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「自分を整える」が、あなたと周りを壊す——脳科学者×僧侶×経営者だから書ける、ウェルビーイングの落とし穴 #3 ストレスの正体と脳の仕組み

    前回は、「自分ではコントロールできない自分の身に降りかかることをどう捉えるのかが幸せに繋がるということ」と「そのための感謝の重要性と科学的エビデンス」について話をしました。

    皆さん、次に気になるところがあるかと思うんです。「じゃあ、その受け取り方って、どうやって決まっているの?」と。

    本投稿ではそこに踏み込んでいきます。
    私たちの「受け取り方」をつくっている張本人である、脳の仕組みの話です。少し専門的な話も出てきますが、できるだけ日常の言葉に翻訳しながら進めますので、肩の力を抜いて読んでいただけたら嬉しいです。

    これは、このあとの章すべての「土台」になる回でもあります!

    「分かっていても、変えられない」——脳という他人

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    ミュラー・リヤー錯視

    ちょっと面白いものをお見せしたいんですけど、ミュラー・リヤー錯視ってご存知でしょうか?同じ長さの直線なのに、両端の矢羽の向きが違うだけで、長さが違って見える、あの有名な錯視です。

    これのすごいところは、「同じ長さだ」と知っていても、どうしても違って見えてしまうというところなんですよね。何度「同じだよ」と自分に言い聞かせても、脳が勝手に補正してしまうんです。

    これ、けっこう大事なポイントだと思っていて。私たちの脳には、こういう「分かっていても変えられない」領域が、想像している以上に広がっているんです。しかも、それは目の錯覚だけの話ではありません。感情も、ストレスも、実は同じ仕組みの上で動いているんです。

    なので、もしこの先の話を読んで「自分は分かっているのに、なんでできないんだろう」と感じることがあっても、まったく落ち込まないでください。それは意志が弱いからではなくて、脳がそもそもそういう作りになっている、というだけの話なので。

    認識する前に、もう怒っている——脳の警報装置

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    危険運転による怒りの発生メカニズム

    例えば、車を運転していて、急に割り込まれた。あるいは、会議で自分の提案に「それはちょっと違うんじゃない?」と言われた。

    その瞬間、どうなるでしょうか?「いやいや、冷静に。相手も急いでいたのかも」と頭では分かっていても、もうカッと熱くなっている。心臓がバクバクして、声のトーンが上がる。そんな経験ありませんか?

    普通に考えたら、「状況を判断する → 危険だと理解する → 感情が湧く」のはずです。でも実際は、理解するより先に、もう体が反応している。この"逆転"には、ちゃんと理由があるんです。

    「扁桃体」という脳の警報装置

    私たちの脳の奥深くに、「扁桃体」という小さな部位があります。これがいわば、脳の警報装置なんですね。

    扁桃体のすごいところは、情報の詳細を分析する前に、「今この瞬間、自分にとって危険かどうか」を、一瞬で、無意識のうちに判定してしまうところです。

    ざっくりした情報だけで「危ないかも」と判断して、心臓を速くしたり、体をこわばらせたりする。詳しい分析は後回しで、まず体を守ることを優先するわけです。

    ここが面白いところなんですけど、扁桃体が起こしているのは、厳密には「感情」そのものではないんです。心臓がドキッとする、手に汗をかく、体が固まる、そういう体の反応を、まず瞬時に引き起こします。

    そして、その体の変化を、脳が後から「これは怒りだ」「これは恐怖だ」と解釈する。その解釈こそが、私たちが「感情」と呼んでいるものの正体なんですね。だから、"わかっていても"イラッとしてしまうんです。

    これを裏づける面白い研究があります。ウェイレンらが1998年にJournal of Neuroscienceで報告したものなのですが、恐怖の表情を、本人が「見えなかった」と言うほど一瞬だけ見せる。それでもfMRIで脳を覗くと、扁桃体だけはしっかり反応していたんです。

    意識が気づくよりも前に、警報装置はもう鳴っている、ということですね。

    扁桃体の重要性と現代社会における問題

    念のため言っておくと、扁桃体は決して悪者ではありません。山道でヘビに出くわしたとき、「毒はあるかな、体長は…」なんて考えていたら噛まれてしまう。考えるより先に体を飛びのかせる。命を守るために、進化の中で獲得してきた、いちばん大事な仕組みのひとつなんです。

    ただ、現代ではこの仕組みが、人間関係のすれ違いやハラスメントの火種にもなってしまう。相手はただ意見を言っただけなのに、扁桃体が「自分の立場が脅かされた」と生存レベルで判定して、防衛モードに入ってしまうんですね。

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    会議中のコミュニケーションによる感情の揺れ動き

    実を言うと、だからこそ知識を詰め込む、座学だけのウェルビーイング施策やメンタルヘルス施策、アンガーマネジメントやパワハラ研修は根本的な解決にはならないのです。脳の構造を変えないといつまで経っても同じことが繰り返されます。

    正直に言うと、脳科学を研究している私自身も、扁桃体の反応そのものは止められません。ちょっとイラッとして、あとから「あれは自動反応だったな」と反省することもしょっちゅうです。でも、「これは扁桃体の防衛反応なんだ」と知っているだけで、反応した"後"の行動は変わってくる。ここに、実は希望があるんです。

    本当にしんどいのは、ブレーキが効かないとき

    扁桃体が非常ベルを鳴らすこと自体は、止められない。では、何が問題なのでしょうか?それは、その反応が抑制できずに続いてしまうことなんですよね。

    実は、扁桃体とセットで働く、もうひとつ大事な部位があります。脳の前の方にある「前頭前野の一部(背外側前頭前野、腹内側前頭前野)」です。

    ここは、扁桃体が鳴らした非常ベルを受け止めて、「あ、今自分はイラッとしているな」と客観的に認識したり、過剰な反応を抑えたりする。いわば、感情の"ブレーキ"役です。

