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mirecat
最後に娘に渡したもの
今日、娘が新居へ最後の荷物を運んでいった。
「え?今日から?」
と聞くと、
「うん、多分そうなる。」
と笑っていた。
なんとも娘らしい。
私も
「あ、そうなんだ。」
くらいの感じで見送った。
最後に手渡したものは何だったと思いますか?
刻みネギです(笑)。
先日、一緒にスーパーへ買い物に行った時、
ラーメンやそうめんも食べるだろうなと思った。
でもネギは日持ちしないから、その日は買えなかった。
だから朝、ネギを刻んでジップロックに入れて渡した。
高価なプレゼントでもない。
感動の手紙でもない。
刻みネギ(笑)。
でも、暮らしって、案外こういうことなんだと思う。
ラーメンを作ろうと思った時、
「あ、ネギがある。」
その小さな安心。
親が子どもに渡せるものって、
実はそんな日常なのかもしれない。
そして、今日もう一つ大きな出来事があった。
10年間続けてきた活動を振り返り、
「姿勢は目的ではなく、社会に向けた一番大きな入口だった。」
という言葉にたどり着いた。
ブランドストーリーが見つかった朝。
そして、その数分後には、
娘が刻みネギを持って家を出た。
人生って不思議だ。
大きな節目の日ほど、
最後に残る思い出は、
案外こんな何気ないことだったりする。
きっと何年かしたら、
ブランドストーリーより先に、
「あの時、お母さんが最後に持たせてくれたの、刻みネギだったよね。」
なんて笑っている気がする。
人生の節目を思い出す時、案外一緒に思い出すのは、刻みネギみたいなことなのかもしれない。
私はそういう日常が、けっこう好きだ。
