
持ち主が死ぬと盆栽は枯れるという迷信は本当! そして草取りが押し活になったという話
「持ち主が亡くなったら盆栽は枯れてしまう」
こんな迷信じみた話がある。
父が亡くなり、気づいたら本当に盆栽がすべて枯れていた。
迷信は、持ち主が注ぐ愛情を植物はきちんと感じているという美談的なものだ。
だが、父の盆栽が枯れた理由は違う。私がまったく管理していなかったからだ。1カ月以上、水も与えていなかった。
父の生前、春の訪れとともに盆栽は若葉を芽生えさせていた。
枯れたと思っていた盆栽が芽吹き青くなってきた姿を見て、「ちゃんと青くなるもんだね」と父に言った。
「世話をしているから当たり前だ」と父は言った。
そんな何気ないやり取りを思い出した。
恵みの雨に一鉢だけ生き返った
我が家の庭に傍若無人に勢力を拡大する雑草たちをぼちぼちと暇を見つけて引き抜いていたが、もともと興味もない盆栽には目もむけなかった。だから枯れてしまった。
5月21日、久々にまとまった雨が降った。
すると盆栽の一鉢だけが弱々しくも活力を取り戻し、青い葉を取り戻した。
Googleレンズで検索するとノバラだという。この一鉢だけは守りたいと思

う。
昔の人はなんて優しい名前を付けるのだろう
一方、雑草たちは世話をしていないのに、ぐんぐんと育つ。そして、久々の雨に嬉々としてどんどんと勢いを増す。
こちらとしても、湿った地面は草取りには最適だ。

裏庭には、穂のように茶色い花をつけた草が多く生えていた。検索すると「チチコクサモドキ」と出た。
父が残した庭の手入れの草取りで「父子草」だったら、ちょっとしんみりとしてしまうが、「もどき」だからポンポンと引き抜いてやった。
「もどき」があるのだから当然、「父子草」がある。そして「母子草」もある。母子草は黄色い花を穂のように咲かせる。穏やかに柔らかく包み込んでいる姿が子を思う母のようだ、と名付けられたそうだ。
昔の人は、なんて優しい名前をつけるんだろうと感動する。
「父子草」は、黄色の「母子草」に比べて茶色で地味で優しそうに感じないからという理由で名付けられた。ついで感がハンパない。
父親は、いや男って生物的に哀しい生き物だなとしみじみと感じた。
私の押しの雑草と押し活
草取りをしていて秘かな押しができた。
「オニタビラコ」だ。漢字では「鬼田平子」と昭和のピカレスク小説の悪女のような名前だ。

女性に例えるなら九頭身のプロポーションでルックスは可憐なアイドルだ。
「鬼田平子」の花言葉を調べたら、「仲間と一緒に」「純愛」だという。
名前とのギャップが大きい。こういうのをギャップ萌えというのだろう。
押し活は、引っこ抜くこと。押しであったとしても、やるべきことはやらなければならない。
持ち前の美貌で家庭を荒らす悪女。だが、その内面には「純愛」が…しかし、最後は殺さなければならない定めなんてピカレスク小説か昼ドラかというくらいのベタな流れだ。
いつか、鬼田平子を主人公にした小説に挑戦しよう。
雨上がりの蒸し蒸しとした庭で草取りをしていて、こんなことを思った。
熱中症にならないように頭を冷やそう。