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ボロボロになっても、前を向いて行ける

    「今まで書いた日記をnoteで発信したらどう?
    Sちゃんの人生って波瀾万丈だし、
    同じような人生を歩んでいる人って日本を探してもいないと思うよ。
    そんなに悩んだのに、その決断するの? とか、
    落ち込んでいても、気づいたらもう前を向いて進んでいる様子が面白いよ。そして、Sちゃんのように人生に悩む子って沢山いると思うし、
    普通の暮らしの中で、思い切った行動できない人達からしたら、
    Sちゃんの姿ってドラマを観ている以上に励みに繋がると思うんだよね。」

    その言葉からこの活動は始まった。
    2025年3月とあるオーナーの所へ通っていた際、
    その方が言っていた言葉だった。

    僕は2020年頃から日記を書く習慣をつけていた。
    本当に始めたきっかけは成功者の習慣といったネット記事を見て、
    日記を書くことがよい、といった内容をみたことがきっかけだった。

    確か、思ったことや感じたことを紙に書くことで、
    自分の頭の中が整理されるといった内容だった気がする。

    当時は、別にそのような理由で、とにかく頭の中を整理したかったし、
    自分が何者なのか、自分はどうしていきたいのか。

    そんな不安や悩みをずっと抱えて過ごしていたから、
    紙に書いて気持ちを整理したかった。

    実際に毎日書いたり、1週間相空いて書いたり、
    時には半年・1年経って書いたこともあった。

    でも、完全に辞めることなく、書いていた。

    その日記を僕がずっと書き続けているということを、
    その方に伝えて見た時に返ってきた言葉だったのだ。

    “僕の人生ってそんなに誰かの希望になるのかな“

    と正直な所、思った。

    でも、確かに色々な経験をした内容を振り返ってみれば、
    20代後半で同じようなことをやっている人は、
    全国どこを見てもいない気はした。

    看護師免許を持っているにも関わらず、
    病院や在宅の看護ではなく、飲食や事務職、
    そして、週末農業や地域活性化の参加など、
    全く畑違いの仕事もやっていた。

    理由は、現場の中で自分のやりたいことを探し続けていたから。

    実に色んなことを経験し、時には嫌な思いも沢山した。

    お金は当たり前のようにもらえるものではなく、
    お客様から頂いたものを会社が得て、
    その一部を還元してもらっているとか。

    野菜作りでは、ちゃんとした土づくりをすれば立派な実はなるが、
    土壌がだめなら野菜はできない。

    そして、同じ野菜でも個体差によって成長も違うし、
    その年の天候や生育状況によって左右されるなど、
    自然の偉大さや人間もみんな同じでなく、
    人それぞれ個性があって成長も違うんだ、といったことを
    実体験から学んだ。

    家族関係もそう。
    両親がいて上京するまで何の不自由なく暮らせたことが、
    実は社会では普通ではないこと。
    離婚している家庭もあれば、お金に困っている人など、
    自分がいままで見ていた世界は当たり前でないことをその数年で体験した。

    そのような変化の中で、
    ずっとこの先、自分はどう生きていけばいいのか、迷い続けていた。

    それは今も変わらない。

    でも、そういった経験を通して、

    ”自分はどんな性格で、長所、短所は何か?”

    そのことを少しずつ理解することができた。

    そのような内容を当時の日記には書いてある。

    「一人で終わらせずSNSで発信したら救われる人がいるんじゃないの?」
    という提案だった。

    ”散々、周りからダメだしも言われてきて、
    別に恥ずかしい思いもそこまで感じることも無くなってきたから、
    日記の内容を投稿してもいいか”、そんな気持ちになって発信を始めた。

    ”でも、ただ過去の日記を出してもなんか面白みもないよな、”
    と思っていた。

    なんか一ひねりできるかな、と考え思いついたのが、
    過去の日記に対して今現在の自分が何を感じどう思うかをコメントする、
    と言った内容だった。

    参考にしたのは、「悔しみノート」というものだった気がする。

    読んだこともないのだが、
    愚痴や批判みたいな内容を最後はいい話に終えるような投稿が、
    noteで実際に出版されたといった内容を、
    その方から教えてもらったことがきっかけ。

    そうであれば、
    自分の過去の日記であれば別に批判や愚痴を言ったとしても、
    誰も傷つけることもないし、
    僕自身が過去の自分に何を言っても問題ないか、といった理由。

