
「仕事が続かない」と思っていた私へ。
「私は人間関係が苦手なのかな。」
仕事を辞めるたびに、そんなふうに思っていた。
でも最近、ようやく分かったことがある。
私は、人見知りではない。
むしろ、自分から挨拶をしたり、話しかけたりするタイプだ。
初めて会う人にも、自分から声をかける。
話してみる。
その人を知ろうとする。
そして、「なんか違うな」と感じたら、自然と距離を置く。
それが、昔から私の人との関わり方だった。
学生の頃も、ママ友との関係も、そうだった。
でも、仕事だけは違った。
職場では毎日同じ人と顔を合わせる。
価値観が合わなくても、一緒に働かなければならない。
距離を置きたくても、簡単には置けない。
だから私は、「距離を置く」のではなく、
「我慢する」ことを覚えた。
人を見下すような言葉。
マウントを取る空気。
興味のないことを勧められる時間。
その場の空気を読まなければいけない毎日。
「なんか違う。」
そう感じても、自分の感覚を押し込めてきた。
私は、人の良いところを探す。
「悪い人じゃない。」
「きっと疲れているだけ。」
そんなふうに相手を理解しようとする。
でも、その優しさは、ときどき私自身をすり減らしていた。
私は、人を嫌いになりたいわけじゃない。
ただ、自分を守ることが苦手だった。
最近、「境界線」という言葉が心に引っかかる様になった。
今までの私は、境界線を相手軸で引いていた。
嫌われないように。
空気を悪くしないように。
相手を傷つけないように。
でも、本当は違った。
境界線は、人を拒絶するためのものじゃない。
自分の優しさを、すり減らさないためにある。
私は、人を選んでいるんじゃない。
その人と一緒にいるときの「自分の状態」を選びたいんだ。
安心して笑える自分。
無理をしない自分。
肩の力を抜いて話せる自分。
そんな自分でいられる人と、一緒にいたい。
そういえば、一番長く働いた職場は9年だった。
振り返ると、その頃は子どもたちもまだ小さくて、私にとって仕事は「家族の生活」と切り離せないものだった。
子どもの成長とともに、働き方も変わる。
大切にしたいものも変わる。
だから、仕事を辞めたことだけを切り取って、「続かなかった」と思う必要はなかったのかもしれない。
私は、その時々の自分と家族に合わせて選び、歩いてきた。
そして今、子どもたちは少しずつ大きくなった。
これからは、家族のためだけではなく、私自身のために仕事を選んでみたい。
心がすり減る場所ではなく、
自分らしくいられる場所。
我慢を続ける働き方ではなく、
私の感覚を大切にできる働き方。
そんな仕事に出会えたら、きっと毎日はもっと心地よくなる。
40代になった今、ようやくそう思えるようになった。
これからは、「続けられる仕事」ではなく、「私らしく続けたいと思える仕事」を選んでいきたい。