
小説:【僕たちの恋には、卒業式がある】第10話:動き出すミニバンと、三列目の特等席
あの学食での約束から、瞬く間に二週間が過ぎた。
6月に入り、初夏の爽やかな風が吹き抜ける日曜日。今日は待ちに待ったグループデートの当日だ。
集合場所は、大学の近くにある駅の前。時計の針は朝の8時55分を指していた。
「陸のやつ、ちゃんとレンタカー借りて来られるかな……」
今回のドライブのために、運転が得意な陸がミニバンを借りて運転してくれることになっていた。集合時間の8時より少し早く着いた僕は、一番乗りで駅前のロータリーを見つめていた。
すると、1分も経たないうちに、人混みの向こうから見覚えのある姿が小走りで近づいてきた。
「将星! おはよ!」
明るい声とともに現れた楓は、ポニーテールに揺れる黒髪と、サマーニットにフレアスカートという、今日も目が眩むほど可愛い私服姿だった。
「おはよ、楓。一番乗りかと思ったら、すぐ来たね」
「ふふ、楽しみで全然眠れなかったんだもん。将星に会うのも、数日ぶりだしね」
誰も見ていない一瞬を狙って、楓が僕の袖をきゅっと引く。二人きりの時は、大学での『マドンナ』の顔ではなく、完全に僕だけの恋人の顔になってくれる。そのギャップに、僕の心臓は朝からいそがしく跳ね上がった。
二人で他愛のない話をしていると、「おーい、二人とも早いな」と声がした。
振り返ると、大輝が、少し大人っぽい雰囲気の綺麗な女性と手を繋いで歩いてくるところだった。
「将星、秋山さん、紹介するね。彼女の美穂(みほ)」
「初めまして、美穂です。大輝からいつも二人の話を聞いてたから、今日会えるの凄く楽しみにしてたの」
美穂さんは優しく微笑みながら、丁寧にあいさつをしてくれた。僕より二つ年上の彼女は、落ち着いていて、いかにも一途な大輝がお似合いの素敵なお姉さんという印象だった。
「初めまして! 建さ秋山楓です。美穂さん、よろしくお願いします!」
楓が満面の笑みで美穂さんの手を取る。
陸が車で迎えに来るまでの短い間だったけれど、楓の持ち前の人懐っこさと、美穂さんの包み込むような優しさは相性が抜群だったようで、二人はあっという間に楽しそうに話し込んで打ち解けていた。女子同士のコミュニティにすんなり馴染んでいく楓を見て、僕はどこか誇らしい気持ちになる。
(プップー!)
賑やかなクラクションの音とともに、ロータリーに大きな白い車が滑り込んできた。
陸が運転する、ピカピカの7人乗りミニバンだ。
「おっしゃー! 全員揃ってるな! 最高のドライブ日和だぜ!」
運転席の窓から陸が顔を出す。その助手席には、少し派手めでお洒落な、いかにも陸の好みにぴったりな女の子が座って、小さく手を振っていた。陸の『今一番仲が良い彼女(らしき人)』だ。
大輝が手際よくスライドドアを開ける。
今回の席順は、助手席に陸と陸の彼女。2列目のゆったりしたシートに、大輝と美穂さん。そして、一番奥の3列目のシートに、僕と楓という順番だった。
「よいしょ……わ、3列目ってなんか秘密基地みたいでワクワクするね」
楓が嬉しそうに奥のシートに滑り込み、僕もその隣に腰を下ろした。シートベルトをカチリと締める。
ミニバンの大きなエンジン音が響き、車がゆっくりと動き出した。
車内には陸が用意したアップテンポな音楽が流れ、助手席からも2列目からも、楽しそうな話し声が聞こえてくる。
流れる景色を眺めながら、僕は二週間前の学食での作戦会議を思い出していた。
◇(回想)
『ねえ、今度の休み、どこ行こうか?』
学食でトレイを囲みながら、陸がスマホの画面をみんなに見せた。
『せっかく車出すんだから、ちょっと遠出したいよな』
『うーん、6月だし、そろそろ暑くなってきたから涼しいところがいいな。水族館とかどう?』
大輝の提案に、楓が「あ、水族館いいね!」と身を乗り出した。
『私、お気に入りの古い建物の近くにある、大きな水族館に行ってみたかったんだよね。確か、車で2時間くらいのところにあるやつ!』
『お、そこなら俺も行ったことあるわ。あ、しかもさ、あそこの水族館、今の時期なら事前予約すれば、敷地内のテラスでバーベキューができるらしいぞ』
陸の言葉に、僕たち全員の目が輝いた。
『昼はみんなで肉焼いて、午後は涼しい水族館でイルカショー見る。完璧なプランじゃん!』
『よし、じゃあ昼飯はバーベキューで決まりな!』
◇(回想終わり)
「――将星、起きてる?」
ふいに、隣から小さな声がして、僕の思考は現実に引き戻された。
横を向くと、3列目のシートの絶妙な狭さのせいで、楓の肩が僕の腕にぴったりと触れていた。前を向くと、2列目の高いシートの背もたれが壁になっていて、前の4人からは僕たちの手元が死角になっている。
「バーベキュー、楽しみだね」
楓がそう言いながら、シートの隙間で、そっと僕の手を探し当ててきた。
細くて、温かい、二週間前のあの夜に繋いだ彼女の手。
前方の席では、陸が「次のパーキングでアイス買おうぜ!」と大騒ぎしていて、大輝と美穂さんがそれを笑って宥めている。そんな賑やかな車内の喧騒の裏で、僕と楓は、誰にも見えないようにしっかりと手を繋ぎ合っていた。
3列目のシートは、僕たちだけの小さな、秘密の特等席だった。
ミニバンは高速道路へと乗り上げ、2時間先にある、青い海と水族館を目指してスピードを上げていく。これからの楽しい1日の始まりに、僕たちの胸の鼓動は、車の振動に負けないくらい高鳴っていた。