メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

逃れられない業の䞭に宿る神──『蜜蜂ず遠雷』読曞感想文

    さんさ

    恩田陞さんは『光の垝囜』シリヌズが本圓に奜きで、昔よく読んでいた䜜家さんです。

    お盆でじっくりずストヌリヌを远う読曞ができる時間が䜜れたので、今曎ながら盎朚賞を受賞した本䜜を読んでみたした。

    曞籍デヌタ

    自然受容タむプの「颚間塵」
    感芚降臚タむプの「栄䌝亜倜」
    求道者タむプの「マサル・C・レノィ・アナトヌル」

    3人の倩才が䞀぀のコンクヌルで出䌚い、互いに觊発し合い、その真の才を目芚めさせる  ずいうのが本話のメむンストヌリヌかなり乱暎なたずめ。

    他にも、クラシック界の垞識にあえお逆らう粟神反逆児の審査員、䞉枝子。劂才なさそうに芋えお実は䞍噚甚、情熱家でストむックな審査員、ナサニ゚ル。䞀流から倖れおいるこずを自芚しながらも倢を远うこずを諊めきれない瀟䌚人コンテスタント、明石。
    などなど音楜に魅了された人たちが、それぞれの人生を背負いながら登堎する密床の濃い矀像劇です。

    これたでに倚様な奏者の挔奏を聎いおきたわけではないですし、取り䞊げられおいる曲も知らないものが倚いので、文字を远っおいおも私には「音楜」は聞こえたせんでした。

    でも「その堎の空気」はしっかりず䌝わっおきたした。

    奏者の人間性を反映しお奏られる倚圩なパッション聎こえる圢が静でも動でも、その根底にあるのは奏者のpassionです。
    コンクヌルの匵り詰めたキンずした緊匵感、
    身䜓が宙に浮いおいるような浮遊感、
    熱に浮かされるような高揚感、
    今ならなんでも出来るような党胜感。
    さらに先のゟヌンに入る感芚は  私は経隓がないのでわかりたせんが笑

    恩田さんの緻密な描写で、それぞれの奏者の個性、感情、思いを茉せた「音に満たされた空気」が描き出されおいたす。

    奏でる音は、圌らそのもの

    私はわりずロマンチストなので、人間の根底に共通する「普遍的な矎」ずいうものが必ず存圚するず思っおいるのですが。
    自分の心を揺らがせるものっおなんだろうず考えた時に、「矎」そのものよりも、その「矎」を远い求める人間の姿が実は䞀番なのではないかず最近思うようになりたした。

    「远い求める人」に共通しお感じるものは「衚珟の察象を絶察的に奜いおいる」ずいうこず本䜜ではその察象は「音楜」です。
      うヌん、"奜き"ずいう蚀葉だず陳腐すぎるかもしれないです。
    もっず身に迫っお脅迫的な、離れられない、逃れられない、運呜だ。そんな感じ。

    それを意識せずに「自分の自然」ずしお受け止められる人もいれば、意識しすぎお血反吐を吐くような思いをする人もいる。
    でも、音楜ずいうフィヌルドにおいおは、その過皋がどうこうずいうこずは評䟡の察象にはならず、結局は圌らの玡ぎ出す音が党おです。

    厳しいですし、䞍公平なようにも思いたす。
    でも、そうやっお奏でる音は、だからこそ圌らそのものになるのだず思うのです。

    挔奏家は、音笊を組んだ䜜者の心情を十分に理解した䞊で、「その心情を聞き手にどう䌝えるか」ずいう郚分を独自に解釈しお挔奏するず──この本にもそのようなこずが曞いおありたす。

    どのように奏れば他者に共感を促し、その堎を共鳎させるこずができるのか。
    塵や亜倜のようにそれを盎感的に掎むこずのできる倩才もいるのかもしれたせんが、倧抵は苊しみ悶えながら、幞せに笑い、悲しみに泣く人生をきちんず生きおいるずいう事実が必芁だず思うのです。

    ぀たり「人」ずしお生きるこずが、圌らを介しお玡ぎ出される音楜に衚出するのだ、ず。

    神に愛される才胜

    神ずいう蚀葉を軜々しく扱いたくはないですが、
    前述した「普遍的な矎」をこの䞖に再珟できる音楜の才を持っお生たれた人、すなわち「神に愛された才胜」ずしか圢容できない倩賊の才を持぀人が実際にこの䞖には存圚するのだず私も思いたす。

    明るい野山を矀れ飛ぶ無数の蜜蜂は、䞖界を祝犏する音笊であるず。
    そしお、䞖界ずは、い぀もなんずいう至䞊の音楜に満たされおいたこずだろう、ず。

    䞖界は音に満たされおいる。
    その至䞊の音は「神に愛された才胜を持぀人」を介しお、䞀぀の音楜に仕立お䞊げられる。

    『蜜蜂ず遠雷』は、皀有な才を持぀ばかりでなく、音楜の道を極めるこずに人生をかける人たちの物語です。

    倩才たちは垞に道を远い求めおいたす。
    それをあたりたえのように自然にやっおのけるか、自分の䜿呜だず確信した匷い心で自分を奮い立たせお行うか、アプロヌチはそれぞれに違いたすが、音楜ぞの向き合い方ずしお、どちらが優れおいるずいうわけではありたせん。

    埌者は前者を矚むでしょうが、埌者の方が心の持ちようずしおはある意味プロフェッショナルですし、貪欲ですし、珟代瀟䌚で成功する奏者ずいうのはきっず埌者のような人たちなのだずも思いたす。

    いずれにしおも、神に愛された圌らが心に抱くのは、
    音楜が奜きで奜きで、止められないずいう気持ち。
    裏切られおも、苊しくおも、どんな状況に眮かれようが音楜だけは捚おられないずいう、もはや「業」のような心持ち。
    本の䞭にも、「業」に蚀及した箇所がありたしたし、その郚分に心から共感したした

    その気持ちの有無が、凡人ず倩才たちの違いだず私は思いたす。
    偶然なのか必然なのか、自分がそのものず同化しお溶けるほどに奜きなものがある。

    人間ずいう噚を持ち、人間の぀くる瀟䌚の䞭でさたざたな葛藀を抱えながらも、「音楜を愛しおいる」ずいう気持ちを持ち続け邁進する人の玔粋さに、私たちは時折神を芋るのだず思いたす。

    「音楜をする」っおいいなあ

    音に自分を乗せられたらどんなにすばらしいだろうずい぀も思いたす
    こず音楜に関しおは文化や文字をやすやすず超えられる䞖界共通蚀語であるこずがすばらしい点で、そんな特別な「コミュニケヌション媒䜓」の才胜を持った登堎人物たちが本圓にうらやたしい。
    倩才はマむノリティだから、生きるのはずおも倧倉でしょうけど

    創造ずは自分の哲孊をあらゆる手段で他者に共有するこずだず思うので、他者の䜜ったものに察しおの"衚珟"にオリゞナリティを蟌めるこず䜜者でなく、挔者の行うこずもたた創造なんだなあ。

    あんなこずやそんなこずをがんやりずずりずめなく考えながら読むこずのできた、すおきな小説でした。

    この蚘事が参加しおいる募集

     
     
     
    りェブ系おしごずの䌚瀟員で1〜16歳の4児の母。 noteは日々の読曞蚘録を䞭心に発信。 䞻に子育お・教育・読曞・短歌に興味がありたす。 #読曞感想文 #ワヌママ #アラフォヌ #短歌

    あなたぞのおすすめ