
【エッセイ】チェンマイのお母さんと涙の理由
タイのチェンマイで、私は突然顔を覆って泣き出したことがある。
目の前にいたのは、赤ちゃんを抱いた物乞いのお母さんだった。
けれど、かわいそうで泣いたのではなかった。
あの涙の理由がわかったのは、何年も後のことだった。
当時、大学生だった私は、海外というものに強く憧れていた。
地元で大切に育てられ、衣食住にも困らず、学ぶ機会にも恵まれていた。
家族も友人もいて、十分に満たされていると実感していた。
それでも、私はどこか自分に自信がなかった。
自分の知っている世界が狭い。
そのことが理由のように感じていた。
温室育ち。
そんなことばが私に向けられた小さな棘のように感じることがあった。
遠くの土地。
違う文化。
違う言葉。
違う暮らし。
そんな世界に触れれば、自分は変われる気がしていた。
だから当時、「発展途上」と呼ばれる地域を訪れ、そこで暮らす人たちの生活に触れることに、大きな価値を感じていた。
チェンマイは、そんな旅を始めた最初の頃の場所だった。
その夜、私は友人と、旅先で出会った日本人男性と一緒に、
ナイトマーケット近くの店でお酒を飲んでいた。
旅先で偶然出会った人と、異国の夜に酒を飲む。
それだけで、当時の私には十分に刺激的だった。
男性は、タイのウイスキー「メコン」をコーラで割って飲む飲み方を教えてくれた。
その人は、沖縄で東南アジアの雑貨を売る仕事をしていると言った。
会社勤めで、平日は働き、休日を待つ。
そんな大人しか知らなかった私には、
その生き方は自由で、型破りで、少し魅力的に見えた。
自分の知らない世界が、ここにもある。
日本での毎日では得られなかった、静かなワクワクを味わっていた。
そのとき、赤ちゃんを抱いたお母さんが、静かに私たちのそばへ来た。
そして赤ちゃんを抱いていない方の手を、
手のひらを上に向けて私たちに差し出した。
言葉はなかった。
けれど、その姿がそこに現れたことで、さっきまでの楽しい時間とは別の現実が、急に席に入り込んできた気がした。
当時の私は、物乞いの人にどう接していいのかわからなかった。
困っている人に何かしたい気持ち。
でも、お金を渡すことが本当にいいことなのかという迷い。
あげる人ともらう人。
助ける側と助けられる側。
平等。
偽善。
罪悪感。
そんな言葉が頭の中で形になっては崩れ、答えはどこにもなかった。
一緒にいた男性は、お母さんの存在を気にする様子もなく会話を続けていた。
私もまた、視界の隅でその存在を感じながら、気づかないふりをしていた。
しばらくすると、お母さんは私たちがお金を渡さないことを、
意外なほどあっさり受け入れた。
そして少し離れた場所へ移り、店のテレビを見始めた。
きっと、そんなことはよくあることなのだろう。
差し出した手が空のまま戻り、
小さな期待がそのまま通り過ぎていくことも。
私の頭の中で渦巻いていた、平等や偽善や罪悪感の問いなど、
その現実の前では、何の意味もなかった。
その様子を見て、私の中の緊張も少しゆるんだ。
ようやく、お母さんのことをちゃんと見る余裕が生まれた。
すると、ふと気づいた。
お母さんは、テレビを見ながら、
ときどき私たちの会話にも耳を傾けていた。
意味はわからないはずの日本語。
その音の響きや、日本人同士が話す雰囲気そのものを
面白がっているように見えた。
珍しいものをみるように。
そしてその表情は、私の周りにいる人たちと同じだった。
ああ、と思った。
知らないものに興味を持ち、思わず耳を澄ませる人の顔。
この人にも、面白がる心がある。
笑う時間があり、退屈する時間があり、誰かを思いながら生きている。
私と同じように。
その瞬間、涙があふれて止まらなくなった。
そのお母さんも、私と同じ人間なのだ。
そのことを感じたとたん、胸の奥に何かが触れた。
当時の私は、なぜそれほど涙が出るのかまではわからなかった。
けれど、ただひとつ確かなことがあった。
私はそのとき、
とても大切なことに触れてしまったのだ。
年月が過ぎて、私は何度か同じような涙を流した。
悲しいわけでもない。
嬉しいわけでもない。
それなのに、涙が出る瞬間がある。
そのたびに少しずつわかってきた。
私は、ほんとうのことに気づいたとき、涙が出るのだと。
頭で考えた正しさではなく、
もっと深い場所で真実に触れたとき、身体が先に反応するのだと。
あのチェンマイで私が気づいたのは、
そのお母さんも、私と同じ人間だということだった。
そして、私の中では
人を「持つ人」と「持たない人」に分け、
自分を責めたり、比べたりして複雑な結び目をつくっていたものが、
静かにほどけていったのだと思う。
そのお母さんは、かわいそうな誰かではなかった。
私が救うべき誰かでも、私より強い誰かでも、なかった。
ただ、同じ世界を生きる、ひとりの人だった。
私と同じように。
外の世界を知りたくて旅に出たあの日。
ほんとうに出会ったのは、
世界ではなく、
世界を見る自分のまなざしだったのかもしれない。
そして私は、この出来事のあと、
友人とにぎやかに過ごす旅をやめ、ひとり旅をするようになった。
知らない景色を見るためだけではなく、
自分の内面が何に揺れ、何に反応するのかを感じるための時間。
誰かと過ごす楽しさより、
自分の中に起こる小さな震えを見逃したくなくなったのだ。
あのチェンマイでの涙は、
ひとつの気づきであると同時に、
その後の旅のはじまりでもあった。