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わたしを闇から救いあげおくれたのは、スヌパヌ゚クセレント最䞊玚の「恩垫」だった

人生を救っおくれた先生がいる。

「人生を救っおくれたなんお倧袈裟な・・・」ず思うかもしれない。でも事実なのだ。

タラレバを承知で曞くず、その先生ず出逢っおいなければ、今のわたしは間違いなくいない。

♢

家庭環境に恵たれなかった。子ども時代は黒歎史だ。

父は日雇い職人。仕事ぞのプラむドは高く腕のいい職人だったが、家では最悪の父芪だった。

ギャンブル狂で倧酒呑み。おたけにひどい酒乱だった。絊料のほずんどをギャンブルに擊るこずもたびたびあり、家にはお金がなくおい぀も困っおいた。䜓の匱い母は働けず、お金がないのはデフォルトで、父ず母はお金のこずで喧嘩ばかりしおいた。

口喧嘩だけでなく、いたでいうDVやモラハラの毎日。わたしの目の前で、父は母を殎ったり蹎ったり眵ったり。母はい぀もどこかに痣があった。喧嘩ばかりの日垞にマヒしおいたわたしは、家庭っおいうのはどこもこんなもんだず思っおいた。

お金がないから借家䜏たい。掋服は芪戚のおさがりで、映画や倖食なんか行った蚘憶もほずんどない。

父がギャンブルに勝぀ずそのお金はお酒に倉わり、酒量が増した父はさらに暎れるずいう無限ルヌプ。ギャンブルに負けおお金が底を぀くず、母は芪戚に頭を䞋げお借金をした。

そんな生掻がずっず続いた䞭2のころ。

進路を考えはじめる時期になったが、どうせ家にはお金がないし、近くの高校に行っお地元で就職かな。がんやりそんな想像をし、勉匷はテキトヌだった。

ある日。父が消えた。䞭2の倏のこずだ。

父は家族党員の通垳を持ち、働けない母ず子どもたちを眮いおある日突然いなくなった。これを「蒞発」っおいうのか。そう思った。

DVずモラハラの父がいなくなり家は穏やかになるかず思ったが、そんなわけがない。だっおお金がない。収入はれロになり、たすたすお金に困った。

こんな状態で進孊なんおできるの

勉匷する気は倱せた。勉匷しおも進孊できないかもしれない。たずえ近くの高校に行けたずしおも、孊費を払えずに䞭退するかもしれない。

♢

äž­3になり、転任しおきた先生がわたしの担任になった。T先生だ。

転任前から、校内はT先生の噂でもちきりだった。なんでも、ずにかく怖くお厳しくお鬌のような人だずいう。い぀も竹刀を持ち歩き、悪いこずをした生埒を容赊なく叩くらしい。

わたしの䞭孊は地域で評刀の「悪い」孊校で、掟手な生埒が倚く治安がよくないこずで有名だった。

圓時流行りの長い孊ランや長いスカヌトをはいたダンチャな生埒たち。授業をサボり校舎裏で煙草を吞ったり、他のクラスの授業を邪魔したり。

髪はパヌマかカラヌかリヌれント。口玅だっおあたりたえ。攟課埌に先生を呌び出しお殎ったり、授業䞭に先生の胞ぐらを぀かたえお喧嘩を売ったり、バむクで校庭に乗りいれたり。

ずにかく曞くずキリがないのだが、ドラマ「今日から俺は」のような孊校だった。

「悪い」䞭孊校に送り蟌たれたT先生の䜿呜は、生埒を正し、健党な孊校を぀くるこず。あずになっお聞いたのだが、どんな先生を送り蟌んでも䞀向に良くならない孊校を改善する、教育委員䌚にずっお救䞖䞻のような存圚、それがT先生だったらしい。

♢

教宀に入っお驚いた。

問題児ずいわれる生埒の倚くが同じクラスだったからだ。䞍良ではないけれど、家庭環境の耇雑な生埒も倚かった。父が蒞発したわたしも「耇雑な家庭環境枠」でT先生のクラスになったんだろう。そう思った。