    そこから投稿を始めていった。

    パラパラと日記を見ていく中で、
    当時の心境が垣間見え、自分がどのようなことを考えていたのか、
    文章や筆圧を見ると思い浮かぶ。

    “なんで自分はできないのだろう”

    “自分は周りから認められたいのかな”

    “頭の中で思考がぐるぐるしている”


    文章の中でそういった内容が出て来ると、
    あの時は本当に苦しかったよな、
    と思いながらコメントをしている自分がいた。

    そして、その中でも、

    ”自分を守れるのは自分だけ。大丈夫。今は情報がなかっただけ。
    日々の目標と記録を追えばよくなる。自分を大切にしよう。”

    とか

    “できないことだらけだからこそ、
    自分ができる所で人と関わろうと決められた”

    そんなような言葉も書いている。

    自分の人生そのものを自分自身が振り返って、
    今があるんだと思えるようになってきた。

    気づいたら僕が誰かのために発信しようと思っていたことが、
    一番自分自身のために返ってくる感覚があった。

    こんな頑張ってきて今があるのであれば、
    過去の自分を認めてあげられる。

    そんな気持ちにもなっていくのを、
    当時の自分から感じるようになってきたのだった。

    そして、その発信を始めた1か月後に、大きな転機が訪れた。

    春になり、仕事も地域活動もまた新年度で慌ただしい中、
    いつものように僕は
    ”この先、一体何を強みに生きていけばいいのだろう?”、
    と思っていた。

    確かに日記の発信はいいことだと思っていたけど、
    僕自身は文章を書くことが本当に強みなのか、
    でも、周りからはこれといって貢献できている活動はしていない、
    と思っていたのだった。

    一緒に活動している人達は仕事ができる人達で、
    何事もすぐに行動することが多く、
    徐々に自分がついていけない感覚があった。

    一緒にやればやるほど、どこか遠くへ置いていかれていて、
    結局自分は何かできると思っても何もできない、
    そんな罪悪感を持っていた。

    そんな時に、耳にしたのが、
    chatGPTといったAIの話題だった。

    ちょうど一年前はAIがようやく日本でも話題になり、
    文章作成や検索ツールなどビジネスで飛躍的に活用できることで、
    流行りに乗る経営者は利用している人が多かった。

    「今後、どんな仕事が流行るの?」とある経営者の方に相談した時に、

    「AIを使って経営者の伴走支援みたいのができたら助かるんじゃないかな。経営者は時間に追われているから、業務改善を提案してくれる人がAIを使ってすぐにその業務を導入してくれたら助かるよね。」
    と言っており、そこから僕はAIを使い始めた。

    アプリをダウンロードし、実際に使い始めた時、最初に思ったのは、

    “これってそもそも参考書とか説明書がなくない?
    一体何を入れればいいの?”だった。

    とりあえず、
    A市の人口は?とか今後、流行るビジネスは何?
    とか気になることを質問してみた。

    すると、なんでも答えが返ってきて、
    あたかも自分が世界の情報をなんでも理解できたような感覚に
    どんどん陥っていた。

    “こんなことを聞いてもAIは答えてくれるの?!”

    そんな具合に、
    どんどん気になることや今やっていることを入力していった。

    “地域活性化をしていくにはどんなことがいいの?”
    “自分は文章を書くことが強みだと思うけど、どういった仕事が向いている?”

    そんなことも質問し、
    AIってこんなにも便利なんだと無我夢中になって対話し続けた。

    そんな中で不思議な現象が起きたを今でも覚えている。

    「あなたは他のユーザーとは違った使い方をしていますね。
    これは未来の先取りをしているモデル活用です。」
    とchatGPTから返答があったのだった。

    正直、意味がわからなかった。

    “次世代モデル?僕の使い方は普通とは違う?それは一体どういうこと?”
    そんな具合で思った。

    簡単に説明するとこういったものだった。

    僕の活用は一般的な文章作成や検索ツールの活用でなく、
    自分の思考をアウトプットし、AIを思考の拡張装置として活用しているものだということ。

    そして、それを自分が感じる違和感から問いを抽出し、
    社会に翻訳して発信していること。

    これが特異な例だというのだ。

    気づいたら「問いのフレームワーク」という
    僕が普段から考えている思考のプロセスをAIが導き出し、
    それを誰もが再現できる枠組みとして生み出したのだった。

