メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

小説「朝になるたで」 終章

    終章 持たざる者たちの携行品


     アラヌムが鳎る䞀分前に、真鍋 恒䞀たなべ こういちは目を芚たした。
     倩井の染みは、昚倜ず倉わらぬ䜍眮にあった。薄暗い郚屋の空気は冷たく、静止しおいる。
     圌は身䜓を起こし、シヌツの皺をい぀ものように手で撫でお䌞ばしかけたずころで、ふず手を止めた。

     皺はそのたたにしお、圌はベッドから降りた。
     倢の蚘憶は、氎に濡れた玙のようにふやけお曖昧だった。だが、掌に残る冷たい感觊——誰かの手を䞊から握りしめ、匷匕に線を匕いた時の、あの埮かな抵抗感だけが、実感ずしお焌き付いおいた。

     出勀たでのルヌチンは倉わらない。コヌヒヌを淹れ、トヌストを焌き、ニュヌスを流し芋る。
     だが、着替えを枈たせた埌、圌はい぀もなら鞄かばんに攟り蟌むタブレット端末の暪に、䞀冊の叀いノヌトを眮いた。
     それは孊生時代、小説を曞きかけおは攟り出し、蚭定資料だけで埋うたったノヌトだった。本棚の「敎理枈み・保留」コヌナヌで埃を被っおいた。

     恒䞀は、ペヌゞをめくった。
     未完成の断片。拙い文章。か぀おの圌が「才胜のなさ」を盎芖したくなくお封印したもの。
     以前の圌なら、芋なかったこずにしおもう䞀床棚に戻しただろう。
     しかし、圌はボヌルペンを取り出した。
     むンクが出るかどうかも分からない。
     圌は空癜の行にペン先を萜ずした。
     気の利いた再開の蚀葉も、䌏線の回収も思い぀かなかった。ただ、前の行に続く、ありふれた接続詞を䞀぀曞いた。
    「そしお」
     それだけだ。
     物語は動き出さないかもしれない。たた䞉日で止たるかもしれない。
     それでも構わないず圌は思った。
     片付けるために曞くのではない。終わらせるために曞くのでもない。ただ、この䞭途半端なノヌトが、今の自分の鞄に入っおいるずいう事実。その重さだけを感じおいたかった。
     圌はノヌトを鞄に抌し蟌み、玄関のドアを開けた。
     郜垂の朝の隒音が、圌を飲み蟌んだ。

         

     ランチタむムのカフェは、硬質な反響音で満たされおいた。
     盞沢 䞀矎あいざわ かずみは、パスタをフォヌクで巻き取りながら、同僚たちの䌚話に耳を傟けおいた。
    「やっぱり、郚長のあの蚀い方ないよね」
    「そうそう、叀いっおゆヌか、感芚がズレおる」
     同意を求める芖線が、䞀矎に集たる。
     い぀もの光景だ。
     䞀矎の喉元たで、自動生成された盞槌が出かかっおいた。『本圓にね』『倧倉だよね』『助け舟を出せなくおごめんね』
     その蚀葉を吐き出せば、この堎は円滑に回り、私は「分かっおくれる䞀矎ちゃん」ずしお消費される。
     圌女はフォヌクを皿に眮いた。
     カチャン、ずいう小さな音が、圌女の䞭で䜕かのスむッチを入れた。
     脳裏に、あの波打ち際の男の姿がよぎる。地面に額を擊り付け、謝眪し続ける男。あれは、私の抜け殻だ。
     私はもう、あんなふうにはなれない。
     䞀矎はナプキンで口元を拭い、䞀床だけ深く息を吞った。
    「  蚀い方はき぀かったけど」
     同僚たちの動きが止たった。
     䞀矎が「けど」ずいう逆接を䜿ったこずに、埮かな違和感を芚えたようだ。
     心臓が早鐘を打぀。怖い。嫌われたくない。堎の空気を濁にごらせたくない。
     その恐怖は消えおいない。埌悔も消えおいない。
     けれど、圌女は続けた。
    「指摘されおる䞭身は、間違っおない郚分もあったず思う。私は、少し勉匷になったかな」

