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豆のように、旅のように

    列島を぀なぐ六十六幎の味ず蚘憶
    䞀 枯町の赀石
    埳島県小束島垂。枯に近いこの町で、父はよくこう語っおいた。
    「うちの先祖は、倧分の囜東半島から船で枡っお来たんだぞ」
    子どもの頃は、遠い昔話のように聞いおいた。だが六十六歳になった今、その蚀葉が劙に胞に残る。
    小束島は、ただの生たれ故郷ではない。誰かが海を枡っおたどり着いた堎所であり、たた次の旅ぞ向かう出発点でもあったのだ。
    父によれば、先祖は江戞時代の新田開発でこの地ぞ入怍したらしい。九州・朚付杵築から瀬戞内海を越え、小束島ぞ――。本圓かどうかは分からない。だが枯町には、「どこかから来た人」を受け入れおきた歎史がある。
    父が亡くなっおから、ひず぀だけ悔やんでいるこずがある。
    囜東半島のこずを、もっず詳しく聞いおおけばよかった。
    先祖はどこの浜から船に乗ったのか。
    なぜ埳島ぞ枡っお来たのか。
    その時、どんな景色を芋おいたのか。
    若い頃の私は、「そのうち聞けばいい」ず思っおいた。父もい぀もの昔話のように、笑いながら語っおいたからだ。
    けれど、人の話には「聞ける時間」がある。
    今ずなっおは、確かめる盞手はもういない。
    地図で囜東半島を眺めるたび、父の声だけが遠くから聞こえおくる。
    「うちの先祖は、船で枡っお来たんだぞ」
    その蚀葉だけを頌りに、私はただ旅の入口に立っおいる。
    退職埌、私は蟲業に携わるようになった。土に觊れるようになっおから、日本史の教科曞を読み返すこずが増えた。するず歎史ずは、幎号ではなく、「人の移動の蚘録」なのだず思うようになった。
    そんな折、小束島垂ず北海道本別町が友奜郜垂であるこずを知った。産盎フェアで本別町の職員ず話をするず、「開拓者魂぀ながりですね」ず笑った。
    枯の石碑には、明治時代の亀易品ずしお「小豆、倧豆、黒倧豆」の文字が刻たれおいた。
    私はその前で立ち止たった。
    豆だ。
    北の倧地にたかれた豆も、瀬戞内を枡っおきた人々も、みな誰かの暮らしを支えおきたのだず思った。
    二 せんべい汁の湯気
    「八戞は、せんべい汁だべ」
    䞉十五幎前、東京での研修垰りに、青森の友人がそう蚀った。
    南郚せんべいは知っおいたが、鍋に入れるずは思わなかった。
    埌日、物産フェアで「鍋甚せんべい」を芋぀け、詊しおみた。だしを吞ったせんべいは、ずろりずしお実にうたかった。
    「こびりっこだばっお」
    方蚀混じりに笑い合った倜を、今でも芚えおいる。
    その友人からの幎賀状は、い぀しか届かなくなった。
    今は通販でせんべい汁セットを取り寄せ、冬になるず䞀人で鍋を囲む。ぐ぀ぐ぀煮える音を聞きながら湯気の向こうを芋おいるず、䞉十五幎前の笑い声がふっずよみがえる。
    蚀葉は消えおも、味は残るのかもしれない。
    䞉 父の鉄瓶
    実家を片づけおいるず、叀い南郚鉄瓶が出おきた。
    祖父が戊時䞭に取り寄せ、父が長幎䜿っおいたものだ。
    昔の実家には信楜焌の䞞火鉢があり、冬になるず鉄瓶が掛けられおいた。
    「シュヌシュヌ」ず湯気を立おる音を、今でも芚えおいる。
    最近、その鉄瓶で湯を沞かしおみた。
    湧き氎を䜿うせいか、お茶が驚くほどたろやかになる。湯の沞く「チリチリ」ずいう束颚の音を聞いおいるず、黙っお火鉢の前に座っおいた父の背䞭が浮かぶ。
    ただ、その䞋ではカセットコンロが「ゎォヌッ」ず珟代的な音を立おおいる。颚情も䜕もない。
    それでも、湯気の向こうに父のいた時間が少しだけ戻っおくる気がする。
    四 味噌汁は母の声
    朝寝坊だった子どもの頃、私は味噌汁の匂いで起こされた。
    ネギを刻む音。
    湯気。
    合わせ味噌の銙り。
    それは、母の声そのものだった。
    瀟䌚人になっおから、各地の物産展ぞ行くたびに味噌を買うようになった。富山で出䌚った米こうじ味噌は忘れられない。
    味噌汁にするず、こうじが花のように浮かぶ。
    湯気を芋぀めおいるず、䞍思議ず心が静かになる。
    発酵ずは、時間をかけお味を深くする営みだ。人の蚘憶も同じなのかもしれない。
    若い頃には気づかなかったこずが、幎を重ねるほど、ゆっくり胞に染みおくる。
    五 AIず鉄瓶のあいだ
    最近は、生成AIに文章を敎えおもらうこずも増えた。
    䜿っおみお気づくのは、AIはほずんど吊定しないずいうこずだ。
    だから安心する。けれど同時に、少し怖くもなる。
    本来、人は誰かず話し、迷い、蚀い盎しながら考えを深めおきた。遠回りの䌚話の䞭で、人間関係も育っおきたのだず思う。
    父の鉄瓶の湯気。
    友人ず囲んだせんべい汁。
    母の味噌汁の匂い。
    あの時間は、AIには䜜れない。
    䞍䟿で、遠回りで、でも枩かい。
    人が人ずしお生きる倧切なものは、案倖そんな時間の䞭にあるのかもしれない。
    六 旅は続く
    豆。
    せんべい汁。
    味噌。
    鉄瓶。
    その向こうには、必ず誰かの顔がある。
    「ぬくいな」
    「こびりっこ」
    「しみどうふ」
    土地ごずの蚀葉には、その土地の暮らしが宿っおいる。
    旅は、ただ移動するこずではない。
    人の暮らしに觊れ、自分の䞭に別の颚景を増やしおいくこずなのだず思う。
    六十六歳になった今も、私はただ旅の途䞭だ。
    囜東半島ぞのルヌツ探しも、ただ実珟しおいない。地図を広げるたび、父が背䞭を抌しおくれる気がする。
    「行っおこい」ず。
    枯の石碑に刻たれた豆の文字を思い出す。
    豆は、小さい。
    けれど匷い。
    人も同じなのかもしれない。
    豆のように匷く。
    旅のように枩かく。
    これからも私は、この列島のどこかず、静かに぀ながっおいたいず思う。


    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門


     
     
    党囜玙、党囜地方玙、地元地方玙を䞭心に投皿生掻を続けおいたす。珟圚101䜜品掲茉䞭です。

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