
10年ぶりの本の感触~『明日、あたらしい歌をうたう』
活字を読まなくなって久しい。
それでも書店で本を眺めるのは好きだ。
知らない作家ばかりだけど。
こういう本が売れてるのかな。
あ、賞を取った本だ。
ふと、ひときわカラフルな一角が目に入った。
引き寄せられるように向かった先に、その本はあった。
なんてうつくしい。
角田光代の新刊だった。
『明日、あたらしい歌をうたう』
いいタイトル。
色紙もあった。
よろしくお願いしますと、
作者直筆のメッセージだ。

本を開いてみると、一通の手紙がはさまっている。
購入者特典だ。心憎い演出だなぁ。
第一章の冒頭を読む。
一気に引き込まれた。続きが気になる。
ああ、でも、読み切れるかな。自信ないな。
私は葛藤の末、その場を後にした。
だけど売場を離れても、色紙の文字が頭から離れない。
もう一回、角田さんの文字を見たい。
戻ったら、本を手に取りレジに向かっていた。
家に帰るとすぐに、封筒を開けた。

角田さん、お手紙ありがとう。
わたしも、うれしいです。
私は便箋をていねいに封筒に戻し、本にそっと触れた。
帯を取り、カバーをめくり、表紙にあらわれたのは、
躍動する動物たちのイラスト。かわいい。
しおり紐までおしゃれだわ。
心ゆくまで観賞し、ざらざらした紙の懐かしい感触を堪能した。
そして翌日から読み始めた。
1日目、物語の前半を読んだ。
読み切れるかという懸念は、杞憂だった。
後半は翌日のお楽しみだ。
後半に入ると、物語はどんどん加速した。
幼かった主人公は成長し、玄関に飾られたロックスターは父親ではないと知る。
では本当の父親は誰なのか。
なぜ死んだのか。
なぜ母は父親のことを話さないのか。
謎解きの冒険に出た主人公は、時に危なっかしく、時に勇敢だった。
ページをめくる指が止まらなくなる。
これ以上はストーリーは追わない。
帯にあるように、
自分がなぜここに生まれてきて、
なぜ生きているのかわからない人たちが、
あるとき、生きるにあたいする世界と出会う。
これはそんな物語です。
――角田光代
珠玉の青春小説であり、親子小説であり、胸を打つ恋愛小説。
だった。
クライマックスは、母親の長台詞。
長年胸にしまっていた真実が、ことばとなってあふれ出す。
条件反射みたいに、私も涙があふれ出した。
登場人物たちとは価値観も違う。
共感でも同情でもない、
どこか心地よい涙だった。
読み終えてから、事前に読んでいた角田さんのインタビューを思い出した。
もっと楽しく小説を書きたかった
誰にも頼まれていないけど小説を書いてみよう、
自分の中にある題材を使って書きたいものを書いたら、できあがった
『明日、あたらしい歌をうたう』は、書く楽しさの原点回帰だったのだろう。
私はひとりの小説家の、文学への敬意とあくなき挑戦を感じていた。
神は細部に宿るというけれど、一語一語に瑞々しい生命力が宿っていた。
もしかすると私は、角田さんの創作魂に涙したのかもしれない。
20代30代の頃の私は、本が好きだった。
図書館で上限の10冊を借り、貸出期限日にまた借りる。
私の部屋の隅にはいつも本が積まれていた。
同じく本好きの母とはよく小説の話をしていたが、15年前に急逝。
私は9年前に結婚。年子の育児に追われてまったく本を読まなくなった。
10年間、私は本を読まなかったけれど、
子育てという「生きるにあたいする世界」を生きていた。
お花畑のようなその本が、ささやいた。
おかえり。
ただいま。
私はにんまりして、そっと本棚にしまった。

毎日見ていた海。