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私を育てたのは、日常の小さな優しさでした

    なぜか、子どもの頃の記憶を思い出すことが増えた。

    きっかけがあったわけではない。

    仕事やこれからのことを考えているうちに、気づけば昔の時間へと戻っている。

    嫌だった記憶もあるはずなのに、それよりも先に浮かぶのは、誰かに助けてもらった場面ばかりだった。


    最初に思い出したのは、小学一年生の頃だった。

    私は前の席の子から、嫌がらせのようなことを受けていた。

    学校へ行きたくなくて泣いた日もある。

    保健室に逃げ込んだこともあった。

    それでも、記憶の中心に残っているのは、そのことではなかった。


    ある日、プリントが前から回ってきたときのことだった。

    私のところだけ飛ばされ、そのまま後ろへ渡された。

    その瞬間、後ろの席の子が「ちゃんと渡して」と静かに言った。

    そして、私にプリントを渡してくれた。

    それだけのことだった。

    それでも、その一枚の記憶だけが今も残っている。


    保健室にいたときのことも覚えている。

    教室に戻るのが怖くて、時間をやり過ごしていた私に、「一緒に行こう」と声をかけてくれる子がいた。

    その一言で、少しだけ立ち上がれる気がした。


    誰かが待ってくれていたこと。

    何も言わずに隣を歩いてくれたこと。

    振り返れば、それは小さな出来事ばかりだった。

    でも当時は、それが特別なことだとは思っていなかった。


    嫌だった記憶よりも、助けてもらった記憶のほうが、今は強く残っている。


    あの頃にもらった優しさを思い出すと、今も少しだけ胸の奥が静まる。

    それは、確かにそこにあった時間だった。


    私を育てたのは、大きな出来事ではなく、日常の中にあった小さな助けだったのかもしれない。


     
     
    30代会社員。日々の出来事や考えたこと、旅先や和菓子との出会いを記録しています。デイトレや資格勉強にも挑戦中。人との時間や何気ない日常を言葉に残しています。YouTubeでは日本文化や習慣を発信中。

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