
数年前の夏、ショッピングモールの
屋上へ花火を見に行った日のことだった。
夕暮れの人混みの中、
浴衣姿の若い女の子たちが
笑いながら歩いていた。
すれ違うたび、
下駄の音が甲高い笑い声に混じる。
その姿を見た瞬間、
なぜだかわからないまま
涙が溢れた。
母が亡くなって、ちょうど一年ほど
経っていた頃だった。
母は、夜になると電話をかけて
くることが多かった。
枕元に置いた携帯電話が鳴るたび、
目が覚めた。
母が亡くなってから、
夜中に電話が鳴ることはなくなった。
思い出したのは、二十年以上前の、
なんでもない夏の夕方だった。
初めて友人と花火大会へ行くことになり、
母と一緒に浴衣を買いに行った。
紺色に赤い椿模様の浴衣だった。
二階の畳の部屋。
少し湿ったような実家の匂い。
大きな窓から西日が差し込む、
蒸し暑い夕方だった。
和箪笥の前で、私は浴衣を
うまく着ることができずにいた。
そんな私を見て、母は何も言わずに
近づいてきた。
和箪笥の引き出しから腰ひもを取り出し、
手の皮が少し厚くなった母の手が、
慣れた様子で帯を結んでいく。
後ろから帯を整えてくれていた
母の温度と、かすかに混じる
タバコの匂いだけは、
今でも覚えている。
台所の壁はニコチンで薄黄色に汚れていた。
冷蔵庫には手作りのゼリーやアイスが
入っていた。
灰皿の横で、冷えたコーヒーを飲んでいた。
花火へ向かう私を見送り、帰りを待っていた母。
夜遅くに帰宅すると、
台所の電気がついていた。
タバコの煙がまだ薄く漂って
いたことがあった。