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三声の残響、一万日の足跡 ――THE ALFEEと歩んだ四十年、そして銀婚式の空に


    #創作大賞2026 #エッセイ部門

    第一章:四十年という名の前奏曲
    人生の半分以上を、たった三人の男たちの歌声と共に過ごしてきた。
    五十六歳になった今、ふと振り返ると、私の記憶の断片には必ず、三声の重厚なハーモニーが通奏低音のように流れている。THE ALFEE。桜井賢、坂崎幸之助、高見沢俊彦。彼らを追いかけ始めてから、気がつけば四十年という月日が流れていた。
    四十年前の私は、まだ何者でもない少年だった。
    当時の音楽シーンは、歌謡曲からニューミュージック、そしてロックへと激しく移り変わる過渡期にあった。そんな中で出会った彼らの音楽は、あまりにも異質で、そして圧倒的に美しかった。繊細なフォークの素養を持ちながら、激しいハードロックを鳴らし、それでいて三人全員がメインボーカルを張れるほどの歌唱力を持つ。その「三者三様」の個性がぶつかり合い、一つに溶け合う瞬間に、私は言葉にできない救いを感じたのだ。
    当時の私は、自分が将来、自ら事業を立ち上げ、深夜の静寂の中で働くようになるとは微塵も思っていなかった。ただ、彼らの楽曲に宿る「孤独を肯定する力」と「決して折れない継続の意志」だけが、若かった私の心に深く、深く突き刺さっていた。
    彼らの代表曲『メリーアン』や『星空のディスタンス』が街に溢れていた頃、私はまだ自分の足でどこへ向かうべきかも分からず、ただ闇雲に未来を夢見ていた。レコードに針を落とし、歌詞カードを擦り切れるまで読み耽ったあの日々。三人がステージで互いの顔を見合わせ、楽しそうに、けれど真剣に音を紡ぐ姿は、私にとって「理想の人間関係」であり、「理想の生き方」の象徴となった。
    それから四十年。昭和は遠くなり、平成を経て、令和という時代になった。
    カセットテープはCDになり、やがて目に見えないデータへと形を変えた。けれど、彼らは一度も解散することなく、一度も歩みを止めることなく、今もステージに立ち続けている。その事実が、どれほど今の私を支えているか。
    「長く続けること」は、何よりも難しく、何よりも尊い。
    彼らが何千回目かの『星空のディスタンス』を全力で歌う姿を見るたび、私は自分の仕事場で、重い腰を上げる勇気をもらうのだ。
    第二章:二十五年の銀婚式と、伴走者の存在
    彼らの音楽が「人生のBGM」だとするならば、私の人生という舞台において、最も重要な共演者は妻である。
    二〇二六年。私たちは結婚して二十五年、銀婚式という節目を迎えた。
    二十五年前、私たちが所帯を持ったとき、世界はまだ今ほど複雑ではなかったように思う。けれど、自営業という道を選んだ私たちの生活は、決して平坦なものではなかった。
    ポスティングやチラシ配布という仕事は、一見シンプルに見えて、その実、緻密な戦略と途方もない体力を要する。雨の日も、風の日も、一枚の紙に込められたクライアントの想いを、誰かのポストへと届ける。それは、地道で、孤独で、けれど確かな手応えのある仕事だ。
    その歩みを隣で支えてくれたのが、妻だった。
    今、彼女は私の会社の「代表社員(だいひょうしゃいん)」という肩書きを持っている。これは単なる形式上の役職ではない。私が現場で汗を流し、配布エリアの戦略を練る一方で、彼女は組織の要として、文字通り経営の屋台骨を支えてくれている。
    夫婦として二十五年。四半世紀という時間は、他人同士が「家族」という一つの生き物になるのに十分な時間だった。
    もちろん、最初からすべてが円滑だったわけではない。仕事の進め方で意見が食い違い、険悪な空気が流れた夜もあった。経営が苦しく、将来への不安で押し潰されそうになった時期もあった。
    そんな時、ふと自宅のテレビからTHE ALFEEの三人が映し出される。
    還暦を過ぎてもなお、冗談を言い合い、互いを尊重し、最高のパフォーマンスを繰り出す彼らの姿を見て、私たちはどちらからともなく、少しだけ表情を緩めることができた。
    「あの三人も頑張ってるんだから、私たちもまだやれるだろう」
    彼らの存在は、私たち夫婦にとって、共通の言語であり、仲直りのきっかけでもあった。
    息子もまた、私たちの背中を見て育った。
    今では立派な社会人となり、自動車販売の営業として、自分の力で顧客と向き合っている。彼が新しい職場で見せる、人当たりの良さや粘り強い交渉力。それは、私たちがチラシ一枚一枚を大切に届けてきた「誠実さ」を、彼なりに受け継いでくれた結果ではないかと勝手に誇らしく思っている。
