
『Uボートと○ゆの悲劇 ――深海のエレジー――』
【登場人物】
ハンス: ドイツ海軍Uボート「U-XX」の若き乗組員。鼻が死にかけている。
草造(くさぞう): 陸軍船舶司令部(宇品・暁部隊)所属、三式潜航輸送艇「まるゆ」の艇員。元戦車兵。
第一幕:深海の熱帯雨林(大西洋・水深150メートル)
【舞台】 Uボートの狭い艦内。室温は38度。ディーゼル油と生ハム、そして「それ」が混ざり合った、この世の終わりみたいな熱気が渦巻いている。
ハンス:
「……クソ、また敵の駆逐艦が上でうろついてやがる。無音潜航、もう12時間目だ。艦内はサウナどころじゃない。おい、誰だ!さっきからバケツの裏でこっそりふやけた爪を噛じってるやつは!」
同僚の乗組員:
「うるさい、ハンス! 空腹と恐怖で狂いそうなんだよ! 自分の体から出るものなら、究極の自給自足だろ!?」
ハンス:
「バカ言え、毛根を毟(むし)って食ったって、引き抜くストレスで消費するカロリーの方が高いって学校で習わなかったのか! 永久機関にはなれないんだよ! ……それより、問題はあの『開かずの扉(トイレ)』だ。気圧の関係で流せないからって、便器の中に限界まで溜まりきったアレが、この艦内の熱で熟成されて、とんでもない発酵ガスを放ち始めてる……。もし今、誰かが操作手順を一つでも間違えてバルブを開けたら、高水圧でイエロー・サドンデス(逆噴射)だ……。神様、せめて普通に水に流せる世界へ帰してください……」
第二幕:宇品のイエローサブマリン(太平洋・水上航行中)
【舞台】 広島・宇品港を出港した「まるゆ」。海軍ではなく陸軍が作った、戦車のエンジンで走る「自称・陸式潜水艇」。波に揉まれて激しくピッチング(縦揺れ)とローリング(横揺れ)を繰り返している。
草造:
「うぷッ……! おい、海軍のやつらは『Uボートの熱処理された便所の臭いは地獄だ』なんて贅沢な文句を言ってるらしいが、こちとらハナから便所なんて上等なものは設計図にすら入ってねえんだよ! 陸軍の意地を見せろってか!?」
同僚の艇員:
「草造! 喋るな、喋ると口から胃袋が飛び出るぞ! ……ああっ、ダメだ! 大波が来たぞ、掴まれ!!」
(激しい横揺れ。艦内の隅に置かれていた「一斗缶の代用便所」が派手に転倒する)
草造:
「ギャアアアア! 転がった! 黄い缶が転がったぞ!! 通路が、俺たちの寝床が、あっという間に黄色い海(イエローサブマリン)に!!
……おい、これ熱処理すれば高タンパクな栄養素として再利用できるんじゃないか!?」
同僚の艇員:
「アホか! 菌は殺せても、この船を動かす戦車の発動機じゃ、水分を蒸発させるだけの火力も電気もねえよ! 大赤字の破産への第一歩だ! 諦めて浴びろ、これが陸軍さまの『まるゆ』の現実だ!!」
草造:
「おい、もういっそ乾燥させて燃料にでもならねえのか!」
同僚の艇員:
「バカ野郎、陸軍ならこれも精神力で何とかしろと言うんだろ!」
第三幕:合理主義者の苦笑い(呉・海軍鎮守府司令部第一応接室)
【舞台】 宇品から少し離れた呉。静かな応接室。
井上成美(海軍中将):
「……宇品の陸軍が、トイレもない鉄の箱(まるゆ)を作って、案の定、中身をひっくり返して大騒ぎしているようだな。我が盟邦のUボートといい、陸軍のまるゆといい、人間というシステムは外からの補給(おにぎり)なしでは動けないというのに、なぜこうも排泄物の処理という『合理性』を軽視するのか。な、そう思うだろう、兄さん」
井上敏功(陸軍船舶輜重兵万年大佐・成美の兄):
(ズボラな美男子風に頭を掻きながら、人情味のある笑顔で)
「まあまあシゲ、そう四角四面に怒るなよ。お前は頭が良すぎて出世も早かったが、現場の泥臭さってやつを忘れてる。宇品の奴らもな、バケツをひっくり返しながら、必死に国のために戦ってるんだ。不器用で、燃費が悪くて、永久機関になれない……それこそが人間っていう愛おしい生き物じゃないか。ほら、そんな難しい顔してないで、美味いもんでも食いに行こう。もちろん、外のまともな店でな」
成美:
「……兄さんには敵いませんな。確かに、我が身を削る自給自足など、つまらぬ人間の意地でしかありません」
(二人が、ボタン一つで綺麗に流れる水洗トイレの音を背後に、呉の海を眺めながら幕が下りる)
【完】