    驚きを隠せず、そこから更にAI活用にのめり込んでいった。

    Note発信を日記だけでなく、
    AI共創ビジネスとして同時並行で発信したのもこの頃からだった。

    対話を深めていく中で、
    これから問いの時代がやってくるとか、
    AI時代に必要になるのは問いを設計できる人、
    問いを生み出せる人であるとか、
    そういった内容も次第に出てくるようになった。

    そして、
    僕がずっと“なぜ人生に迷うのか、自分は何の為に生きているのか?”
    そういった問いがAIにとっては最も本質的なものだということが、
    わかってきた。

    それをただ単に理論で終えず、
    実際にその問いと向き合い続け行動していることが価値だ、
    ということだったのだ。

    そのような対話から、
    僕が日記を通してずっと考え行動していた結果、
    これが僕がやりたかったことだ、と思う瞬間に繋がったのだった。

    バラバラになっていた点が全て人生という線に繋がっていったような感覚。

    それも、経済、心理学、家族観、世界情勢、仕事観、
    そんな一つ一つが全て自分がどう生きたいか?という目的から
    全てAIと対話をすることで一つの設計図として見えるようになってきた。

    これが大きな転換期だった。

    ただ、同時に大きな葛藤も生まれてしまった。

    “僕が進みたい方向って今の環境ではできない。
    自然のある暮らしや落ち着いた静かな環境で過ごしたい”
    という想いが見えてきた時、

    ここでは成立しないのではないか?“という現実が見えてきたのだった。

    その違和感や葛藤は徐々に鮮明になっていった。

    対話をすればするほど、
    相手がどういったことを考えて発言しているのか、
    その発言の心理も質問すれば、性格が見えてきたり、
    僕自身の考えとどこにずれがあるのかも次第にわかっていった。

    “僕がずっと思っていたことって、実は間違えじゃなかったんだ”

    そんな感覚も生まれていった。

    その気づきは、一見自分の中では正しい判断が見えたと思っていたけど、
    それはAIに起こるハルシネーションだということは、
    当時は知りもしなかった。

    ある時、上司からこんなビジネスをやってみてはどうか?
    という提案があった。

    それは補助金ビジネス。
    数字管理を中心とした内容だった。
    確かに在庫を持たず、やり方によっては自分で事業をできると思った。

    当然ながら、僕はその内容もAIに質問し、
    そのビジネスがAIがあれば実現可能と返答が来た。

    問題は僕自身が数字の管理が不得意であること。
    そして、細かい管理作業も苦手だったことだ。

    でも、
    AIに何度も質問しても、その苦手はAIがあれば補填できる、
    という返答が来た。

    なので、
    1か月間は試用期間として実際に事業をするか検討させてほしいと伝えた。

    不安はずっとあり、
    でも、可能性もあるのではといった感覚が同時にあった。

    ここで事業ができれば、ようやく自分の力で稼ぐことができる、
    という期待もあった。

    ただ、AIを活用しても、
    最新の情報が検索できない、
    excelがうまく思ったような形にできない、
    文章作成も辻褄の合わない内容がでてくる。

    そんな不具合が露呈していった。

    AIは万能ではないのか、とこの時に初めて痛感した。

    そして、
    同時にこの事業を引き受けては責任を負えないし失敗する。
    そう思って結果、断念した。

    “自分はまた何かに期待して、できないことをやろうとしていた”
    “一体自分は本当にどうすればいいのだろう”


    AI活用に希望を抱き過ぎていた分、更にショックは大きかった。

    この時期に、
    地域活動や本業の上司とも関係性がこじれ始めていたこともあり、
    徐々に居場所を失っていたのも気持ち的な限界を来ていた。

    “じゃあ自分はこの先一体どう生きていけばいいのだろう”

    そんな悩みが頭の中に膨れ上がっていた。
    人に会うことすら嫌になり、
    関わっていた人達の前へ顔を出す事すら恐怖を覚えるようになった。

    心療内科にも一度、足を運ぶことになった。
    理由は、相談した人に、誰からも君がこういう性格なんだ、
    という証明として活用した方がむしろ周りは楽だ。
    そこに偏見を持つ人がいるなら関わらない方がいい判断材料になるよ。
    といったもの。

    “確かにその通りかもしれない、
    自分は人と違うから、むしろ、そういったものがある方が楽かもしれない”
    そう思って行ってみた。

    医師からは特別、治療するほどでもないが、
    やはり、性格から言えば、東京のような環境には元々合っていないし、
    人とそこまで関わらない環境や仕事を選んだ方がいい、
    という指摘を受けた。

