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これでも不登校のわが子を好き放題させたというのか・・・


    不登校ママが一番頭を悩ませるのは、家での関わりをどうするのかです。

    学校や相談機関を通じて、わが子の生活を学校復帰を目指すものにするのか。それともわが子の自主性を重んじて動き出すまで見守り続けるのか。

    月単位・年単位の生活で、その先がどう変わるのかが不安になります。

    ネットで検索しても、わが家に当てはまる事例と一致するものを探すのは難しいですね。

    これからお話しするのは、わが家についての話です。当時のわが子に対する取り組みは、一番遠まわりでかつ確実な方法だったような気がします。

    考え方は様々ですが、悩む方の参考になればと思います。


    初めは何も出来なかった


    当初わが子の様子は尋常じゃない。
    とても具合が悪そうだ。

    ギリギリまで頑張った証拠?

    それを思うと私は再度落ち込む。

    私が弱音を吐けない環境を作っていたからかもしれない。


    何でも思っていることを発言する子なのに、肝心なことを家庭で話せていなかった。

    ものごとをわりとはっきり発言してくる長男は鋭い。

    和の気持ちや調和を重んじる私は、直接的な発言を心地よく思わなかった。

    自分の意見をはっきり言えることを褒め、どうしてそう思うのかをゆっくり聞いてあげる過程が必要だったね。

    学校に行けなくなったときに気が付いたその気持ちを、伝えたからといって今はそんなことが言える様子ではない。

    そういう関わりを持つ段階を、とうに超えてしまっていると思った。


    そんな風に過ごしてきたから、わが子から信頼を得ることができていない。

    信頼とは信じて頼ることなのだ。
    多分今彼は私を頼ってなどいない。

    息子たちの様子を見ていると、辛いのだろうということだけがわかった。


    わが子が笑っているのが一番


    少し元気な不登校児になったとき、とても嬉しかったのを覚えている。


    長男・次男がそろって家にいる

    あっちの部屋からもこっちの部屋からもゲームの音楽…
    毎日毎日耳に焼きつくくらい鳴っている。


    私は不登校の始まりの時を忘れ、急に腹が立ってくる。

    でも楽しい音楽の向こう側にある気持ちは、楽しいわけがないと思う。

    その音を聞きすぎると悲しみのメロディーにさえ聞こえてくる。

    この子たちはこの後どうなっていくのか…それが気にならないわけではない。ただゲームをして頭の中を空にしないと不安でたまらない…そんな気持ちが伝わってくる。


    気持ちが落ち着けばきっと変わる。

    わが子は二人とも活発で友達が大好きだもの、学校に行きたいと思っているはず。

    好きにゲームができるから学校に行こうとしないわけではない。

    それだけは信じることが出来た。


    午前中は親も子も辛い時間帯

    だから午前中は遅めに起きてゲームをして、午後もお昼を食べた後またゲーム。


    何か月か経つとその音が鳴っている時間が短くなってきた。

    それなりの時間割みたいなものがあるのか、ネットでするオセロやマージャンにも詳しくなっている。


    夕方になると長男のほうは友達が訪ねてきたりもする。

    楽しそうに友達と話すのをみると、やっぱりこれが帰りたい自然の姿なのだと思う。何ごとも無かったと思えるくらい笑っている。

    わが子が笑っただけで、私も頑張れると思えるからそのパワーは絶大だ。



    それから起こったこと


    家にいた大半の時間は好きに過ごしていた。

    結果わが家のやり方は断捨離と同じようなかたちになった。

    一旦私の関りを必要なことだけにした。


    もちろんマズローの欲求説(※)に従い、衣食住は提供している。

    そこからは必要な要素をひとつづつ取り入れていく。

    何が余分だったかよりも何が必要かを選ぶ。


    彼らにとって自分の人生を自分で考えることが今の課題。

    自分に必要な要素をチョイスし直してもらう。


    どれくらいこうして過ごしただろう。
    やりたいことをやりつくした後は、現実と向き合わざるを得なくなったのか自分からこうしたいと意思を伝えてきた。



    そこからどうするかが課題


    私はできるだけ協力をした。
    それでも思うようにいかない。

    そしてまた自分の世界に入ってしまう。
    私も希望を持ちまた落胆する。

    わが子と同じように、私の気持ちも乱高下を繰り返している。

    でもその波がだんだん穏やかになってくる。


    最初からうまくいかないのは、心が失敗に耐えるほど強くないから。

    試行錯誤を繰り返し、自分なりの受けとり方や対策を学んでいる。

    親も子も必要な学びを得ているのだ。


    はじめ私はわが子の失敗を見ていられず、手や口を出したくなった。

    大体うまくいかないと気づいたとき、私は助言ができなくなった。


    人から言われたことをやっているうちは、他責に走る。

    自分で選び自分で決めるからこそ、原因を考えどうすればうまくいくのか考える。


    親として無責任な気もした。

    それでもこの考えに至るまで、本当に時間がかかった。


    私の役目は、彼らが進もうとする気持ちを受け取り応援すること。

    そしてうまくいかなかったとしてもいつもと変わらない母でいること。

    シンプルにそれだけあればいいと思った。



    これが我が家流の、ゲーム三昧も含めて好きにさせた結果となった。

    不登校のある一時期だけを見て

    良いとか良くないとかの判断はできない

    トータルで見ることが大事だと思う

    どんな方法でも親子が得るものは大きい


    どの方法を選んでも親の、受容・共感・応援の気持ちは必要で、取り組み内容よりも、どのような気持ちで取り組むのかが重要と感じた。

    何年もかかり復帰を果たした息子たちは、今でもそこで得たものをしっかり実践していると思う。



    * : * : * : * : * : * : * : * : * : *


    ※文中の注釈

    マズローの欲求五段階説とは
    人間の欲求を5つの段階の分けたものです。

    ⑴生理的欲求
    ⑵安全の欲求
    ⑶社会的欲求
    ⑷承認の欲求
    ⑸自己実現の欲求


    人は成長するために、上からの欲求を順に叶えようとします。
    ひとつ欲求が叶えられるとその次の欲求を満たそうとすると考えられています。




     
     
     
    不登校を経験した母。多くのご相談を通して、人の心を見つめてきました。寄り添うだけでなく、不登校を超えたからこそ見える視点から「なぜそうなっているのか」を大切に、今とこれからを整える視点をお届けしています。立ち止まった時間の中で見えてきたものを、今、あらためて言葉にしています。🌸

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