
オイテケボリ
あのね、聞いてほしいことがあるの。
あの人はとっても忙しい。
その人もとっても忙しい。
だから、脇目も振らず走っている。
あの人はとっても大事なことをしている。
その人もとっても大事なことをしている。
だから、突然いなくなって、いつの間にか疲れた顔で戻ってくる。
あの人は何かに悩んでいるみたい。
その人も何かに悩んでいるみたい。
だから、椅子にもたれかかってはため息をつく。
同じ場所にいるから、
同じ空気を吸っているのに、
気づくと誰かが
置いてけぼりになっている。
追いつけないわけじゃない。
でも、追いつきたいとも言い切れない。
その曖昧な場所に、誰かがそっと立ち止まる。
あの人の速度と、
その人の速度と、
誰かの速度が、ふっと合わなくなる瞬間がある。
その瞬間、私はいつも少しだけ息を吸い込む。追いかけるでもなく、引き返すでもなく、ただその場の空気を胸の奥にしまう。
そして、
オイトケボリにされたように感じるのは、誰かのココロの揺れなんだ。
気づいてほしいわけでもなく、
ただ、
その場所が穏やかであるようにと
自分の速度を少し合わせたり、
気配を整えたり。
でもね、その静かな行為を
少し違う温度で語られてる と耳にした瞬間、
胸の奥でふっと何かが揺れた。
それは怒りでも悲しみでもなくて、
大切にしていた価値観が
そっと擦れたときにだけ生まれる、
静かな痛み。
雑に扱われたわけじゃない。
ただ、感じる温度とは
少し違う温度で語られていたことで、
誰かの心が置いてけぼり。
オイトケボリという言葉は、
誰かに置いていかれたというより、
誰かが大切にしていた「ココロノカタチ」だけがふっと取り残される瞬間のことなのかもしれない。
ほんの少しだけ誰かの行為を温度を感じられたら。