
『山本五十六の長い夜』――構想台本 第一稿
昭和十七年六月五日。
ミッドウェー海戦敗北の夜。
真珠湾攻撃を成功へ導いた連合艦隊司令長官・山本五十六は、生涯最大の敗北と向き合うことになる。
この作品は戦争劇ではない。
軍事劇でもない。
死者に問われ続けた一人の男が、最後に死者と和解するまでの長い夜の物語である。
登場人物
山本五十六
南雲忠一
宇垣纏
黒島亀人
草鹿龍之介
源田実
近江従兵長
今田軍医長
渡辺政務参謀
和田通信参謀
新宮暗号長
その他連合艦隊司令部員
そして、
赤城・加賀・蒼龍・飛龍と共に海へ沈んだ将兵たち
序 炎の海
昭和十七年六月五日深夜。
戦艦大和艦橋。
一人立つ山本五十六。
そこへ赤城の若い搭乗員が現れる。
続いて戦死した将兵たち。
彼らは山本を責めない。
ただ静かに問う。
「我々は勝ったのでありますか。」
山本は答えられない。
やがて死者たちは消える。
山本は作戦室へ向かう。
第一幕 敗北の夜
大和作戦室。
飛龍炎上。
赤城浮揚。
加賀、蒼龍喪失。
敗戦の全貌が徐々に明らかになる。
軍医長は負傷者を大和へ収容したいと申し出る。
宇垣参謀長は拒絶する。
「司令長官に血をお見せする訳にはいかん。」
やがて赤城処分問題。
宇垣は叫ぶ。
「沈めよ!」
黒島は躊躇する。
「赤城です。」
山本は静かに命じる。
「私の責任において沈める。」
「陛下へは私からお詫び申し上げる。」
責任論が始まる。
「悪いのは南雲だ。」
「草鹿だ。」
「航空戦を理解していない。」
しかし山本は何も言わない。
ただ発言者を見つめる。
診察へ向かう廊下。
山本の両脇には戦死した将兵たち。
彼らは何も言わない。
ただ黙って敬礼する。
山本は司令長官室で一人涙を流す。
顔を洗い再び作戦室へ戻る。
六月六日。
海軍は白の二種軍装となる。
しかしその白は葬礼の色であった。
南雲、草鹿、源田来艦。
司令長官室。
南雲は自決を考えたことを告白する。
山本は言う。
「良く思い止まってくれました。」
「死んで済むなら私が先に死んでいる。」
南雲は願う。
「出来れば再起を。」
山本は頷く。
「了解したよ。」
一方作戦室では草鹿、源田が責められる。
渡辺政務参謀が制止する。
「止めろ!」
「長官のお気持ちではないぞ!」
やがて沈黙。
誰も語らなくなる。
山本が南雲を連れて作戦室に現れる。
通信兵が報告する。
「間もなく小笠原海域です。」
宇垣が呟く。
「帰るのではない。」
「退くのだ。」
長い沈黙。
宇垣は山本を見る。
宇垣「長官。」
山本「何だ。」
宇垣「『我レ捲土重来ヲ期ス』と信号を出します。」
沈黙。
山本は宇垣を見る。
そして小さく頷く。
山本「良かろう。」
宇垣「はっ。」
和田通信参謀「信号用意。」
通信兵「信号用意。」
照明転換。
舞台後方。
戦艦大和のメインマスト。
旗旒信号がゆっくり掲揚される。
『我レ捲土重来ヲ期ス』
静寂。
やがて。
遠くの艦影。
また一つ。
さらに一つ。
各艦から手旗信号。
「了解。」
「了解。」
「了解。」
無言の応答。
失われた空母部隊。
傷ついた艦隊。
疲れ果て傷付いた将兵達。
それでもなお。
艦隊は生きている。
その時。
舞台奥。
戦死した搭乗員達が現れる。
しかし今回は誰も問い掛けない。
ただ静かに見上げている。
『我レ捲土重来ヲ期ス』
風に翻る信号旗を。
照明ゆっくり落ちる。
幕切れ。
無数の戦死者たちが舞台を横切る。
第二幕 長い朝
ミッドウェーから一年。
ガダルカナル。
ソロモン。
敗北の連続。
山本は理解する。
失われたのは空母四隻ではなかった。
戦争の主導権そのものであった。
一方で山本はなお戦う。
死者たちの死を無駄にしたくなかったからである。
しかし戦局は悪化する。
山本聯合艦隊司令長官は政務参謀渡辺安次と軍艦「武蔵」の作戦室で、将棋を指している。
「もう一局。」
「もう一局だけ。」
そう思い続けるうち、
取り返しのつかない場所まで来てしまう。
第三幕 最後の夜
昭和十八年四月十七日。
ラバウル。
翌朝、
山本は前線視察へ向かう予定である。
死者たちが再び現れる。
しかし今度は誰も問わない。
山本の方から語り始める。
「お前達の死を無駄にはしたくなかった。」
「しかし、もう一局、もう一局と深入りしすぎた。」
力なく笑う。
「勝負師失格だな。」
沈黙。
「私もそろそろ、そちらへお邪魔するかな。」
死者たちは微笑む。
その時。
近江従兵長が軍服を持って入ってくる。
「明日はこれでお願いいたします。」
第三種軍装である。
山本は笑う。
「いいよ。白で。」
近江は困る。
「それでは困ります。」
山本。
「死装束と言いたいのか?」
近江は慌てる。
「そんな事は!」
二人とも笑う。
翌朝。
近江。
「準備が整いました。」
山本。
「おっ、そうか。」
「ありがとう。」
「世話になったな。」
近江は涙を堪え切れない。
山本は笑う。
「何だ近江。」
「新しい軍服は似合うかな?」
近江。
「お似合いでございます。」
山本。
「そうか。」
帽子を被る。
「では行って来る。」
退場。
その後方。
戦死した将兵たちが現れる。
一斉に敬礼。
誰も言葉を発しない。
最後に序幕の若い搭乗員。
微笑みながら敬礼する。
暗転。
終。
この作品は、敗北の物語ではない。
死者と共に生きた者たちの物語である。
そして最後の言葉は、
「我々は勝ったのでありますか。」
ではなく、
「では行って来る。」
である。