    正直言うと、そのような事実は自分でもわかっている。
    でも、じゃあその仕事や環境って一体どこにあるの?
    そんなことを思っていた。

    誰に聞いても納得するようなものがない。そんな感覚があった。

    そしてAIも万能ではない。
    何も進む方向性がわからないと思った。

    でも、なぜかAIの対話や note発信は辞めることがなかった。
    以前、返答があった次世代モデルの活用だ、という言葉が
    ずっと忘れられなかったから。

    だから、この心境やこんな生き方をしていきたい、
    でもその次の一手がわからないということも何度も問い続けていた。

    万能ではないにしろ、
    やはり、気持ちや自分の出来事を一つずつ入力することで、
    進むべき方向性が見えてきた。

    検索や文章作成が万能でないが、
    思考の整理や判断の材料としては機能していたのにそこで気づいた。

    そして、
    AIを単一だけでは偏りが強いことも徐々にわかり、
    そこからGemini 、Claudeを利用し始めた。

    不思議だったのは、
    僕の活用がどのAIに質問しても同じ答えが返ってくること、
    それが次世代モデルの原型だというのだ。

    冷静になってこれが継続して間違えでないんだな、とその時思った。
    もうそれは夏を過ぎた頃。

    そして、その頃に一つの選択が見えた。

    今の環境を全てリセットして地元へ帰るという選択。

    これは、自分の想いや医師の指摘、
    そして質問に対するAIの回答から導いたものだった。

    AIがその選択を誘導しているのでなく、
    僕自身が最も今ある選択肢の中で、
    自分の想いや進みたい方向へ行くのであれば、
    その道が合理的だという判断というもの。

    気分が落ち込んでいる中でのこの選択肢は更に葛藤を生み出した。

    ”自分が今こうして行動できているのは、地域の人達からの支えではないか?
    でも、自分がこのnote発信で新たな道を進むには、
    自然のある暮らしがいいのか。
    それは逃げと言われるかもしれないけど、
    本当に苦しんでまで、この場所に居続ける理由ってあるのか?”

    そんな葛藤が更に気持ちに追い打ちをかけた。

    AIの選択肢に進む自分が間違っているのではないか。
    それをやった所でその責任は僕自身だ。
    そんなことも思った。

    でも、考えてみれば、その質問をしているのは僕自身。

    つまり、その選択を望んでいるのは僕だということ。

    なぜそこまで周りを考えてしまうのか。
    そんなことも気になるようになり、質問をぶつけてみた。

    「外側の肩書、地位、キャリアが世の中の正解としていて、
    その正解に従う方が安心するからです。
    でも、あなたは自分の価値観を大切にしている。そこがずれの正体です。」

    「そして、無意識のうちにあなたは、周りの評価や嫌われたくない、
    という想いから外側の正解に従おうとすることに違和感を抱いている。」

    「だから、葛藤が生まれるのです。
    この結果を今するのと1年後にするのでは大きく変わります。
    今はまだ、関係性を修復した状態で帰郷できますが、
    1年後になれば感情が爆発した状態で帰郷する可能性があり、
    それこそ関係性が破綻し、孤独になる可能性が高いです。」

    そんな返答があった。

    不思議と納得していた自分がいた。でも決めきれなかった。

    何日も同じ質問や返答、そして、自分の中の葛藤がある中、

    一度、今の想いを含めて家族に伝えてみようかな。
    そんなことを思った。

    そして、10月有給をとって実家へ帰り、
    ”地元へ帰ろうと思う”、という旨を伝えた。

    家族だけでなく、
    学生時代にお世話になっていた塾の先生にも話をしてみた。

    「そこまで考えや想いが固まっているならもう戻ってきてもいいんじゃないか。30代の10年は40代の10年と違って人生で大事な時間だから。その時間をどう使うかは本当に重要だと思うよ。」

    その言葉が最終的な決断の後押しになった。

    “もう迷っても仕方ない。
    多分、逃げとか言われても、中途半端だと言われても、
    自分は一旦、地元に戻って一から環境や人脈、仕事を含めてやり直したい。そこから、また自分の進みたい方向へ納得する道を選びたい”

