
写真が1番楽しかった時
写真を撮る人なら全員、自分が撮った“忘れられない1枚“というものがあるはずだ。
どこにも載せたこともない。
けど自分の中では何年経っても覚えている、そんな一枚。
そういう写真を最後に撮ったのはいつだろう。
最近は旅のお供として全世界へ一緒に飛び回っている相棒FUJIFILMだが、ここ数年はもはやそれ以外で全く使わなくなってしまった。機材は重くて持ち運ぶのもめんどくさい。もう売ってしまおうか…代わりにもっと軽くて持ち運びしやすいGRに変えようかな…と思い始めてしまっているくらい写真に対しての熱量はすっかり落ち着いている。
今回のアフリカ旅の写真をいつも通りLightroomでレタッチしようとしたらついに容量がいっぱいになり、仕方なく過去の写真を整理することに。
懐かしい写真がたくさん出てきた。
今日は私が写真を始めたきっかけ、三度の飯より写真を撮るのが楽しかった頃について残そうと思う。

当時、高校生だった私は、よく帰りのホームルームが終わると同時に学校を飛び出していた。ダッシュで駅に走り、千葉行きの電車に駆け込む。今日こそは夜のパレードで撮りたい構図があるんだ!そんなことを考えながら、ルンルンで某テーマパークへ向かう。
いわゆるDオタだった。
お目当ては、アトラクションでもキャラクターでもない、パレードやショーで踊るダンサーさんたち。周りからは「そこ!?」とよくツッコまれた。普通はキャラクターを見るところだ。でも私は、ずっと同じ表情のキャラクターよりもダンサーさんたちの方が観ていて楽しかった。
音楽に合わせて動く身体。一瞬だけ魅せる表情。衣装が風を受けて揺れる瞬間。何十人もの出演者が、一斉に動く迫力。
躍動感のある踊りとキラキラした表情がたまらなく綺麗でかっこよかった。それをファインダー越しに追いかけるのがとにかく楽しかくて、この空気感とか臨場感を写真で残せるようになりたいなと思った。




写真は一瞬を切り取る表現だが、その一枚を生み出したのは本当にその一瞬だけなのだろうか?
自分はNoと答える。
写真にはシャッターを切る前に撮影者がその場で過ごした時間まで写っていると思う。
たかが一枚。でも、その一枚のためにその場でどれだけ待ったのか。どんな光を探してどんな瞬間を狙っていたのか。そしてここまで根気強く粘って撮ったんだ!というこだわりは自分にしか分からない。
だからこそ自分の中で忘れられない一枚が生まれる。
特に季節のイベントの初日は、序盤は出演者やキャラクターの動きを追うだけで精いっぱいになる。どこへ移動するのか、どのタイミングでフロートが動き出すのか、誰が前へ出てくるのかが何も分からない。
だが何枚か撮っているうちに、少しずつ流れが見えてくる。
この間奏で立ち位置が変わってこの位置で停止する。
それが分かれば、表情が生まれてから慌ててカメラを向ける必要はない。表情が生まれる場所で、先に待てるようになる。そしてそれを撮るために2、3時間場所取りをしたりする。被写体のリズムと自分の感覚が合い始め、今だという瞬間にシャッターを切る。理想の写真が撮れた時には達成感でもうドーパミンがドバドバである。
私はただの趣味だったけど、動物とか風景フォトグラファーの皆様は理想の光や風や観光客などの人の往来が途切れるまで根気強く待っているということでしょ、、、?
尊敬します。













ところでダンサーさんの衣装って、季節・作品の世界観がギュッと詰まってて最高じゃないですか?(当たり前)
ただでさえ素晴らしく洗練されたデザインなのに、更に人の動きに合った衣装なのが凄い。腕を上げた時どう見えるかとか、回転した時、風を受けた時どう動くかとか考えられているんだろうな〜と思うと、本当にデザイナーさん、パタンナーさん尊敬です。写真を撮っているとこういうところまで見えてくるのが面白い。






写真には、どうしようもない現実とかつまらない日常を彩ってくれる力があると思う。
ファインダーを覗いている間は余計なことを何も考えずにいられる。夢中になって被写体を追いかけてシャッターを切る。その時間が好きだった。
今思えばかなりの執念だった気もするが。
つい最近、朝井リョウの『インザメガチャーチ』を読んだ。令和の嫌なところがギュッと凝縮していて読んでいてザワザワした(笑)と同時に、あの頃の自分を少し思い出した。
私は昔からアイドルや歌手に興味がなかったので「推し」と呼ぶ存在がいたことがなかったのだが、いろんなダンサーさんの写真を撮っていると、この人の踊りとか表情好きだなーってゆうのが出てくる。正直、それまで自分自身のことよりもグッズやイベントにお金や時間をかけて情熱を注ぐKPOPアイドルオタクの友達を見て、どうしてそこまでできるん?と冷ややかな目で見ていたのだが(本当にすみません)気づいたら自分も年パスを買って気づいたらそっち側に立っていた。
そしてオタクになって良いことが現地で友達ができることだ。1人で通っていたはずなのに、いつの間にか知り合いが増えていて、いつ行ってもパレードルートに誰かしら友達がいるのはとても楽しかった。
コロナの時期をきっかけに、年間パスポートというチケットは廃止され、自分は社会人になったタイミングでもあったことから自然と足を運ばなくなった。
その後も日常を切り取ったり、旅に持ってったりと時々カメラには触れるが、今はあれ程夢中にはなれない。写真そのものが好きだったのと同じくらい、何かに夢中になっていたあの頃が少し恋しくて懐かしい。
KPOPアイドルのオタクの友人は今でもライブ遠征が楽しみなんだと会うたびルンルンに話してくれる。それをいつも私は微笑ましくも羨ましく思いつつ聞かせてもらっている。話を聞いていると“自分の時間を削ってまで情熱を注げる何か“があることは人生においてものすごくポジティブな影響をもたらしてくれていたなーと思う。
写真消すつもりだったのに一枚一枚見入っちゃって気づいたら記事まで書いちゃった。