    息子が車を売る。私がチラシを配る。妻が会社を守る。
    それぞれの場所で、それぞれの役割を果たす。それはまるで、THE ALFEEの三人が、ベース、アコースティックギター、エレキギターと、異なる武器を持ちながら一つの音楽を作る姿に似ているのではないか。
    二十五年前の披露宴で誓った言葉は、歳月と共に色褪せるどころか、年輪のように厚みを増している。
    銀婚式を迎えた今、私は改めて思う。
    私の人生という長いツアーにおいて、彼女という最高のパートナーと出会えたことは、どんなヒット曲を手にするよりも幸運なことだったと。
    第三章:深夜の静寂、数字の迷宮
    夜が深まると、世界は別の顔を見せ始める。
    私の仕事の一つには、宿直(しゅくちょく)という業務がある。街が深い眠りに落ち、車の通りも途絶えた深夜、一人で静寂の中に身を置く。この時間は、私にとって単なる待機時間ではない。それは、喧騒に紛れて見失いそうになる「自分自身」を取り戻すための、贅沢な思考の時間でもある。
    静まり返った室内で、時折聞こえる建物の軋みや遠くの風の音。そんな孤独な夜、私の傍らにあるのは一冊のノートと、過去の膨大なデータだ。
    私は長年、ロトやナンバーズといった数字の分析に没頭している。ナンバーズ3、4、ビンゴ5、ロト6、ロト7、そしてミニロト。世間はそれを「ギャンブル」と呼ぶかもしれない。しかし、私にとってのそれは、混沌とした世界の中に「法則」を見出し、一筋の光を手繰り寄せるための、知的でストイックな挑戦なのだ。
    過去に出現した数字を並べ、出現頻度や周期を読み解く。そこには、絶対的な正解はない。けれど、自分なりに導き出した数字が、運命の歯車とカチリと噛み合う瞬間を想像するだけで、宿直の長い夜は、未来への期待に満ちたものへと変わる。
    これは、どこか人生そのものに似ている。
    どんなに準備をしても、最後の最後は「運」という名の神風に委ねるしかない。けれど、その運を呼び込むために、私たちは日々、愚直にデータを集め、仮説を立て、準備を続けるのだ。
    THE ALFEEの三人も、きっと同じではないだろうか。
    煌びやかなステージの裏側で、彼らは想像を絶するほどの練習と準備を重ねているはずだ。一音の狂いも許さないハーモニーを届けるために、彼らは何十年もの間、孤独な研鑽を積み上げてきた。
    私が深夜に数字と格闘する姿と、彼らがスタジオで音を練り上げる姿。規模は違えど、そこに流れる「納得するまでやり抜く」という精神の質は、同じだと信じたい。
    宿直明け、白み始めた空を見上げるとき、頭の中には彼らの瑞々しいメロディが流れている。
    「昨夜の予想は、今日の結果にどう繋がるだろうか」
    そんな小さな希望を胸に、私は一日の活動を開始する。数字の迷宮を彷徨うことは、私にとって、明日を生きるための大切な儀式なのだ。
    第四章:チラシが繋ぐ街の鼓動、そして次世代
    宿直の静寂から解き放たれた私が次に向かうのは、街の喧騒の中だ。
    私の本業であるポスティング業務。これは、自らの足で一歩ずつ、街の隙間を埋めていく仕事である。
    最近では、業務の効率化のために最新のテクノロジーも取り入れている。二〇二六年の四月、私は長年使い慣れた機材を離れ、GPS追跡機器を「まもサーチ3」へと刷新した。Amazonで手軽に手に入る時代になったが、その小さなデバイスが私の移動を正確に記録し、仕事の透明性と精度を高めてくれる。
    最新のGPSをポケットに忍ばせ、街を歩く。
    デジタルな技術に守られながら、やっていることは「一枚の紙をポストに入れる」という極めてアナログな行為だ。この対比が面白い。
    配布エリアの戦略を練り、時には効率を優先して撤退の決断を下すこともある。ビジネスオーナーとして、情熱だけでなく冷静な算盤を弾かなければならない瞬間だ。しかし、どれほど機械化が進んでも、最後にその家のポストの蓋を押し込むのは、私の指先であり、私の意志だ。
    ポスティングをしていると、その街の「体温」を感じることがある。
    美しく手入れされた庭、新しく建てられた若い世帯の家、そして何十年も変わらない佇まいを見せる古民家。それぞれの門構えの向こうには、それぞれの人生がある。私の配る一枚のチラシが、誰かの夕飯の献立を決め、誰かの新しい買い物のきっかけになる。そう思うと、この泥臭い仕事が、街の血流を支える大切な役割に思えてくるのだ。
    そんな私の背中を、今は息子が少し違う角度から見つめている。