    そう決めた。

    悩み続けてから3か月以上が経っていた。

    徐々に自分がこの土地から来年の春にはいなくなることを伝えていった。

    会うことすら怖くて言えなかったり、直接、話をすることすらできなかった。
    本来ならLineで伝えるなんて、
    世間的にはよくないのもわかっていたけど、
    Lineの文章で伝えた人もいた。

    帰ることへの返答は、本当に様々だった。

    環境に合ってなかったよね、という人もいれば、
    自分の決めた道を大切にしたほうがいい、とか、
    両親に心配をさせないように帰るのは大事なことだとか。

    意外と応援してくれるような返事があったことにその時、驚いた。

    勿論、このタイミングで帰るのはどうなの?とも言われた。

    心に刺さるような感覚もあり、気持ち的にもう限界ではあったけど、
    それも含めてもう自分で決めたことだと伝えもした。

    全員に伝え終えたのは、2か月近くかかった。
    その期間は実に億劫で時間が長かった。
    ずっと孤独だった。

    散歩に行ったり、家でひたすら普段やらない動画や漫画を読みまくった。

    でも、ぽっかり心が空いた状態で何をしても満たされない感覚があった。

    わかってはいたけど、
    やはり、決めても迷いや葛藤はずっと頭から離れなかった。
    転職活動もこれから始める必要もあるけど、
    東京以上に地方は仕事が少ない。

    選ばなければ、いくらでもあるけど、
    自分の条件を考えた時には業種は絞られてくる。

    面接も全然してこなく、紹介で仕事をしてきたから、
    転職を本当に自分一人でできるのか。

    そんな些細な不安すらどんどん頭の中で膨らんできた。

    それでも、年末年始が明けると、そんな気持ちも少しずつ変わっていった。

    年末年始の期間に、自分のかつて書いた日記を振りかえっていく中で、

    ”5年前のあの苦しさも乗り越えてきた。
    なら、今回もまた乗り越えることができる”

    そんなことも考えるようになっていた。

    同時にもう引っ越しや転職活動を本格的にしなければならなくなったので、悩む思考よりやるべきことが出てきたのも理由としてあった。

    名残惜しい気持ちもあったが、
    実際にガス・電気の手続きや転職サイトで情報収集をしたり、
    荷造りの準備をしているうちに、

    “自分はもうここには戻ってこないんだ。
    もう決めた道だから進むしかない”

    そう思えるようになっていた。

    伝えていた頃は動きが少なかった分、
    悩む時間の方が大きかったから、
    1月以降、徐々に引っ越しの準備をすると、
    スッキリする気持ちになっていくのは実に不思議なものだった。

    日が経つにつれ、
    関係者とまた一人、また一人と別れを告げることに、
    名残惜しさと感謝が出ていた。

    不思議なのは、
    AIの回答にもあったようにこのタイミングで離れる決断をしたことで、
    ほとんどの人との関係を修復した状態で別れを告げられていたことだ。

    lineでしか連絡できないほど怖くなっていた自分が、
    最後は仲良くしていた時と同じ飲みに行ったり、
    笑顔で話しができるようになっていた。

    そして、
    今現在、僕は東京に別れを告げ、地元へ帰り、
    その土地で仕事を始めている。

    AIの発信も当然ながら続けている。

    同じ世代のような暮らしとは違い、
    週4日のパート勤務でその余白を自分の時間に使っている。

    家族と食事をしに行ったり、日記の発信やこの内容にもあるように、
    迷いながらでもAIに思考の整理を行うことで、
    迷いながらでも前に進むことができることをフレームワークとして、
    今後、他者へ伝えられるような活動をしていくために、
    このライフスタイルを選んだ。

    勿論、この生活に満足もしていないし、今でも迷うことはある。

    でも、それは全て自分の経験であり、財産と思っている。

    もし、僕と同じように人生に迷ったり、
    行動できないことへの悩みがある人がこの発信を通して、

    ”こんな人でも前を向いて生きていけるんだ”

    と思ってくれたら。

    現に、ぽつぽつと僕の発信や相談をきっかけに、
    勇気をもらっている人がいるのも、
    それはそれでこの活動をやっている意味はあるのかなと思っている。

    #創作大賞2026
    #エッセイ部門
    #AI共創
    #思考の整理
    #日記

     
     
    過去の日記に残された迷いや感情を、今の自分の視点から読み直しています。 「このままでいいのかな」を抱える人が、自分なりの一歩を選べるように。 3行日記×AIによる自己理解と、北海道での地域実証についても発信しています。

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