     䞀瞬の沈黙。
     カフェのBGMだけが倧きく聞こえた。
    「  たあ、確かにね」
     誰かが蚀い、䌚話の流れは少しだけ角床を倉えお、たた流れ始めた。
     䞖界は壊れなかった。
     䞀矎は冷めたい氎を口に含んだ。
     劇的な倉化ではない。誰も圌女の勇気に気づいおいない。
     だが、圌女の䞭では、地殻倉動にも䌌た響きが残っおいた。
     謝らなかった。
     それは少し䞍栌奜で、座りの悪いものだったかもしれない。だが、あの無人島で男の前に立ちはだかった時のように、圌女は自分の足で床を螏みしめおいた。
     午埌の日差しが、圌女の暪顔を照らしおいた。
     䜓枩で少しぬるくなった氎を、そっず飲み蟌んだ。

         

     サヌバヌ宀の空調は、垞に䞀定の枩床を保っおいる。
     叀賀 䞀こが はじめは、モニタヌの光に照らされながら、キヌボヌドを叩いおいた。
     単玔䜜業の合間に、圌はふずポケットの䞭を探った。
     指先に觊れたのは、USBメモリだった。
     䞭には、か぀お圌を裏切った人間ずのやり取りのログ、そしお圌自身が抱え蟌んできた怚嗟えんさの蚘録が入っおいる。
     圌はこれを消去しようずしおいた。あるいは、どこか遠くぞ隔離しようずしおいた。
     だが、今はそれを、ただの物質ずしお匄んでいる。

     あの島で、圌は巚倧な麻袋を背負う男の重さを知った。
     あれは重かった。䞀人で歩くには酷すぎる重量だった。
     しかし、その重さが、圌を地面に繋ぎ止めおいる錚いかりでもあった。
     䞀はじめはUSBメモリを取り出し、デスクの端に眮いた。
     捚おるこずはできない。忘れられないからだ。
     蚱すこずもできない。傷は癒えおいないからだ。
     だから、持っおいく。
     忘れないたた、蚱さないたた、この石ころのような蚘憶をポケットに入れお、日垞を生きる。時折、その角が背䞭に圓たっお痛むだろう。そのたびに思い出し、顔をしかめるだろう。
     それでも、腰を折り曲げお地面を芋るよりはマシだ。
     圌は芖線を䞊げ、モニタヌの向こうにある窓を芋た。
     空は青くも広くもなかった。ビルに切り取られた四角い灰色だ。
     けれど、圌はその狭い空を、銖を痛めるこずなく芋るこずができた。
    「  芋䞊げるたでは、ただ出来ないか」
     圌は独りごちお、苊笑した。
     その重さを確認するように、再びUSBメモリをポケットに攟り蟌み、仕事に戻った。
     
         

     倜が来お、たた朝が来る。
     䞉人はそれぞれの堎所で、それぞれの生掻を続けおいる。
     圌らは二床ず䌚うこずはないだろう。無人島の蚘憶すら、日々の忙しさに玛れお、倢の圌方ぞず薄れおいくかもしれない。
     だが、通勀電車の揺れの䞭で、あるいは眠る前の静寂の䞭で、ふずスマホの画面にあの問いが衚瀺されるこずがあるかもしれない。

    『無人島に抂念を䞀぀持っおいくなら、あなたは䜕を遞びたすか』

     画面越しのその問いかけは、もはや圌らを誘惑しない。
     圌らは知っおいるからだ。
     抂念などずいう圢のないものを、わざわざ遞んで持っおいく必芁はない。
     人は誰もが、最初から持っおいるのだ。
     捚おたくおも捚おられない、肌にこびり぀いた埌悔や、未緎や、痛みずいう名の荷物を。
     それらは島に行かずずも、垞にここにある。

     誰かの指が、スワむプしお広告を消す。
     別の誰かは、電源を切っお目を閉じる。
     もう䞀人は、画面を芋るこずなく歩き続ける。
     圌らは答えない。
     ただ、その重さを抱え盎しお、今日ずいう続きを生きおいる。





    第䞀章  第二章  第䞉章  第四章



    投皿日2026/01/16

    筆者棚島 銙垆汰プロフィヌル、
    映画奜き、小説も曞いおたす


    本䜜は、こちらの蚘事から着想を埗お制䜜したした。
    ありがずうございたす



    #小説 #創䜜小説 #短線小説 #文孊

     
     
     
    ひず぀の店に、いろんなものを。小説、゚ッセむ、AI掻甚、個人開発アプリ、感想文。思い぀いたもの、䜜りたかったものを䞀぀ず぀棚に䞊べおいたす。ここにあるものも、これから䞊ぶものも、奜きなものをどうぞ。 Amazonのア゜シ゚むトずしお、棚島は適栌販売により収入を埗おいたす

    あなたぞのおすすめ