    彼は今、自動車販売という世界で戦っている。かつて私がそうだったように、彼もまた、人と人との繋がりの難しさと喜びに直面している。
    「お父さん、今日は一台決まったよ」
    そう報告を受けるたび、私は自分のこと以上に胸が熱くなる。
    彼が売る一台の車も、私が配る一万枚のチラシも、本質は変わらない。それは、誰かの「信頼」を勝ち取ること。そして、誰かの生活を少しだけ豊かにすることだ。
    息子が社会人として自立していく姿を見ながら、私はふと、THE ALFEEの三人の中にある「永遠の少年性」を思い出す。
    彼らは何歳になっても、新しい機材を取り入れ、新しいサウンドに挑戦し、それでいてデビュー当時の情熱を失わない。
    私もまた、最新のGPSを使いこなしながら、チラシ一枚に込める誠実さを忘れたくはない。
    五十代半ば。守るべき会社があり、支えてくれる妻がいて、自立した息子がいる。
    この平穏な、けれど戦いの日々を支えているのは、間違いなく、自分の足で歩き続けてきたという自負なのだ。
    第五章:終わらないアンコール ――五十六歳からの助走
    二〇二六年の春、私は一つの試験に挑んでいた。
    「危険物取扱者 乙種第4類」。通称「乙4」と呼ばれる資格だ。
    五十六歳という年齢になって、なぜ今さら、と思われるかもしれない。しかし、私の中に流れるTHE ALFEEの血が、私を立ち止まらせることを許さないのだ。
    彼らは、七十代を目前にしてもなお、新曲を出し、三時間のステージをこなし、常に新しい技術や表現を学び続けている。坂崎氏がギターの研鑽を怠らず、高見沢氏が煌びやかな変形ギターを新調し続け、桜井氏が変わらぬ美声を守り抜く。その姿を四十年間見続けてきた私が、「もう年だから」と新しい学びを諦めることなど、到底できない。
    宿直の静まり返った夜、私はロトの分析データの傍らに、資格試験の参考書を広げた。
    化学反応の数式や法令の文言を頭に叩き込む作業は、若い頃のようにスムーズにはいかない。昨日覚えたことが、朝には霧のように消えていることもある。けれど、その「もどかしさ」さえも、今の私にとっては生きている証だ。
    自分の限界を少しだけ押し広げる。その小さな積み重ねが、自営業として荒波を生き抜くための、唯一にして最強の武器になると信じているからだ。
    そして今、私はもう一つの大きな挑戦の渦中にいる。
    それが、この「創作大賞」への投稿だ。
    一万字という言葉の海に漕ぎ出すのは、ポスティングで知らない街の地図を一歩一歩埋めていく作業に似ている。最初は真っ白だった画面が、私のこれまでの人生の記憶で埋まっていく。それは、自分という人間を、もう一度再構築するような贅沢な時間だった。
    なぜ、私は書くのか。
    それは、名もなき一人のファンの人生もまた、彼らの音楽と同じように、誰かにとっての「希望」になり得ると信じているからだ。
    華やかなスポットライトを浴びるわけではない。毎日、決まった時間に宿直につき、重いチラシの束を抱え、GPS端末をチェックしながら街を歩く。そんなありふれた、泥臭い日常。
    けれど、その日常の背後には、二十五年間共に歩んできた妻との信頼があり、自立していく息子への祈りがあり、そして、四十年間鳴り止まない三声のハーモニーがある。
    人生とは、壮大なアンコールのようなものだと思う。
    一度幕が下りたと思っても、拍手が続く限り、私たちは再びステージに立たなければならない。
    私にとっての拍手は、家族の笑顔であり、クライアントからの感謝であり、そして自分自身の内側から湧き上がる「まだやれる」という静かな情熱だ。
    五十六歳。人生の正午を過ぎたかもしれないが、夕暮れにはまだ早い。
    これからも、私は最新の機材を使いこなし、新しい資格に挑み、そして彼らの新曲を心待ちにしながら、この街を歩き続けるだろう。
    私のポケットの中では、今日も「まもサーチ3」が私の確かな歩みを記録している。
    私の耳の奥では、今日も三人の歌声が「ここからが本番だ」と囁いている。
    一万字の最後の一文字を打ち終えたとき、私の心には、あのコンサート会場の最後、三人が肩を組んで深く一礼するあの光景が浮かんでいた。
    私もまた、自分の人生というステージに対して、深く、清々しく一礼したい。
    感謝を込めて。
    そして、終わらない明日へ向かって。
    私の人生という曲は、まだ、サビの途中なのだから。
    (完)

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