう未来の確率はわからない。
     それでも俺は幸せに包まれていた。



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