「これから毎日先生は1人1人ず亀換日蚘するぞ。いいか。1行でも2行でもいいから毎日必ず曞け。党員だぞ、分かったか」

そう蚀うずT先生は竹刀でバシヌンず教壇を叩いた。倧声で話し教宀をりロりロしおいた生埒たちは䞀瞬で静たり返り、自分の垭に戻った。

最初は、郚掻の話などささいなこずを亀換日蚘に曞いおいたが、だんだん自分の内面を曞くようになった。

T先生は必ず赀ペンで返事をくれた。

お父さんがいない間、おたえがお母さんの支えになっおあげるんだぞ

お父さんはきっず芋぀かるから、それたではおたえのすべきこずをちゃんずしおおこうな


返事を読むかぎり、T先生がわたしの家の本圓の状況を知っおいるずは思えなかった。わたしは父の様子や家の状況を亀換日蚘に詳しく曞いた。いたたで恥ずかしくお友達にも誰にも蚀えなかった状況を。

たぶん誰かに聞いおもらいたかったんだ、ずっず。

♢

次の日の攟課埌、郚掻に行こうずしたらT先生に呌び止められた。

「ちょっず時間いいか」

亀換日蚘をもずに、進路盞談宀でT先生ず話をする。「うんうん」「そうかそうか」「ずっず蟛かったな」ず蚀い、T先生は話を聞いおくれた。鬌のように怖いず評刀の先生だったけど、鬌じゃなかった。党然鬌じゃなかった。

その数日埌、T先生は季節倖れの家庭蚪問で家に来た。わたしの進路に぀いお母の考えを聞いたらしい。そのこずが亀換日蚘に曞かれおいた。

わたしはその返事ずしおこう曞いた。

家にお金がないから勉匷しおも高校に行けるかどうか分からない。だから勉匷する気もおきたせん。


攟課埌、T先生に進路盞談宀に来るように蚀われた。

「おたえの気持ちも分かる。先生がもし䞭孊生で、おたえの立堎なら、そう思うかもしれない。だけどな。先生は倧人だし、おたえよりは䞖の䞭を知っおる」

「カミヌノ、おたえ自分の人生を倉えたいっお思うか」

--- 人生を倉えたいそんなこずできるこの状況で高校に行くお金もないのに

「いたのたただず、おたえの人生ずっずこのたただぞ。高校出お働いお、このあたりに䜏む。芪埡さんず同じように生掻しおいく。それでいいのか」

「それ以倖になにがあるんですか人生倉えるっおどうやっおこんな田舎なのに」

「勉匷だよ。カミヌノ、勉匷しおどんどん成瞟䞊げろ。そしたら絶察にいたの生掻から抜け出せる。抜け出せたら間違いなくおたえの人生倉わるから」

--- 勉匷

「䞀生懞呜勉匷しお成瞟が䞊がれば、次のステップが芋える。そしたらそこから必ず道が開ける。おたえの人生の道だ、おたえが開け。そのためには勉匷だ。おたえならできるから」

♢

その日を境にがむしゃらに勉匷するようになった。いたの家庭環境から抜け出したい。T先生の蚀葉を信じたい。

盞倉わらず家にお金はなくお母は芪戚から借金しおいたし、父も蒞発したきり芋぀からなかった。お金もないのにどうやっお高校に行くのずいう疑問はあったが、T先生の蚀葉にすがるような思いだった。

「おたえの人生の道だ、おたえが開け」


抜け出したい。ここから抜け出しお人生を倉えるんだ。その思いは日に日に匷くなり、わたしの勉匷の゚ネルギヌになった。

成瞟はもずもず“䞭”くらいだったが、勉匷スむッチが突然ONになったわたしの成瞟はメキメキず䌞びおいった。成瞟が䌞びお喜んだのはT先生ずわたしで、母はあたり喜ばなかった。

ずいうのも、自転車で通える高校はどれも“䞭”の成瞟で十分だったからだ。それ以䞊成瞟が䌞びおも、電車で通わないずいけない進孊校には行かせられない、定期代たで出せないから、ずいう理由だった。

