
まだ何も起きてないのに、3日間ずっと自分を責めてた僕へ
まだ何も起きてない。
誰かに呼び出されたわけでもないし、責められたわけでもない。問題が起きたわけですらない。
それなのに、僕はもう3日間、頭の中で自分を裁判にかけ続けてた。
きっかけは、職場のちょっとした人間関係のいざこざ。僕は直接の当事者じゃなかった。ただ、話を聞く側にいただけ。
なのに、後輩からふいに相談を振られた瞬間、スイッチが入った。
「誰かが僕のこと、悪く言ってるんじゃないか」
「次は僕が責められるんじゃないか」
ありもしない未来の恐怖が、一気にふくらんでいく。
冷静になれば、まだ何も起きてない。それは自分でもわかってる。
でも一度この状態に入ると、抜け出せなくなる。
食欲が落ちる。夜、よく眠れない。視野がどんどん狭くなって、仕事も手につかない。
しんどいのは、出来事そのものより、こうなってしまう自分の方なんだ。
ある時、ふと気づいた。
僕は「自分に落ち度があったかも」って思った瞬間、“ちょっとした反省点”を“人格まるごとの否定”にすり替えてる。
愚痴をひとつ言っただけ。それだけのことが、いつのまにか「僕はダメな人間だ」にまで膨らんでる。
その癖の根っこには、たぶんこんな感覚がある。
みんなは許されるのに、なんで僕だけ許されないんだろう、って。
思い返せば、子どもの頃からずっとそうだった。
まじめにルールを守って、がんばって、責任を持ってきた。だからこそ「これだけやってる僕も、少しくらい間違えていいはずなのに」って思う。
でも、実際はどうだろう。
過去に感情的になったこともある。「やります」と言って撤回したこともある。ミスだって、数えきれないほどしてきた。
それでも、まわりはちゃんと許してくれてた。
完璧じゃなきゃダメ。そう思ってたのは、僕だけだった。
つまり、僕が、僕を許してなかった。
40代になって、立場も責任も増えた。弱音を吐ける場所はどんどん減って、ミスひとつで一日中ぐるぐる考えてしまう。
「あの言い方、まずかったかな」
「明日、何か言われるかもしれない」
まだ何も起きてないのに、勝手に自分を被告席に座らせてた。
でも、ここでおもしろいことに気づいた。
もし後輩が同じ状態でへこんでたら、僕は迷わずこう言う。
「そんなに自分を責めるなよ」って。
声をかけて、気にかけて、でも無理に聞き出さない。解決しようとしすぎない。その人の課題まで背負わない。
他人には、ちゃんとその距離感を取れてる。
なのに、自分にだけは一ミリも向けてなかった。
だから今、自分に言い聞かせてるのはこれ。
まだ何も起きていない。
反省するなら、自分の言動を“少しだけ”。それ以上は背負わなくていい。
守るべきは、正義感でも完璧さでもなくて、まず自分自身。
他人に向けてるその優しさと距離感を、自分にも同じだけ向けてあげる。
たったそれだけのことが、こんなに難しくて、こんなに効く。
きっとこれを読んでるあなたも、誰かにはうんと優しいんだと思う。
その優しさ、ちょっとだけ自分にも分けてあげてほしい。
あなたは、十分がんばってる。少しくらい間違えても、許される側の人だよ。🌷
ここまで読んでくれて、ありがとう。🐺
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📖リドの一言🐺
優しさって、たぶん“在庫”じゃない。
誰かに配ったら減るものでも、自分に向けたら減るものでもない。
だから今日は、自分に一言だけ。「よくやってるよ」って。