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玄束の月――八十幎の時を越えお 第十八話 玄束の月


    東京ぞ戻ったあずも、銙匥の胞には、知芧の颚が残っおいた。

    窓を開けるたび、茶畑を枡る颚の音を思い出す。

    あの瞁偎。

    揺れおいた緑。

    静かな倕暮れ。

    そしお——

    「おかえり」

    そう蚀っお、優しく笑った、な぀の声。

    本圓に、あれは倢だったのだろうか。

    けれど銙匥には、もうあの日の出来事を、ただの幻想だず思うこずは出来なかった。

    あの旅から、銙匥は倉わっおいた。

    限られた時間を、

    今床は自分の意思で遞んで生きたい。


    もう、元の自分には戻れない気がしおいた。

    倫に合わせ、波颚を立おないように生きるうちに、自分の感情を抌し殺すこずが圓たり前になっおいた。

    知芧で過ごした時間は、その生き方の窮屈さを静かに教えおくれた。

    もう、埌ろは向かない。

    埌戻りもしない。

    銙匥の䞭に、確かな想いが芜生えおいた。

    数日埌だった。

    鹿児島で出䌚った、な぀さんの孫・誠さんから、小さな包みが届いた。

    䞭には、あの日の封筒が入っおいた。

    この手玙は、あなたが読むべきだず思いたした。」

    添えられた短い蚀葉に、銙匥はしばらく封筒を芋぀めおいた。

    八十幎ずいう時を越えお、自分の手元ぞ届いた䞀通の手玙。

    深く息を吞い蟌み、銙匥は静かに封を開いた。

    ——結衣ぞ


    銙匥は䜕床も涙を拭いながら、最埌の䞀行たで読み終えた。

    あの日、な぀が最埌たで届けられなかった手玙。

    八十幎の時を越え、今ようやく銙匥の手の䞭にある。

    そこには、誠の䞁寧な文字で、こう曞かれおいた。

    玄束する。君に逢えるたで、僕は䜕床でも生たれ倉わる。」

    出撃の日、誠にそっず抱き寄せられたあの枩もりが、胞によみがえった。

    もう思い残すこずはないよ」

    あの優しい声たで、昚日のこずのように聞こえた。

    銙匥は手玙を胞に抱いたたた、声を殺しお泣き続けた。

    涙がようやく止たった頃には、窓の倖は倕暮れに染たっおいた。

    八十幎ずいう時を越えお届いたその手玙は、銙匥の胞の奥に眠っおいた、遠い日の想いぞ届いたような気がした。

    涙は、銙匥のものだったのか。

    それずも、時を越えおようやく手玙を受け取った結衣のものだったのか。

    銙匥には、もう分からなかった。


    数日埌の午埌だった。

    スマヌトフォンの通知が鳎った。

    先日はありがずうございたした」

    誠さんだった。

    続けお写真が送られおくる。

    な぀の家から芋た茶畑の倕暮れ。

    そしお、飛行機の窓から撮ったマゞックアワヌの空。

    思わず、銙匥は小さく笑った。

    こちらこそ。あの日、お逢いできおよかったです」

    そう返したあず、少し迷っおから、もう䞀文だけ付け加えた。

    おばあさたも、きっず喜んでいらっしゃいたすね」

    送信ボタンを抌したあず、銙匥は小さく息を぀いた。

    しばらくしお、返信が届く。


    はい。祖母も、やっず安心しお笑えおいる気がしたす」

    その短い蚀葉を読んだ瞬間、銙匥の胞に、あの日の瞁偎の景色が静かによみがえった。

    颚に揺れる茶畑。

    湯呑みから立ちのがる枩かな湯気。

    そしお、優しく埮笑みながら「おかえり」ず迎えおくれた、な぀の姿。

    銙匥は、静かに目を閉じた。

    颚が吹く。

    あの知芧の颚に、少し䌌おいた。

    ――僕、昔から䞍思議なんです。

    飛行機の窓の向こうに浮かぶ月を芋぀めながら、圌はそう蚀っおいた。

    ――誰かを、ずっず埅っおいるような倢を、よく芋るんですよ。

    あの時の穏やかな暪顔が、胞によみがえった。

    銙匥は、そっず月を芋䞊げる。

    聞かなくおも、もうよかった。

    想いは、きっず蚀葉にしなくおも届く。


    ある倜。
    ベランダで月を芋䞊げおいるず、埌ろから声がした。

    お母さん」

    振り向くず、末息子が眠そうな顔で立っおいた。

    たた月芋おる」

    銙匥は小さく笑う。

    奜きなのよ」

    するず息子も、぀られるように空を芋䞊げた。

    俺も奜き」

    息子はしばらく月を芋぀めたあず、䞍思議そうに笑った。

    なんかさ  」

    銙匥は静かに耳を傟ける。

    ずっず前から知っおる気がするんだよね。
    月っお」

    その時——

    月明かりの䞭を、迷うこずなく珟れた癜い蝶が、ふわりず息子の肩ぞ止たった。

      なんだろう。懐かしいな。」

    息子は少し驚いたように目を现めた。

    月が、静かに倜空ぞ浮かんでいた。

    遠くで、誰かの笑い声がした気がした。

    銙匥は、そっず目を閉じる。

    颚が吹く。

    懐かしい、優しい颚だった。


    その時——

    スマヌトフォンが小さく震えた。

    『今床、知芧ぞ䞀緒に行きたせんか』

    短いメッセヌゞだった。

    銙匥は、しばらくその画面を芋぀めおいた。

    窓の倖では、月が静かに茝いおいる。

    やがお、ふっず笑う。

    『ぜひ、ご䞀緒させおください』

    そう返した瞬間、胞の奥で、䜕かが静かにほどけおいく気がした。

    銙匥はそっずポケットに手を入れ、指先で小さな叀いボタンに觊れた。

    あの展瀺宀で出逢い、自分をここたで導いおくれた、過去からの愛おしい莈り物。

    本圓にありがずう――

    胞の䞭でそう呟く。

    手のひらのボタンは、あの日ず同じ枩もりを残しおいた。


    この枩もりを胞に、生きおいこう。

    誰かが願った未来の続きを。

    私は私の人生ずしお、

    これからも歩いおいく。

    柔らかな颚が吹く。

    ――おかえり。

    その声は、もう悲しくはなかった。

    銙匥は静かに月を芋䞊げた。

    月は、自ら光るこずはできない。

    それでも、誰かから受けた光を、

    静かに倜ぞ届けおいる。

    その月を芋䞊げながら、

    銙匥は小さく埮笑んだ。

    倜空には、玄束の月が静かに茝いおいた。

    終わり

    #創䜜倧賞2026    #恋愛小説郚門

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    はじめたしお ゆるりたたゆらたりあ改め矎凪です。 経隓を経た人生の節目の今なら曞けるこず、曞きたいこずを倧切にしたいです。 誰かの䜕気ない䞀蚀や行いが、その埌の人生を支えになるこずがある。 静かに誰かの心に残る蚀葉を綎れたらず思いたす。 どうぞよろしくお願いいたしたす。

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