
#127 枯木灘、早寿の海《後編》
旅行二日目は、本州最南端の潮岬灯台と、その足で紀伊大島に渡って樫野崎灯台を巡る。その後は初日に続き、もう一度橋杭岩に寄ってから、紀伊半島を北上し、那智勝浦の魚料理を食べさせる店で少し早めの夕食をとったあと京都へ戻る——そんな流れになるつもりだった。
急ぐ旅路ではないので、11時のチェックアウトの時間が近づくまでゆっくりしたあと、併設している『道の駅すさみ』でみかんなどの土産と、ちぢみほうれん草を購入した。『cafe COCON』でマスターに黄色のミニチュアスポーツカーをプレゼントしていたあの男性が作ったものだとしたら、なお嬉しい。
串本への道のりは、昨日の夕方にも走った国道42号だ。昨日は曇っていたうえ、時刻も夕刻だったため、カラッと晴れた今とは、同じ道でも受ける印象が違う。
昨日は気づかなかったが、京都ではまだ蕾も膨らんでいない桜が、国道沿いの山の斜面では、ほぼ満開を迎えつつあった。
ふと、cafe COCONでのやり取りを思い出す。今春から東京の大学に通うという青年が、「こんなに晴れたのは久しぶり」と言い、店にいた人たちも頷いていた。
地元の人がそう言うのなら、きっとそうなのだろう。久々の晴れ間に当たり、昨日は気づかなかった斜面の桜に出会えたことを思うと、少し得をしたような気分になった。
串本町に着いたのはお昼前だった。
事前に樫野崎灯台のことを調べたとき、灯台の周りが広場になっており、そこでお弁当を広げられるのでは、と考えた。
潮岬灯台のある陸繋島と本州の境目にある、昨夜も夕食と酒類の買い出しでお世話になった『Aコープ VASEO』に寄り、お茶や地元の弁当を買い込む。

並んでいたので
これも土産に加えることにした
陸繋島に入り、潮岬周遊線を10分ちょっと走ると、右手に潮岬灯台が見えてきた。
駐車場に車を停め、白亜の灯台の手前まで行くと、右手に脇道がある。何やら先に『潮御﨑神社』という神社があり、その社号標に“パワースポット”という手書きの看板が立てかけられている。看板に引かれて、神社を参拝する。



さらにその先には『潮岬の鯨山見』という江戸時代にクジラの回遊を見張った監視台跡があるとのことなので、せっかくなので寄ることにした。
小鳥が機嫌良く囀る声と、荒い波音が絶えず響く岬の尾根を進む。手摺がない場所もあり、よく考えると怖い。

開けた先が鯨山見だった。運が良ければ、春から秋(4月〜10月頃)にかけて黒潮に乗って北上するクジラ(マッコウ、ザトウ、ミンクなど)をホエールウォッチングで観察可能らしい。
しばらく目を凝らしてみたが、残念ながらそれらしいものは見当たらない。その代わり目の前の岩礁にあった釣り人の姿が気になった。


飛沫が釣り人に降りかかっていた
潮が引いた時間帯にボートで乗り上げているのだろうか。足を滑らせたらひとたまりもない。素人目にも危険に見えた。
来た道を引き返し、潮岬灯台へ。珍しく内部に入り、上まで登って展望できるタイプの灯台だ。一階部分が資料展示室になっていて、急な階段を螺旋状に登る。展望へ登る最後はほぼ垂直の梯子。お年寄りは無理をしない方がいいし、少し洒落た格好で訪れる人も、気をつけた方がよさそうだ。
私の場合、身体が普通より少し大きいこともあり、扉につっかえそうになり、展望台をぐるりと一周するのも一苦労だった。もし他の方がいらっしゃったら行きちがうことができずに立ち往生してしまうだろう。
しかし苦労して登った灯台からの景色は迫力があり壮観だった。穏やかな春の日でも、岩礁に打ち付ける波の迫力に畏怖するのに、台風の日を想像すると恐ろしい。







対して、くしもと大橋を渡った先の紀伊大島東端にある樫野崎灯台は、内部には入れないが、外付けの階段で広い展望デッキに出られる。両基ともイギリス人技師リチャード・H・ブラントンの設計によるものだが、こちらは1870年7月8日に初点灯した日本最初の石造灯台である。
1890年9月16日の夜、トルコ軍艦「エルトゥールル号」が台風に遭い、樫野埼東方の海上で座礁・沈没した。587名もの犠牲者を出した、痛ましい事故である。
地元大島島民が69名を救助した献身的な活動が、日本とトルコの長い友好関係の原点となっている。
近くに『トルコ記念館』があり、遭難時の状況や模型、遺品が展示。遭難慰霊碑もあり、5年ごとにトルコ共和国関係者や串本町長らが出席し、追悼式典が行われているらしい。この場所に立つと、その出来事が遠い過去の話ではないように感じられた。




ムスタファ・ケマル・アタテュルク
の騎馬像



イギリス人が植えた水仙が咲いていた

買ってきたお弁当を広げた
少し無理をしてチェアを持ってきたが、立派な東屋があったので使わず。よく晴れていたので風が吹き抜けて気持ちが良い。
灯台二基を見学した後、再び本州に戻り、昨日より二時間早い時間帯の橋杭岩に立ち寄る。



紀伊大島の東端(樫野崎灯台の方)が
見える
↑橋杭岩の様子(24秒です)
曇った少し早い夕刻の時間帯とよく晴れた昼下がりの橋杭岩を連日見ることが出来て良かった。
名残惜しいが、帰路に入る。
有料道路に入る前に那智勝浦町に寄り、少し早い夕食をとマグロ料理の店に寄るが、臨時休業。
どうやら今回は縁がなかったようだ。二日連続でお店の夕餉にありつけず。

その代わりに商店街を挟んだ向かいの果物店がものすごく安かったのでせとかや麗紅などの蜜柑を買いこんで渇いた喉を潤しながら走った。
途中、国道311号の信号待ちで偶然気がついて『獅子岩』を撮った。

その近くにあった『鬼ヶ島』という観光地も気になった。家に帰って調べたら、これまた良さげな景勝地だったので、この一帯と那智の滝を抱き合わせていずれまた回りたいと思う。
E42紀勢自動車道を走行中、五台ほど先を走っていた車が単独で中央分離帯に激突して横転。幸い私たち後続車は車間距離があったおかげで事故もなく、運転手の方も大きな怪我もなかった。しかし、1時間以上の足止めを喰らってしまった。
渋滞解消後、腹が減ったので安濃SAで味噌カツを食す。

結局、料理店で食す新鮮なカツオやマグロとは縁遠い早寿の旅になったが、不思議とそれで私には十分な気がしていた。
