
もとこ、Yumiを巻き込むの巻|#01 “沈む”と出会った日
Yumi:
もとこちゃーん。Yumiでーす。来たわよ~
もとこ:
あ、Yumiさんだ。は~い。Yumiさん、よく来てくださいました。さあ、上がってください。どうぞー。
Yumi:
お邪魔しまーす。わ、なんかいい匂いするね~
もとこ:
あ、そうでしょ。さっき紅茶いれてたんです。ちょっと待ってくださいね。
Yumi:
うふふ、なんだか遊びに来たみたいねぇ。
もとこ:
いや、遊びに来てもらったんじゃないですか。
Yumi:
そっかそっか。で、メールじゃなくて電話でお誘いだなんて……きっと何かあったのね。そうでしょ?
もとこ:
あります。普通にあります。でさぁ、こないだ街歩きしてたら、すっごい良い記事見つけたんです。いや、記事っていうか……そこにいた言葉が、ちょっと良すぎて。
Yumi:
そこに「いた」言葉、なのね。
もとこ:
そうなんですよ。文章そのものももちろん良かったんですけど、それより、「あ、この子、まだ胸にいる」みたいなのがあって。
Yumi:
それって、「あとから来る」タイプってこと?
もとこ:
そう。それです。読んでる時より、閉じたあとに来るんですよ。あたし、帰り道で急に立ち止まっちゃって。
Yumi:
ふふふ。もとこちゃん、たまに街の真ん中でも、急に止まるものねぇ。
もとこ:
あるある。普通にありますよ。あ、そうそう。これ、その時に買ってたお菓子。あとで出しますから。
Yumi:
あ、ありがとう。じゃあ今日は、ゆっくりしていこっかな?
もとこ:
ぜひ。どうぞそこ、座ってください。そのクッション、本積んでない方。
Yumi:
本積んでる方があるの!?
もとこ:
ありますよ。あたしの部屋、油断するとすぐ本に埋まるんで。
Yumi:
わぁ……ほんとだ。棚の奥まで、ぎっしり。
もとこ:
あ、そこ。崩れますよ、気を付けて。
Yumi:
危険地帯だった。
もとこ:
崩れたって、まぁ平気ですから。そういう本って、だいたい必要な本なんです。
Yumi:
それ、便利な言い方ねぇ。
もとこ:
私にとっては、ですけどね。だって崩れてきたってことは、「あたしも話に混ぜて」ってことなんで。
Yumi:
ふふ。じゃあ、落ちてこないうちに、座らせてもらおうかな。
もとこ:
どうぞどうぞ。紅茶、こっち置きますね。で、これ。さっき言ってたクッキーです。じゃあ、あたしも座ります。……で、話していいですか。
Yumi:
うん。じっくり聞くわ。もとこちゃんがぜひとも見せたかったんだものね。
もとこ:
はい。最初はタイトルに引っかかったんです。ぱっと見て、「あ、これ読む」ってなって。でも読み終わったあと、残ったのはタイトルじゃなくて、途中にいた小さな言葉だったんです。
Yumi:
「途中にいた子」だったんだ。そんなに残っちゃったのね。
もとこ:
残りましたね。普通に。すっごく目立つわけじゃないんです。大きなことを言ってるわけでもない。でも、なんか……通り過ぎたあと、袖をつかんでくる感じ。
Yumi:
強く引っぱるんじゃなくて、そっと止める感じ?
もとこ:
そう。それです。そっとなのに、ちゃんと止まるんですよ。だからもう、「あれ? 今の子、何?」ってなって。
Yumi:
うんうん。それで、ちょっと戻って、もう一回読んだのね。
もとこ:
読みましたよ。しかも二回じゃ足りなくて、三回、四回。
Yumi:
もとこちゃんらしいわ。
もとこ:
だって聞いてくださいよ。その子、読むたびに顔が違うんです。最初は静かな子かなって思ったんですけど、二回目はちょっと照れてるように見えて、三回目は、いや待てよ、この子けっこう芯あるぞ、って。
Yumi:
あら、あら。だんだん見えてきちゃったんだね。
もとこ:
そうなんですよ。ことばって、こっちが近づくと、急に表情変えたりしません?
Yumi:
うん、変わるわねぇ。最初は大きく見えても、近づくと小さかったりするものね。大きな看板だと思って近づいたら、最後には、こーんな小さな切手みたいだった、みたいな。
もとこ:
ですね。まさに、そんな感じ。
Yumi:
それで、その子って、どこにいたの?
もとこ:
中原中也の『春の日の夕暮』にいた、“沈む”です。
Yumi:
へぇ。“沈む”だったんだ。
もとこ:
はい。この子ですね、重たく落ちる感じじゃないんです。静かに、すー……って空気ごと下りていく感じ。
Yumi:
うんうん。
もとこ:
あたし、“沈む”って、ちょっとがっかりなイメージもあったんですよね。でも今度のこの子、少し綺麗なんです。夕方の光が、そのまま静かに下へ行くみたいで。
Yumi:
同じ“沈む”でも、まわりの景色で、表情がガラリと変わるのねぇ。
もとこ:
変わります。普通に変わります。だから、“沈む”っていっても、暗いだけじゃないんだなって。いや、これ普通にすごくないですか。
Yumi:
ふふ。もとこちゃん、また『動詞の本棚』に仲間が増えたね。
もとこ:
まったく同じ名前なのに、こんなに違うんですよ。いや、どうなってんのって話です。
Yumi:
そうね。今回の“沈む”は、すごい発見だったね。
もとこ:
はい。あたし、自分でも意外でした。しかもあの“沈む”、嫌な感じじゃなかったんですよ。景色が静かに落ち着いていく感じで。「終わる」っていうより、「下りていく」ところ。
Yumi:
うん……空気の温度まで一緒に変えちゃう子。
もとこ:
それです。夕方の光まで一緒に静かになるんです。あたし、読んでて、「あ、今、周りがちょっと暗くなった」って思ったんです。
Yumi:
ことばなのに、景色ごと動くのね。
もとこ:
そう。しかも、ずるいんですよ。そんな大げさに書いてないんです。さらっといるのに、気づいたら、空気持ってかれてる。
Yumi:
ふふ。静かな顔してデキる子だったのね。
もとこ:
はい、やられましたね。普通に。あたし、この子にいきなりやられて、他がまったく見えなくなって。
Yumi:
袖、つかまれちゃったもんね。
もとこ:
つかまれました。静かに。で、しっかり。……でも、なんか嬉しかったんです。“沈む”と出会えて。
Yumi:
うん。
もとこ:
たぶんまた会いに行きます。今日とは見え方が変わりそうな気がするから。
Yumi:
うん。また今度、どんな顔してたか聞かせてね。
もとこ:
はい。あ、でも……別の子に捕まったらどうしよう。
Yumi:
なんだか忙しいね。もとこちゃん、本の子だもんね。
もとこ:
はい。今日の“沈む”は、しばらく私の中にいそうです。