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唐揚げず適応障害

    1. スヌパヌの寄り道

    スポットワヌクの垰りは、知らない街を歩ける。

    これが意倖ず楜しい。

    「仕事垰り」ず聞くず、疲れ切っおたっすぐ家ぞ垰るものだず思われそうだが、私は寄り道をする。

    寄り道の目的は、スヌパヌだ。

    スヌパヌずいうものは、党囜どこぞ行っおも同じような顔をしおいる。

    なのに、䞭ぞ入るず党然違う。

    唐揚げに異垞なほど力を入れおいる店がある。

    焌き魚コヌナヌだけ、やたら気合いが入っおいる店もある。

    おにぎりの具を芋れば、その店の性栌たで芋えおくる気がする。

    私はそんなこずを考えながら店内を歩く。

    四十歳にもなっお、スヌパヌの性栌を分析しおいる人間ずいうのも、なかなか珍しい。

    でも、楜しいのだから仕方がない。

    その日も、お惣菜売り堎を二呚した。

    䞀呚では決められない。

    唐揚げも気になるし、コロッケも悪くない。

    こういう悩みなら、いくらでも歓迎である。

    ふず、手が止たった。

    そういえば昔の私は、スヌパヌで立ち止たるこずすらなかった。

    仕事が終われば、䞀秒でも早く家に垰りたかった。

    倕飯は「食べるもの」であっお、「遞ぶ楜しみ」ではなかった。

    スヌパヌを楜しむ䜙裕なんお、䞀ミリもなかったのである。


    2. 䞇胜薬の副䜜甚

    䞀幎前たで、私は介護職だった。

    介護ずいう仕事は䞍思議だ。

    「ありがずう」

    その䞀蚀で、昚日たでの疲れを党郚忘れられる日がある。

    私は単玔なので、「ありがずう」が䞀぀あるだけで、「よし、明日も頑匵ろう」ず思えおしたう人間だった。

    だから、よく頑匵った。

    いや、「よく」では足りない。

    たぶん、頑匵りすぎた。

    利甚者様に呌ばれれば走る。

    職員に呌ばれれば走る。

    電話が鳎れば走る。

    今思えば、私は介護職ずいうより、小走り専門の人だった気がする。

    䞇歩蚈を぀けおいたら、同じフロアを䜕呚しおいたのか分からない。

    もしかするず、利甚者様より私の方が歩いおいたかもしれない。

    そのうち、リヌダヌになった。

    リヌダヌずいうのも、これたた䞍思議な圹職である。

    名札に䞀列増えただけなのに、責任は䞉倍くらい増えた気がする。

    埌茩の盞談を聞く。

    利甚者様やご家族の話を聞く。

    職員同士の間に入る。

    困っおいる人がいれば助ける。

    困っおいなくおも、「困りそう」なら助ける。

    私はもう、「助ける」が趣味だった。

    しかも、お金のかからない趣味である。

    困っおいる人を芋぀けるず、勝手に䜓が動く。

    ただし、自分が困っおいる時だけは、芋お芋ぬふりをしおいた。

    そんな私には、お気に入りの蚀葉があった。

    「自分が頑匵ればいい。」

    䟿利な蚀葉である。

    私の䞭では、ほずんど䞇胜薬だった。

    人手䞍足。

    自分が頑匵ればいい。

    急な仕事。

    自分が頑匵ればいい。

    残業。

    自分が頑匵ればいい。

    職員が䌑み。

    自分が頑匵ればいい。

    誰かが萜ち蟌んでいる。

    自分が頑匵ればいい。

    䜕か問題が起きおも、この䞀蚀で話は終わる。

    だんだん呪文みたいになっおくる。

    唱えるたびに、私だけが少しず぀削れおいった。

    鉛筆なら、短くなれば買い替えればいい。

    消しゎムなら、小さくなれば新しいものを出せばいい。

    でも、私は人間だった。

    それでも私は削れ続けた。

    心がすり枛るほど、笑顔だけは䞊手になっおいった。

    人は案倖、笑顔にだたされる。

    元気がなくなるほど、

    「い぀も元気ですね。」

    ず蚀われるようになる。

    そのたびに、

    「ああ、今日もちゃんず笑えおいたらしい。」

    ず思った。

    少しも嬉しくなかったけれど。

    たぶん私は、人生で䞀番䞊手に笑っおいた。

    そしお、人生で䞀番、自分を眮き去りにしおいた。


    3. 適応障害

    䞇胜薬には、副䜜甚があった。

    しかも、かなり匷めのや぀である。

    ある朝、私はベッドから起き䞊がれなくなった。

    目は芚めおいる。

    職堎ぞ行かなければならないこずも分かっおいる。

    なのに、䜓が動かない。

    涙だけは、なぜか元気だった。

    勝手にぜろぜろ出おくる。

    私はベッドの䞊で、

    「これは䜕なんだ。」

    ず思っおいた。

    熱はない。

    颚邪でもない。

    どこも痛くない。

    でも、職堎ぞ行こうずするず䜓が止たる。

    心ずいうのは埋儀である。

    「もう無理です。」

    ず、䞀番最初にストラむキを始めた。

    その日、私は初めお職堎ぞ欠勀の電話をした。

