
非日常 20260621 / FATHER’S DAY
主を喪ったモノ達。
その中に父のシャツがある。
10年以上も前に、私がプレゼントしたリネンのボタンダウンシャツ。遠目だとほぼ無地に見えるが、手の届く距離まで寄るとごく薄いピンクのストライプが入っている。
しゃりっとしていて、馴染みが良くて。
父も気に入ったのだろう。
よく袖を通してくれた。
母の選んだものよりも私の選んだものを好んで着てくれているのは、どこか誇らしいような、面映ゆいような。娘にとって最初の恋人は父親とか言うしなあ。本当にそうだったのかもしれない。
襟ぐりが擦り切れるほど、着てくれた。
「そんなボロボロじゃ恥ずかしいけぇ、
新しいの着りゃあええのに」
そう私が言っても、ただただ笑って着ていた。
…それしか、服ないみたいじゃない。
最期のお別れで、
何が着たいかきちんと訊いておけば、後悔はなかったのかもしれない。
最近の葬儀は白装束ではなく故人の好きだった服装で、というのも増えてきているらしいですね。
きちんと訊いておけば良かった。
いや、正確に言うと、きちんと訊けなかった。
お別れを認めるのが怖くて。
昔、
私は広島市内の百貨店で迷子になったらしい。
なのに親が迷子になったと言い放ち、案内所で平然と“迷子になった両親”を待っていたらしい。
青ざめた両親が慌てて迎えに来ても泣きもせず、感動の再会とはならず。
「どこ行ってたの?」
まあ、憎たらしいったら。
案内所のうら若き女性も呆れたことでしょうね。
ほっそりとした、美しい指先をよく覚えています。
母とは違う、よそ行きの香りがしていた。
どうやら…
今度は本当に迷子らしいです。
今こそ泣いてるんですけど。
あのシャツ、
どうして良いかわからんなー。
どうしてもあのシャツを手放すのが怖くて、着せてあげられなかった。
ボロボロの襟ぐりがあんまりなので、私がスタンドカラーに手直しまでしたのに。
だというのに、見るのも辛い。
ピンクのリネンシャツは、
帰ってから着るって言ってたのにね。
着られんかったね。
「退院の時持ってきて」と言っていた、私が勘違いして持って行くのを忘れていたグレーのシャンブレーのシャツ、結局あれを着てもらったけれど。
どうしよう、
ピンクは母さんに着せてあげようか、母さんピンク好きだし。
でも、サイズがなあ…母は小柄だしな。
それとも…
私が最期に着ようか。
でも、誰が着せてくれるのだろう?
母さん、その時おるんじゃろうか。
でも、そっちの方がしんどいだろうな。
悲しいけれど、
順番通りの方が自然で良い。
父さん。
やっぱり、最期はあのシャツが良かったね。
はるか昔。
私が小さな生きものだった頃。
百貨店の案内所で、
可愛げのない私と一緒に待ってくれていた、
“両親迷子事件”の時の、お姉さま。
私はとっくに
当時のあなたの年齢を優に超えてしまったけれど、
今度は本当の本当に私が迷子のようです。
生まれて初めての恋人が逝ってしまいました。
今、
どうされていますか?
お元気ならば、
父より少しお若いくらいでしょうか。
出来れば、
お元気だといいな、と。
そう、願って止みません。