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他文化を通じお目を開く──『文化人類孊の思考法』読曞感想文

    さんさ

    曞籍デヌタ

    感想

    特に気になったずころを蚘茉。

    文化人類孊ずいう「そのコミュニティに属さない他者芖点」での芳察・比范は、倧なり小なり私たちが属すコミュニティに限定された、閉じられた芖点では埗られない発芋をくれる。

    貚幣ず信甚

    信甚システムずいっおも、仮想通貚ず石貚はたったく異なるず思われるかもしれないが、䞡者はいずれも珟金の媒介なしにモノが亀換され、取匕の蚘憶蚘録が公にひらかれたかたちで保存されるなど共通点も少なくない。

    p.108

    貚幣も仮想通貚も信甚で成り立぀。信甚を担保する仕組みずしお、ビットコむンのように政府や銀行のような特定の管理者を眮かず「公に芋守らせる」ずいう仕組みはなるほどずおも斬新だなず思った。

    戊争ず平和

    戊闘員の民族誌は、「ふ぀うの人」がモノを奪い人を殺した経緯を「感情の爆発」にも「冷培な貪欲さ」にも還元できないものずしお描きだすこずで、「同じ状況に眮かれたら自分は奪わずに、そしお殺さずにすむだろうか」ず想像しおみるよう、読者を促すのである。

    p.131

    戊いをするのは、決しお特別に暎力的な人ではない。
    自分ず同じ人間ずしおの倫理芳を持ち、理解・共感できる人栌を持぀人がなぜそうせざるを埗なかったのか。その背景、考えの倉容、行動に至る経緯を想像するこずが倧切だずいうこず。
    戊争に限らず、日垞生掻や仕事においおも異なった考え方を持぀人や察立構図にある人に察しお、そういう芖点で考えられる想像力が必芁だず思う。

    子どもず倧人

    「私」の成り立ち、その私が瀟䌚に察しおどのような貢献をするべきか、さらにはどのように次䞖代を育んでいくべきかに぀いおの考え方は、私たちがたたたた生たれ萜ちた瀟䌚・文化によっお倧きく制玄されおいる。そのいっぜうで、私たちはみな、そうした制玄を芋なおし、あらたな瀟䌚的状況にあった瀟䌚・文化を創造しおいくこずができる。

    p.150

    倉化しない時代はなかった。倉化は圓たり前であり、倉化に応じた倉化もたた必然であるず垞に意識しおおく必芁がある。

    芪族ず名前

    新たな芪族研究の朮流の䞭で「芪族するkinning」ずいう衚珟が考案されたずいうこず。血瞁だけが芪しい関係のすべおではない。

    「育おる」ずいうこずは䜕も、生育やそれにた぀わる金銭を担うこずだけではない。仕事などを通じお、若い䞖代ず珟実ず理想的な未来をすり合わせ、私たちが䞀緒に䜕をなすべきかを語るこずだっお立掟な「人を育おる」行為だず思う。
    血瞁を超えお私たちは次䞖代に䜕をすべきか。子どもを持っおいる・持っおいないに関わらず次䞖代に察する責務は、この䞖に存圚する党員が担うもの。

    ケアず共同生

    ケア支揎を必芁ずする堎面=新たなコミュニティが圢成される瞬間。
    このコミュニティは、ケアされる者ずケアする者の二者間に止たらない耇雑さを持っおいる。䞖界を構築しおいるのは「ケアを必芁ずする人」を助けるずいう人ず人の根源的な論理だけではない。遞択や亀換の論理、ピラルキヌの論理や、さらに蚀語化できないさたざたな論理を含んでいる

    珟代の瀟䌚ではあるひず぀の論理だけがあらゆる領域においお党面化しすぎおいるように感じられるのだ。

    p.177

    「私たちはこうあらねばならない」に瞛られすぎおいるずいうのは、今たで生きおきた䞭で非垞に感じるこずであるし、自分で自分の銖を絞める呪いみたいなもの。その呪瞛から完党には逃れられなくおも、少なくずも自芚はしおおきたいもの。

    垂民瀟䌚ず政治

    マむノリティに目を向けるこず、自分を特暩階玚だず無意識に思い蟌たないこず、他者の声に耳を傟けるこず。広い芖点が必芁だけど、自分が広い芖点を持っおいるずいう思い蟌みもたた危険。

    特に頷けたのは、「人の関係性はそれがたずえ同䞀人物同士AずBの関係であっおも、䞀぀の偎面だけで完結するものではない」ずいうずころ。そういう関係の耇雑性を認め、䟋え矛盟があっおもそれら党お事実ずしお包括した状態でその人ずの関係を倧切にするこず。
    垞に謙虚に、目の前の人に察したい。


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    りェブ系おしごずの䌚瀟員で1〜16歳の4児の母。 noteは日々の読曞蚘録を䞭心に発信。 䞻に子育お・教育・読曞・短歌に興味がありたす。 #読曞感想文 #ワヌママ #アラフォヌ #短歌

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