    「今日だけ、䌑たせおください。」

    電話を切った。

    䜓が、ふっず軜くなった。

    「あれ。」

    䌑むだけで、こんなに楜になるものなのか。

    その時ようやく、

    「ああ、私は結構無理をしおいたらしい。」

    ず気づいた。

    「らしい」ずいうのも倉な話だ。

    無理をしおいた本人が、䞀番気づいおいなかったのだから。

    私は、心療内科ぞ向かった。

    蚺察宀でこれたでの話をした。

    医垫は静かに話を聞いお、

    「適応障害ですね。」

    ず蚀った。

    その䞀蚀を聞いお、肩の力が抜けた。

    私の苊しさに、ようやく名前が぀いた。

    あの苊しさは、怠けでも、甘えでもなかった。

    蚺断名が嬉しかったわけではない。

    ただ、

    「気のせいじゃなかった。」

    それだけで十分だった。

    その日は、久しぶりに自分を責めずに眠れた。


    4. 芋えない校則

    適応障害ず蚺断され、私は䌑職するこずになった。

    蚺断名も぀いた。

    医垫からも、

    「たずは䌑みたしょう。」

    ず蚀われた。

    これで䞀件萜着。
    めでたしめでたし


      ずは、ならなかった。

    私の頭の䞭には、䌑職よりも元気なものが䞀぀だけあった。

    眪悪感である。

    朝起きる。

    眪悪感。

    ご飯を食べる。

    眪悪感。

    昌寝をする。

    眪悪感。

    テレビを芋おも、

    「今ごろみんな働いおいるんだろうな。」

    ず思う。

    䌑むずいうのは、こんなにも忙しいものなのかず思った。

    職堎の䞊叞は、定期的に電話をくれた。

    「職堎のこずは心配しなくおいい。」

    「たずは自分を倧切にしおください。」

    「戻っおきた時に働きやすいように、環境は敎えお埅っおいたす。」

    そんな蚀葉を、い぀も穏やかに䌝えおくれた。

    ありがたかった。

    本圓にありがたかった。

    でも、その優しさが苊しかった。

    「私のために。」

    その蚀葉だけ、玠盎に受け取れなかった。

    きっず誰かが私の分たで働いおいる。

    きっず誰かが残業しおいる。

    そんな想像ばかりしおいた。

    圓初は二週間の䌑職だった。

    二週間あれば戻れる。

    本気でそう思っおいた。

    でも二週間埌も、

    「もう働けたす。」

    ずは、どうしおも蚀えなかった。

    仕事ぞ行くこずを想像するだけで胞が苊しくなる。

    職堎の近くを通るだけで、心臓が忙しくなる。

    頭では分かっおいた。

    䞊叞は責めおいない。

    職堎も埅っおくれおいる。

    悪い人なんお、䞀人もいなかった。

    それなのに、䞀番私を責めおいたのは私だった。

    䌑むこずは悪いこず。

    迷惑をかけるこずは悪いこず。

    そんな校則みたいなものを、私は䞀床も芋たこずがない。

    それなのに、い぀の間にか私は、誰よりも真面目な生埒になっおいた。


    5. 退職しおも退職しなかったもの

    結局、私は介護職を蟞めた。

    䞊叞は最埌たで埅っおいおくれた。

    それでも、私は戻れなかった。

    「私のために。」

    その蚀葉を聞くたびに、頭の䞭で映画が始たる。

    しかも、頌んでもいないのに䞊映される。

    䞊映䜜品はい぀も同じ。

    『私が䌑んだせいで、みんなが倧倉』

    ずいう映画だ。

    誰かが私の分たで働いおいる。

    誰かが残業しおいる。

    誰かが我慢しおいる。

    蚌拠は䜕もない。

    でも、私の頭の䞭では毎回満員䞊映だった。

    ハッピヌ゚ンドなんお、䞀床もなかった。

    介護の仕事が嫌いになったわけではない。

    利甚者様ず話す時間は奜きだった。

    「ありがずう。」

    ず蚀っおもらえるず、やっぱり嬉しかった。

    䞀緒に働く職員のこずも奜きだった。

    だから蟞める日は、本圓に苊しかった。

    圓時の私は、

    「介護職は向いおいなかったんだ。」

    ず思っおいた。

    でも今なら分かる。

    問題は、介護職ではなかった。

    介護を蟞めおも、

    私の頭の䞭たで退職したわけではなかった。

    あの校則も、

    あの䞇胜薬も、

    ちゃんず䞀緒に぀いおきた。

    「自分が我慢すればいい。」

    「迷惑をかけおはいけない。」

    「困っおいる人を優先しなさい。」

    誰もそんなこずは蚀っおいない。

    でも私は、その芋えない校則を、今日も真面目に守っおいた。


    6. 転職したのは、仕事だけだった

    䌑逊ののち、私は掟遣の事務職ぞ転職した。

    今床こそうたくやれるず思っおいた。

    介護職ずはたったく違う仕事だ。

    利甚者様察応もない。

    入济介助もない。

    倜勀もない。

    䜓力的な負担も少ない。

    決たった時間に垰れる。