お金がないずいろんな壁が立ちはだかる。

T先生ずの亀換日蚘に、定期代たで出せないから進孊校は無理ず母に蚀われた、ず曞いた。それを知ったT先生は䜕床目かの家庭蚪問をしおくれお、母ず話をした。

「お母さんの蚀葉、気にすんなよ。おたえは成瞟を䞊げるこずだけ考えろ。行きたい高校に必ず行けるから」

T先生のその蚀葉を信じ、ずにかく成瞟を䞊げるこずだけを考えお勉匷し続けた。

♢

志望校を決める時期。父が姿を消しお1幎。盞倉わらず父は芋぀からないたただった。

わたしは孊区内のトップ進孊校に十分足りるたで成瞟が䞊がっおいた。それでも母は、自転車で通える近所の高校に行っおもらいたいず繰り返した。

勉匷は楜しいっお気づいたし、進孊校に行っおみたい。わたしの思いは日に日にふくらんだ。

䞉者面談の日。

わたしは進孊校に行きたいず思っおいお、母は近くの高校に行っおもらいたいず思っおいた。家での話し合いも平行線。シヌンずしたたた迎えた䞉者面談で、T先生は蚀った。

「お母さん、カミヌノさんはすごく勉匷しお成瞟が䞊がったんですよ。だから少しでもいい孊校に行っおもらいたいず私は思いたす。ご家庭の状況はよく存じおいたす。お母さんのお気持ちも分かりたす。でも奚孊金をもらえるなら、話は倉わっおくるんじゃないでしょうか」

T先生は、曞類の入った封筒をいく぀か母に差し出した。

「カミヌノさんの成瞟なら、奚孊金の貞䞎ではなく絊付で審査が通りたす。孊費を払う必芁はありたせん。お母さん、カミヌノさんの行きたい高校に行かせおあげおください」

T先生は立ち䞊がり、母に深くお蟞儀をした。鬌のように怖いず思われおいるT先生が、わたしのために母に頭を䞋げおいる。こんなこずをしおくれる先生がいるのかず、䞭孊生のわたしはずおも驚いた。

♢

先生の説埗のおかげで、母はわたしが進孊校を受隓するこずを蚱しおくれた。わたしは奚孊金をもらい、進孊校に行くこずができた。進孊校に行ったおかげで、倧孊ぞの道も開けた。

がむしゃらに勉匷すれば次のステップに぀ながり、自分の生掻を倉えるこずができる。それを教えおくれたのはT先生だ。

もしT先生に出逢わなければ、あの生掻から抜け出せないたただった可胜性は高い。

わたしの人生に光を射しおくれた人、わたしを救いあげおくれた人、それがT先生だ。

䞭孊を卒業しお35幎ほど経぀が、T先生ずはいたでも連絡をずり続けおいる。バレンタむンンチョコは毎幎欠かさないし、手玙やLINEでのやりずりもする。田舎に垰るずきは必ず連絡をし、近況報告がおら矎味しいものを䞀緒に食べに行く。

定幎退職埌、T先生は倧奜きな畑仕事ず絵画に時間を䜿い、ずきどきお孫さんたちの䞖話をしおいる。幎に数回、畑でずれた新鮮野菜を、達筆の手玙ず䞀緒に送っおくれる。

亀換日蚘をしおいたころず倉わらないその筆跡に、ひどく懐かしくなる。


わたしがフリヌランスになろうかなず蚀ったずき、「カミヌノなら倧䞈倫だ。先生は心配しおない。おたえならやれるから」ず応揎しおくれた。

T先生を心の底から信頌し、い぀も感謝しおいる。「恩垫」ずいう蚀葉では足りないくらいの「恩垫」をどう呌べばいいのだろう。

わたしにずっおT先生は、スヌパヌ゚クセレント最䞊玚の「恩垫」である。

「おたえの人生の道だ、おたえが開け」


進む道に迷ったずき。ふず立ち止たったずき。目を閉じお、T先生のこの蚀葉を思い出す。

「おたえの人生の道だ、おたえが開け」

自分でそう぀ぶやき、腹をくくる。次なる1歩を螏み出すために。新たな景色を芋るために。

いいなず思ったら応揎しよう

み・カミヌノ 倧切な時間を䜿っお最埌たで読んでくれおありがずうございたす。あなたの心に、ほんの少しでもなにかを残せたのであればいいな。 スキ、コメント、サポヌト、どれもずおも励みになりたす。

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