    健康な状態なら、扁桃体が反応しても、このブレーキがちゃんと効いて、イラッとした感情はすぐに収まっていきます。ところが、たとえばうつの状態にある方の脳では、このブレーキの部位がうまく働かなくなることが分かっています。非常ベルは鳴り続けるのに、それを受け止める側が動かない。結果、ネガティブな感情から抜け出せなくなってしまうんです。

    つまり、本当にしんどいのは「イラッとしたこと」そのものではなくて、それが続くことなんですよね。一瞬カッとなっても、すぐ冷静に戻れるなら、そこまでの負担にはならない。問題は、受け止めて処理する側の力が弱っているときなんです。

    ストレスの正体は「出来事」ではなく「思い返すこと」

    前回にも少しお話しましたが、この「続いてしまうことがしんどい」という話をもう少し掘り下げていきます。

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    反芻思考で眠れなくなっている人

    夜、ベッドに入ってから、昼間に言われた一言が頭の中で何度もリプレイされて眠れない。明日のあの場面のことを考えて、そればかりがぐるぐる回る。
    そんな経験、ありませんでしょうか?これは、脳科学で「反芻(はんすう)」と呼ばれる現象です。

    そもそもストレスって何なのかについては、ラザルスとフォークマンによって、「ストレスとは出来事そのものではなく、その出来事を自分がどう評価するかによって生じるもの」だと定義されたという話をしました。

    そして、この受け取り方の中でも特にやっかいなのが、反芻なんです。パイパーらが2010年にPsychosomatic Medicineで発表した研究では、人々の心拍を数日間ずっと計測しながら、何を考えているかを記録してもらいました。

    すると驚いたことに、「ストレスフルな出来事」そのものは心拍の大きな変化と結びついていなかった。むしろ、「心配」や「反芻」をしているときに心拍が上がり、しかもその影響が、考えるのをやめた後も1〜2時間続いていたんです。

    ブロッショットらは2006年に、この現象を「保続的認知仮説」と名づけました。要するに、10分の嫌な出来事を、その夜3時間考え続けたら、体にとっては3時間ストレスを浴び続けているのと変わらない、ということです。しかも反芻しているときは体を動かしていないので、「戦うか逃げるか」で準備されたエネルギーが行き場を失って、心臓や血管に負担をかけ続けてしまう。

    さらに驚くのが、ゾコラらの2010年の研究です。2週間も前のストレス体験を、思い返してもらうだけで、ストレスホルモンであるコルチゾールが上がったのです。

    つまり、ストレスの正体は、外で起きた「出来事」ではなく、それを脳が後から処理し、繰り返し再生してしまう「脳の反応」のほうにある。そして、その反応は自動的に起きるので、私たちはそこに直接、手を入れることができない。これが、脳の中で起きていることの、ざっくりとした全体像です。

    では、脳は変えられないのか?——マインドフルネスの本当の意味

    ここまで読むと、ちょっと絶望的に聞こえるかもしれません。感情も、ストレスも、ぜんぶ脳の無意識の自動反応で、意志ではどうにもならない。じゃあ、私たちはなす術がないのか?と。

    でも、ここからが本題なんです。

    たしかに、扁桃体の反応「そのもの」は止められません。でも、その反応を受け止める力、気づく力、処理する側の働きである「脳の反応」は、変えることができるんですね。

    脳には、使えば使うほどその部分が育つという性質「神経可塑性」があるからです。本当に、筋トレと同じなんですよね。

    そして、この「脳の反応を変えるトレーニング」こそが、マインドフルネスの本質なんです。よく「呼吸に集中しましょう」「今ここに意識を向けましょう」と言われますが、あれは方法のごく一部を切り取ったものにすぎません。

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    マインドフルネスで気づく

    本質は、集中して無になることでも、ただリラックスすることでもない。自動的に湧いてくる反応に「気づき」、そこから一歩引いて「観察」できるようになること。ここが、本当に大事なところです。

    観察とウェルビーイング

    そして、ここでこの本のいちばん大事な問いにつながる種を、ひとつ蒔いておきます。

    脳の自動反応に気づき、観察できるようになることが大事と言いました。ただ、それだけではないんですよ。
    これは、あくまで脳の自動反応にブレーキをかけられるようになるという話で、本書の最初にした「幸せ」と「感謝」には繋がっていないように思いませんか?

    そうなんですよ。この「自分の自動反応に気づき、観察する」というのはあくまで入口です。その次のステップとして、「幸せ」と「感謝」に繋がっていきます。ただし、次のステップとは言いましたが、それこそが本質的に大事なポイントになります。

    (ちなみに、人の意志では止められないこうした心の動きを、仏教では「煩悩」と呼び、どう付き合っていくのかが体系立てられています。このあたりの深い話は、また別の機会に。)

    次回予告

    今回は、私たちの「受け取り方」をつくっている脳の仕組みである扁桃体、そのブレーキ役である背外側前頭前野や腹内側前頭前野、そして反芻との関連性を解説してきました。これが、この先の章を読み解くための土台になります。

    では次回。ここからいよいよ、本書のテーマである「整うの方向性」の話にに入っていきます。私が関わってきた企業のウェルビーイング施策の現場では、アプリを入れ、研修をし、面談を増やし……それだけ手を尽くしても、なぜか状況が変わらない、ということが起きていました。

    なぜ、これだけやっても効かないのか?その答えこそが、この本のタイトルにある「整えるの矢印」の話につながっていきます。

    それでは、また次回お会いできることを楽しみにしております!

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