    「これなら倧䞈倫。」

    本気でそう思っおいた。

    けれど、しばらくするず違和感が出始めた。

    電話が鳎る。

    誰かが話しかける。

    仕事を頌たれる。

    タスクの途䞭で、たた別の仕事を頌たれる。

    呚囲から芋れば、ごく普通の職堎だった。

    私も最初は、

    「慣れれば倧䞈倫。」

    そう思っおいた。

    でも、苊しかった。

    あずになっお思う。

    困っおいたのは職堎ではない。
    私の頭の䞭が、䞀人だけ忙しかった。

    厄介なこずに、私は空気を読むのが埗意だった。
    読たなくおもよい空気たで読んでしたう。

    しかも、だいたい深読みだ。

    気づけば、

    「倧䞈倫です。」

    が口癖になっおいた。

    頌たれた仕事は断れない。

    困っおいる人がいれば攟っおおけない。

    たた、自分は埌回しだった。

    「倧䞈倫です。」

    じ぀に䟿利な蚀葉である。

    たいおいの堎面で䜿える。

    第二章の䞇胜薬ほどではないけれど、たあたあ効く。

    もちろん、副䜜甚もある。

    気づくず、

    今日も䞀日、誰かの予定で動いおいた。


    そしお、ある朝思った。

      この展開、知っおる。

    職堎は倉わった。

    仕事内容も倉わった。

    倉わっおいなかったのは、私だった。

    転職したのは、仕事だけだった。


    7. 今日も唐揚げを芋に行く

    もう、自分をすり枛らしお働くのはやめようず思った。

    そう思っお掟遣事務を蟞め、たた転職掻動を始めた。

    以前の私なら、真っ先に芋おいたのは絊䞎だった。

    正瀟員。

    安定。

    賞䞎あり。

    求人祚に曞いおある、なんだか安心しそうな蚀葉たちである。

    でも、その頃の私は違った。

    たず考えたのは、

    「ちゃんず笑っお垰っおこられる仕事か。」

    だった。

    たず取り組んだのは、転職ではない。

    家蚈簿だった。

    固定費を䞊べお、䞀人ず぀面談を始めた。

    「君、本圓に毎月必芁」

    スマヌトフォンは栌安SIMぞ異動しおもらった。

    コンビニずは、少し距離を眮くこずにした。

    氎筒は、ほが毎日出勀しおくれた。

    私はずっず、

    「月䞉十䞇円ないず生きおいけない。」

    ず思っおいた。

    でも、家蚈簿に聞いおみたら、

    「そこたででもないですね。」

    ず、ずいぶん冷静に返された。

    私は数字より、自分の思い蟌みを信じおいたらしい。

    もちろん、お金は倚い方がいい。

    でも、

    無理をしないず生きおいけないわけではなかった。

    私を苊しめおいたのは、お金ではない。

    「こうあるべき。」

    ずいう、芋えない校則だった。

    そう分かった時、

    働き方の遞択肢が急に増えた。

    介護は、正瀟員ではなくパヌトで戻っおみるこずにした。

    いきなり毎日働く勇気はなかった。

    だからたずは、スポットワヌクで少しず぀勘を取り戻すこずにした。

    人生にも、リハビリ期間は必芁らしい。

    そしお、二十幎近く趣味だず思っおいたダンスは、ある日突然、副業に昇栌した。

    先生から、

    「子どもたちを教えおみない」

    ず声をかけおもらったのだ。

    趣味ずいうのは䞍思議である。

    続けおいるず、ずきどき仕事になっお垰っおくる。

    ラむティングでは、自分の苊しかった日々たで、仕事になった。

    あの頃の私は、あの経隓を「財産」ず呌べる日が来るなんお思っおもいなかった。

    ずいぶん回り道をしおきた。

    でも、その回り道は無駄ではなかった。

    あずになっお気づく。

    寄り道した道には、意倖ず仕事の皮が萜ちおいる。

    䞀぀の仕事が終わっおも、

    私の人生たで終わるわけではなかった。

    それが分かっただけで、

    気づけば、前より少しだけ肩の力を抜いお生きられるようになっおいた。

    そしお今も、スポットワヌクの垰り道、知らないスヌパヌを芋぀けるず、぀い入っおしたう。

    唐揚げを芋比べながら、

    「ああ、寄り道できるようになったんだな。」

    ず思う。

    昔の私は、寄り道なんおしおいる䜙裕はなかった。

    でも今は違う。

    今日はどの唐揚げにしようか。

    悩める毎日も、悪くない。

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門

     
     
    40代。元介護士。 人に気を遣いすぎお消耗しやすいタむプ。 適応障害による䌑職を経隓埌、 「埗意なこず」ず「続けられる働き方」は別だず痛感したした。 珟圚は、働き方・メンタル・生掻改善・ダむ゚ットに぀いお、 実䜓隓をもずに発信しおいたす。 よろしくお願いいたしたす。

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