桑の実
仕事で来日してから、かなりの年月を東京に暮らしてきたイギリス人の知人が、無機質な都会生活に疲れ果てたのか、私の山荘にふらりとやってきた。
そういえばこの頃、この辺りには東京から逃れてセカンドハウスを持つイギリス系の人々が増えているようである。21世紀になって仕事の形態が急激に変化したので、仕事のために、あえて都会に定住している必要がなくなったのであろう。
それに、私の知る限りアングロサクソン系は、昔からウイークエンドを田舎のセカンドハウスで過ごす習性があるように思える。グリーンシーズンは山歩きをし、広い庭で友人たちとバーベキュを楽しみ、冬はスキーやスノウボードを満喫し、夜は暖炉を囲んでたあいも無い会話を楽しむ、というのが定番のようであった。
わが知人も、日本に暮らしていても、先祖伝来のアングロサクソンの血がざわつき始めたのか、この辺りにセカンドハウスを持ちたいとのことである。そう云えば、彼はウインタースポーツが得意であった。
6月初旬のことで、2000平米のわが無秩序の庭には、私自身が植えた果実の樹々の間にラズベリー、ブルーベリー、ジューンベリーなどのベリー系の低木などがたわわに実をつけていた。その中に、勝手に生えてきたので気にも留めていなかった黒に近い紫色の実をシコタマつける桑の木がある。熟れすぎて地面が黒くなるほど落ちていた。鳥たちが毎朝食べに来るので、私はそのまま放っておく。ところが、わが知人は目を丸くして、どうして収穫しないのだ、と云った。「私は、鳥じゃありませんから桑の実なんかは食べませんョ」と答える。すると彼は「僕の祖母は桑の実をジャムにして、それでケイクを作ってくれた、美味しかったなァ」と、子供頃を思い出して、しきりに懐かしんでいた。
私にとって桑の実は、終戦直後サツマイモ以外は何も甘さを感じる食べ物がなかった時代に、小学校一年生になったばかりの疎開先の学校の帰り道で、友達と一緒に摘み取って食べた、衛生上硬く禁じられていた桑の実で口を真っ黒にして家に帰り、母に叱られた思い出がある。そんなわけで、今でも私はサツマイモと桑の実は恐ろしいのである。もっとも、あの食料不足で生きるのが精いっぱいだった時代に、嫌というほど食べさせられたサツマイモには感謝しなければならない、とは思うのだが、、、。
しかし、ヨーロッパ住まいをしていた頃、高級果物店やレストランでは季節になると<森のフルーツ>と言って、かわいい籠に綺麗に盛り合わせた多種のベリーの中にブラックベリーと称して桑の実に似たのが高級ベリーの仲間入りをしていたのを思い出した。レストランではデザートとして、私は大きなグラスに盛り合わせた<森のフルーツ>にレモンだけを絞ってたべるのが常であったが、たいていは、アイスクリームや生クリームをのせて食べる人が多い。
桑の実を食さない私を残念がった知人と話をしている間に、そういえば、<クロスタータ ディ フルッタ>というジャムを使った焼き菓子があったのを思い出した。たいていは、ラズベリーやブルーベリーであったような気がする。シムプルで、どちらかと云えば、招かれた地方の家庭で、食事の締めくくりのデザートとして出されたような記憶がある。南ティロルで山歩きをしていた頃、赤や黄色の木苺を山道で沢山見かけていたし、時々ホテルのデザートに<クロスタータ ディ ラムポーニ>が出されていた。そして私はこの素朴な、どこか森の気配がする<クロスタータ ディ ラムポーニ(ラズベリー)>の味わいに、たいそう親しみを感じていた。
そうか、それならば、とアングロサクソン人の思い出に触発されて、私はわが庭の桑の実を摘み取り、ジャムを作った。そしてブラックべリーならぬマルベリーのジャムで<クロスタータ ディ モーラ(ブラックベリー)>を焼いてみた。
ほゥ、結構美味しいではないか!何となく南ティロルの山々が目に浮かんでくる。
アリガトウ、アングロサクソン人よ!
桑の実は沢山冷凍庫にあるから、貴方がこの次来る時には、マルベリーのジャムでクロスタータを焼いて歓待しましょう。
