
私を育てたのは、日常の小さな優しさでした
なぜか、子どもの頃の記憶を思い出すことが増えた。
きっかけがあったわけではない。
仕事やこれからのことを考えているうちに、気づけば昔の時間へと戻っている。
嫌だった記憶もあるはずなのに、それよりも先に浮かぶのは、誰かに助けてもらった場面ばかりだった。
最初に思い出したのは、小学一年生の頃だった。
私は前の席の子から、嫌がらせのようなことを受けていた。
学校へ行きたくなくて泣いた日もある。
保健室に逃げ込んだこともあった。
それでも、記憶の中心に残っているのは、そのことではなかった。
ある日、プリントが前から回ってきたときのことだった。
私のところだけ飛ばされ、そのまま後ろへ渡された。
その瞬間、後ろの席の子が「ちゃんと渡して」と静かに言った。
そして、私にプリントを渡してくれた。
それだけのことだった。
それでも、その一枚の記憶だけが今も残っている。
保健室にいたときのことも覚えている。
教室に戻るのが怖くて、時間をやり過ごしていた私に、「一緒に行こう」と声をかけてくれる子がいた。
その一言で、少しだけ立ち上がれる気がした。
誰かが待ってくれていたこと。
何も言わずに隣を歩いてくれたこと。
振り返れば、それは小さな出来事ばかりだった。
でも当時は、それが特別なことだとは思っていなかった。
嫌だった記憶よりも、助けてもらった記憶のほうが、今は強く残っている。
あの頃にもらった優しさを思い出すと、今も少しだけ胸の奥が静まる。
それは、確かにそこにあった時間だった。
私を育てたのは、大きな出来事ではなく、日常の中にあった小さな助けだったのかもしれない。