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Photo bymochi422

自分を見つめ直す旅|不登校からの内観

    あぐりと申します。不登校のわが子ではなく、不登校ママである私の気持ちにフォーカスした記事を投稿しています。私が応援したい方に届くと嬉しいです。


    今回はわが子が学校を休んでどんなことをしていたのか…
    そんなことをお話してみようと思います。

       ◇ ◇ ◇

    学校に行かないことが日常になったわが子たち(小5と中2)は、自力で復帰を目指すのか。

    そこまでのプロセスでまず大事なところがここ。

    だから、何もせずにダラダラと過ごすわが子に腹を立ててはいけないと自分に言い聞かせる。

    私にとって第一に、生きることが出来ていれば100点満点なのだから。


    別人のようになってしまった


    あれから1年くらい経ち、親として対策を考えるのもやめた。

    対策と言っても、当時は今のような支援にむけた選択肢があまりなかったので、第三の居場所を探すということではない。

    整体に通ったり護摩行に連れて行ったり…身体や精神が良くなることに重点を置いていた。


    親としては学校に行けなくなったということよりも、心身が疲れ憔悴した状態にさせてしまったことがショックだった。

    本人は誰に言われるまでもなく、とにかく学校に行きたいのだろう。

    でも私はそれを何も助けることが出来ない。

    どこから何が違ったのだろう、
    その答えを探ったとしても今はあまり意味のないものになった。


    息子たちは手の届くところにいても遠い人になった。
    傍にいるけど他人以上に遠いのだ。


    今世間から、いや自分以外の人間と断絶をし何かを考えている。


    お洒落だったわが子が、自分の身の回りのことができず髪も伸び放題だ。

    陽気で明るかったわが子らの、あの表情がなくなった。

    大人になる段階で、人生を考えるのはわからなくもない。

    親として、こんなにはっきりとした激しい変化についていけない。

    あまりに冷たく切り離された私には、その受け取り方がわからなかった。


    親も子も同じく暗い道を歩いている


    同時に私にも同じ毎日が続いている。

    わたしも人生のどこかで、もっと思い悩むべきだったのだろうか。


    会話がなくなった今、私は自然と自分自身と対話することになる。

    言えることは、成功も失敗も含めて歩く必要のある道を、確実に前進しているということ。

    わが子もきっと、今必要なこと以外は一切何も行わず、ただそれだけに集中しているのだろう。

    前方は闇に覆われているから、遠くを見ずに今のみにスポットを当てる。


    他者とのかかわりを断ち、ひとりになることが自己成長を促す。

    人を頼らず自分の中にある直感を信じ、知恵を巡らせている。


    私の頭の中


    自分が過ごして来た今までのことを考えてみる

    「親としてやるべきことはやったよね」という私に対して、受容と共感が欲しかったから

    「大丈夫だよね?」ともう一人の自分に話しかける。

    これまで生きてきたものを、自分自身が肯定しているのとそうでないのとでは、わが子を支える力強さが違うような気がする。


    その中で小さなエピソードや、くっきり浮かび上がるわが子の言葉だったりその表情を思い出す。

    それも良し悪しで、どうしても「私が悪かった」モードになる。

    こうすれば良かったんだよね?と、今言ったところで意味はないと感じる。


    初めのうちは、その小さな傷だけでも修復したくて息子に話しかけたこともあった。

    「 (これからこうするね…みたいな)宣言しないで欲しい 」

    「 謝られたら、俺がなんだか残念な人間に出来上がったみたいだし…」

    そう言われてしまった。


    なるほど・・・
    私が自分の荷物を降ろしたかっただけなんだ。


    わが子は今“自分”を整理しているところ、自分にある良いものとそうでないものを取捨選択して、自分という製品の品質改善に取り組んでいるのだ。

    そこに私の感情を混入しない方が良いのだと判断した。


    私が見ている過去回想の場面は私の主観が殆どだから、それは私という製品の品質改善を自分自身で行えば良いだけ。


    私たち親子はこうして、3LDKの狭い空間で何年ものあいだ自分を良くする作業を行なっていた。


    自分という基盤があってこそ


    その作業に終わりはないのかもしれない。

    それでも「これでなんとかやっていける」そういう自信がついたときに、何度もなんども確認しながらやっと一歩が出るのだと思った。


    それは私もわが子もおなじなのだ。
    未熟なところからのスタートだから、そう簡単に心は許可を出してはくれない。


    でもこの道は私を助けてくれる道。
    だめならこの道に戻れば良いということがわかっていた。


    立ち止まっていたわが子は少しづつ動き始める

    マズローの5段階欲求にもあるように(愛と所属の欲求)の基盤を固いものにするために、どんな自分でも受け入れてくれる人の存在を確認していた。

    そこがクリアにできてこそ4番目の(承認の欲求)を目指していけるのだ。

    母親の私も、その作業があったから自分に自信を取り戻すことができたような気がする。


    これこそが ※“内観” というもの。

    不登校に陥った生徒は(その年齢に応じた)心の整理をしているのだろうと考える。

    家庭にいても、勉強に匹敵するくらい大切なことを学べているのだ。    

    内観から見えてきた自分の姿は成長の証
    辛い試練の中、それを乗り越えようとした進歩がたとえ小さくても、自信を信じて誇りに思いたい。



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    ※参考

    ✤ 内観は心身の健康に効果をもたらします。

    ・感情を整理することかでき、それによりストレスや不安が軽減されます。
    ・自分とはどんな人間なのかを理解することができます。
    ・マインドフルネスを促進し、集中力や注意力の向上に役立ちます。
    ・自分の感情の変化に気付きやすく、それに対応する能力も向上します。
    ・自分を理解することにより、良好な人間関係が築けるようになります。
    ・リラクゼーション効果があるため、体の緊張がほぐれリラックスできます。


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    不登校を経験した母。多くのご相談を通して、人の心を見つめてきました。寄り添うだけでなく、不登校を超えたからこそ見える視点から「なぜそうなっているのか」を大切に、今とこれからを整える視点をお届けしています。立ち止まった時間の中で見えてきたものを、今、あらためて言葉にしています。🌸

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