
短編小説 UNDER SNOW
6時30分。スマホの目覚ましを止め、直ぐに布団から出る。真冬の外はまだ暗いままだ。でも、いつもは憂鬱な朝も今日の朝は少しワクワクしている。
「おはよう」と声を掛けて、リビングのドアを開けると父が食卓テーブルに座り新聞を片手にコーヒーを飲みながら、
母はキッチンからひよっこり顔を出し、にっこり微笑み「おはよう」と答える。
「今日も吹雪いてるわね。バス遅れないといいわね~」
「そうだな、ちょっと早めに出掛けるかな」と言って、父は身支度を始めた。父は小学校の先生をしている。
「カヨも遅れないようにな。暖かい格好していけよ」と、言って家を出ていった。
私と父は同じバス停を使っている。私は今中2なので、同じ学校ではない。小学校の時も同じ学校になったことないけど。
「いってきます」と言って、父から遅れること30分後に家を出た。父と一緒のバスに乗るのは気恥ずかしいのもあるけど、今日は特に一緒に行きたくなかった。
バスの来る時間より5分早く着いた。急いで地面を確認する。あった!良かった。人に見つからないように靴で凍った地面をほじった。
それを見付けたのは昨日の朝だった。2月上旬の北海道は降り積もった雪が解けたり降ったりを繰り返し、凍った路面になっている。その凍った地面の下に500円玉を見付けたのは時は嬉しかった。私は何としてもその500円が欲しかった。だって、500円だよ?500円あったら、100円ショップのネイルだったら4本買えるし、推しのクリアファイルとか、ちょっと良いスイーツで贅沢したり、宝くじを買って当たれば1億円だって夢じゃない!どなたが落としたのか知りませんが、お金は天下の回り物。私が有効に活用させて頂きますね。
しかし、ちょっとほじったぐらいじゃ、なかなか取り出せない。本当だったらしゃがんでスプーンかなんかでほじりたいんだけど、人目もあるし、はずかしくて出来ない。そこで、私は熱湯入りの水筒を用意していたのだ!これなら氷を溶かして取り外せるはず。ワクワクしながら水筒を取り出そうとした瞬間、「カヨおはよう」と、同級生のヨネが話しかけてきた。とっさに500円の眠る地面を足で隠す。いつもはこの時間のバスに乗らないんじゃなかったんかいっ、と心の中で突っ込みつつ、笑顔でおしゃべりに付き合った。足でその辺の雪をかき集め500円を隠す。帰りまでに誰にも見付からないでいてね。私の500円ちゃん。
国語の授業はいつも退屈だ。私は窓の外を眺めながら、心は500円のことでいっぱいだった。最初は500円を見付けた時は、欲しいもののことばかり考えていたのだが、やっぱり人様のお金だし泥棒になっちゃうよね……。さっきはヨネに声をかけられて、邪魔された気持ちだったけど、今は一呼吸置く時間が持てたことに感謝すらしている。
お金を拾って使ったとしても、お金に名前が書いてある訳でなし言わなければ罪には問われないだろうけど、なんかね。気持ちの良いものではないよね。
交番に届けても、持ち主が500円届いてませんか?って名乗り出るだろうか。お財布なら当然行くだろうけど、500円だし。私なら行かないな。
このまま拾わずにやり過ごそうかとも考えたが、折角の獲物を他の人に渡すのも何だか腹が立つ。
そうだ。ここは、拾って両親に相談しよう。交番に届けなさいと言われたら素直に届けよう。だか、恐らくそんなことは言わないだろう。カヨのお小遣いにしなさいって、きっと言う。よし、これだ。
部活のない日の放課後は、いつも少し残って友達とおしゃべりするんだけど、今日は用事があるからと、さっさと下校した。同じバス停で顔見知りはヨネだけで、ヨネは今日役員会があるから一人で帰れる。逸る気持ちを押さえつつバスを降りた。急いで反対側のバス停に向かう。500円の在りかを足で雪を払う。あれ?……あれ?確かにここにあった筈なのに。少し場所をずらして探してみたがやっぱりない。誰かに持っていかれたみたい。さっきまで拾うことで悩んだりもしたが、無くなると無性に悔しい。今朝ヨネに会わなければ!自分の矛盾と身勝手な思考を棚に上げ、今度はヨネに恨めしい気持ちで一杯だ。ヨネ、何もしてないのに、恨まれたり、感謝されたり、そしてヨネ本人は何も知らないまま私と付き合って行くのね。なんか、ごめん。
などと、考えながら家路に着く。ちょっと悔しかったけど、500円で出来ることについて考え、手に入れる方法、罪悪感なく自分の物にする方法を考えている時間はちょっと楽しかった。ま、いっか。無くなったものは仕方がないもんね。
「ご飯だよ~」母が階段の下から私を呼ぶ。今日の夕飯はハンバーグみたい。美味しそうなデミグラスソースの香りに包まれて階段を降りる。今日は良い日だ。大好きな食事の日は全ての良くない気持ちも帳消しにしてくれる。
「あははは~それは、それは損しちゃったわね」
父と母の笑い声。
「どうかしたの?」
「お父さんこの間500円おとしちゃって、諦めてたら凍った地面の下に見付けて、取り出そうにもガチガチに凍ってて取れなくてさ、仕方ないから他の人に見つからないように埋めておいたのに、誰かに持っていかれたんだよ」
あーそういうことね。私が500円を取り出して、両親に相談したとしても、私の物にはならなかったかも。でも、父に返すならまだしも、他人に持っていかれるのはやはり解せない。忘れかけていたモヤモヤが再び膨らんできた。これで、犯人がヨネだったらしばらく口聞かないかも。またしても関係ないヨネに心の中で八つ当たりをしていると、大学に通う姉のカナが帰ってきた。
「ドーナツ買ってきたよ。食後に食べようよ」
「おかえり カナ。ドーナツありがとう!丁度ご飯だから手を洗ってらっしゃい」
夕飯を終え、みんなで食後のお茶タイムになった。
「いただきます!お姉ちゃんありがとう♪」
「ふふふ どういたしまして。今日ちょっといいことあったから、みんなにお裾分け」
「へー。どんな良いことあったの?」
「実はね、バス停に何日か前から埋まってた500円があってね、凍っててるからなかなかとれなかったんだけど、今日ようやく取れたんだ♪一人占めするのは気が引けるから、みんなで食べちゃおうと思って♪」
「それ、お父さんの落とした500円だよ。あはは カナに拾ってもらって良かった。みんなで幸せな時間を過ごせるんだからね」
私は、恥ずかしい気持ちでうつ向いた。そして、無性におかしくなって、肩を震わせた。それを見ていた母が、
「カヨ、どうかしたの」
「ううん。なんでもない。ドーナツがあまりにもおいしくて!お姉ちゃん!大好き」
「カヨが喜んでくれて嬉しいわ」
私達姉妹は似ている様で、ちよっと違う。500円をめぐる小さな小さな物語でした。
おしまい