
「道は繋がっている」魔法使いの教え
運転できるようになってから、もう三十年近くになる。
色々あったけれど、やっぱり車は便利だ。
今は目的地を入力すれば、
カーナビが勝手に案内してくれる。
渋滞情報も教えてくれるし、
道を間違えても再検索してくれる。
本当に便利な時代になった。
でも、私が最初に乗った車には、
カーナビなんて付いていなかった。
オーディオはラジオとカセットテープ。
それにCD。
当時はカセットとCDの両方に対応できるよう、
少し奮発してオプションを付けた記憶がある。
今の人からすると、
それだけで驚くかもしれない。
そういえば当時の実家の車にも、
カーナビは付いていなかった。
もっぱら運転するのは父だったが、
父もカーナビなしで走っていた。
では、どうしていたのか。
マップルである。
えっ?何それって?
地図だ。道路地図帳。
りんごの表紙だったから、
マップとアップルを合わせてマップル。
……だったと思う。
あ!今気づいた!!
りんごって流行るんだな。
……いや、今は関係ないね。
父は凄かった。
出かける前になると、
大きなマップルを机に広げる。
前日の夜。
「ここを出ると、ここに出るだろう。
そしたら右へ回って高速に入る」
蛍光ペン片手に説明が始まる。
「ここのサービスエリアで休憩しよう。
アイスが美味しいぞ」
さらに続く。
「ここに縮尺があるだろ。これで距離がわかる。50キロないな。じゃあ30分くらいで着くだろう」
私に教えてくれる。半分もわからなかった。
父には見えていたらしい。
走る道も。距離も。時間も。
渋滞した時の逃げ道も。
地図一冊で全部把握していた。
父は最後にこう言った。
「明日、これ見ながら乗ってみろ、
自分が運転するつもりでな」
そして、
「お父さん、お前に道聞くかもしれないぞ。
よろしく頼むな!」と言われる。
重責である。
地図もまともに読めない私に、
人間カーナビの補佐をしろと言うのだ。
地図一冊で全部把握してしまう父に頼られるなんて、正直無理だと思った。
翌日。
私は助手席でマップルを広げていた。
だが。
全然わからない。
今どこを走っているのか。
地図をクルクル回しながら見る。
そんな私に父は試してくる。
「地図は回しちゃダメだよ。
今、見てるだろ?次、2キロ先で分岐になる。
右と左、どっちだっけ?」
えっ?!
なんで分岐があることを知っているの?
私は慌てて地図を見る。
父は前方を指差した。
「ほら。青い標識。行き先が書いてあるだろ」
本当だ。書いてある。
でも、それと地図が繋がらない。
父はさらに聞く。
「〇〇号線って書いてあるぞ」
「わかるか?」
……
わからない。
私は地図と標識を見比べる。
見れば見るほどわからなくなる。
私がモタモタしていると、
父は笑いながら、
「じゃあ、お父さんは感で右に行くぞ」と言う。
いやいやいや。
今までの分析はどうしたの。
縮尺は?
距離は?
渋滞予測は?
父は平然と続ける。
「間違ったら修正よろしくな」
ヒェー。
責任重大である。
そもそも私は、
今どこを走っているのかも怪しいのだ。
結局。
父の「感」は当たっていた。
無事に目的の道へ入った。
私は不思議だった。
「もしかして知ってたんでしょ?」
父は首を振る。
「いや」
そして窓の外を指差した。
「お日様が登ってまだ数時間だ。
今は7月の終わりだから真東とは言えないけど、
あっちから昇ってきてる。すると東はあっち。
目的地は南東だったろ」
父は続ける。
「手元の地図を見るのも大事だけどな。
外の景色を見るんだよ。
あそこに看板があるだろ。店もある。
あっちは山だ。じゃあこっち方面かな、とかさ。
色んなヒントがあるんだよ。
そしたら、なんとなく想像するんだ。
迷っても運転している時は焦るなよ。
道は繋がっている。なんとかなる」
なるほど。
私は、ただの景色としか見ていなかった。
コンビニしか探していなかった。
父には看板や山が見えている。先を見ている。
私は視野が狭かった。
同じ景色を見ているはずなのに、
見えているものが違った。
父は、それを凄いなんて思っていなかったと思う。
ひけらかすこともなかった。
「だって大体わかるでしょ」そんな感じだった。
その後。
無事に目的地へ着いて、釣りを楽しんだ。
それだけの話である。
でも、よく覚えている。
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その数年後。
私も車を運転するようになった。
そして初めてカーナビを使った時は衝撃だった。
目的地を入力するだけで、全部案内してくれる。
「これさえあればどこでも行ける」
本気でそう思った。
ところが…
中古車を買った時のことである。
付いていたナビの地図が古かった。
画面の中では道がない。
でも実際には立派な道路が続いている。
少し不安だったが、
ふと父の言葉を思い出した。
「目の前の景色を見るんだよ」
看板を見る。道路標識を見る。
周りの景色を見る。
すると不思議と、そこまで心細くなくなった。
アップデートは大事である。
便利な機械はありがたい。
私もよく頼っている。
でも今思う。
父はずっと前から、
自分の中にナビを持っていたのだ。
そして、その使い方を私に教えてくれていた。
便利な機械に頼るのは悪いことじゃない。
むしろ頼ればいい。
ただ。
機械に使われっぱなしになるのではなく、
自分でも考える。
今自分がどこにいるのか。
どこへ向かっているのか。
そんなことを考える力も、
やっぱり大事なんだと思う。
あの日。
父は道案内の仕方ではなく、
道の探し方そのものを教えてくれていたのかもしれない。
そして、私はカーナビの使い方を父に伝える。
「すごいな!声で知らせてくれるなんて嬉しいよ。
リアルタイムで渋滞まで。魔法みたいだな」
いやいや。
元祖魔法使いが何言ってんの
と思った。