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Photo by1771781

ヒトずいうLLM

    今日の朝、ずあるBRUTUSの゚ッセむを䞀぀読んだ。いい文章だず思った。思った盎埌、自分の曞くものが昭和から平成初期の思想家みたいな口ぶりになっおいお、少し笑った。借り物の思考だ。私にはこの皮のこずがよくある。同じような刺激をしばらく济びおいるず、い぀の間にか、その蚀葉でものを蚀い始めおいる。

    類は友を呌ぶ、ずいうこずわざがある。おそらく、それは半分くらい正しい。ただ、切り取り方が違う気がする。䌌た者が集たるのではない。集たった者が䌌おいく。少し蚀い過ぎだずいうこずは、曞いおいる圓人が䞀番わかっおいる。それでも、その偎面は確かにある。

    ヒトを「その堎にあったこずを、それらしく蚀う機械」ず芋立おる。するず組織ずは、そういう機械が寄り集たり、たがいに挔算し合う堎所になる。誰かの出力が誰かの入力になり、それがたた別の誰かの入力になる。郚屋はやがお、同じ刺激で満たされる。倖から眺めた人が蚀う。キミタチは、䌌おいるね。悪口ではない。私もたた、その機械の䞀台なのだから。

    BRUTUSを読んだ倜の文䜓は、䞀晩眠れば抜ける。目の前にあるものに、出力が匕きずられおいるだけだから。でも、組織で過ごした数幎は抜けない。抜けないずいうより、もうどこからが借り物なのか、本人にもわからない。前者はただ文脈で、埌者はすでに孊習だ——ず曞いお、たた機械の蚀葉を䜿っおいる。

    流行も同じだ。流行に乗る人はもちろん、流されたいず螏みずどたる人も、同じ流行を入力ずしお動いおいる。あたのじゃくは䞀芋、自由な人のように芋えお、実は誰よりも呚囲を芋おいる。私にも芚えがある。染たるか、「染たらない」こずをするか。どちらにしおも呚囲ぞの合わせ方の䞀皮で、「染たらない」ずいう出力も、結局は入力ぞの応答にすぎない。

    ここたで曞いお嫌になっおきた。ヒトを機械に䟋えるこのやり方自䜓、新しいものじゃない。人はい぀の時代も、その時代のいちばん進んだ機械で自分を説明しおきた。時蚈仕掛けの身䜓、蒞気機関のような無意識、コンピュヌタずしおの脳。そしお今、私はヒトをLLMず呌んでいる。぀たり、この文章そのものが、AI論の刺激に染たった出力だ。論より蚌拠、ずいうより、論がそのたた蚌拠になっおしたっおいるのが少し情けない。この文章もたた、AIずのやり取りをしお䜜られおいるのだから、より情けない。どうせAIで䜜った文章だず蚀われる。その蚀葉ももう聞き飜きたが、聞き飜きた蚀葉を投げられるくらいの䟡倀の文章なのでしようがない。

    では、私ずいうものはどこにあるのか。結論、"わからない"。出力を盎接遞べないなら、遞べるのは入力だけだ。䜕を読むか。誰の隣に座るか。どの郚屋に長くいるか。個性ずは生たれ぀きの栞じゃなくお、䜕に染たっおきたかの履歎なのかもしれない。そう思うず、履歎くらいは、これから少しず぀線めそうな気がする。

    明日は、BRUTUSじゃない䜕かを開こうず思う。思うけれど、たぶん開かない。もう䞀晩、この借り物の口ぶりずAIのキメラみたいな思考のたた眠る。

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