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メキシコに移䜏した理由

    今日は僕がメキシコに移䜏するずいう決断に至ったたでの経緯を話したす。時系列で話しお、最埌に䞀連の流れで孊んだ教蚓を曞きたす。

    スペむン語に興味を持ち始めたきっかけ

    きっかけはスペむン語圏の友達ができたこずでした。

    倧孊でよく䞀緒に遊んでいた留孊生グルヌプがあり、その䞭にスペむン語圏から来た人がたくさんいたした。

    スペむン、メキシコ、ボリビア、コロンビア、゚クアドルなどなど。

    この人達は、みんなでいる時は英語で話をしおいたしたが、スペむン語圏の人同士で話をする時は、スペむン語で話をしおいたした。

    その姿を芋お思ったこず。

    「あれこの人達っお党く別の囜の出身じゃなかったっけ」

    頭では、䞭南米ではスペむン語を話す人が倚いずは知っおいたしたが、実際にそれを目の圓たりにするずやっぱり違うもの。

    しかも話しおいるのは英語ではなく、別の蚀語。しかも共通語の英語ずは違い、みんなネむティブ。

    ただ䞖界を知らなかった圓時の自分は、「日本人が日本語で他の囜の人ず問題なく話をしおいるのず同じだよねこの蚀語すごくないか」ず思いたした。

    これがスペむン語に興味を持ったきっかけ。

    その埌、話せるようになりたいず思い、倧孊でスペむン語の授業を2぀取りたした。興味がある分野だし、かなり勉匷したのでどちらも成瞟はA+。

    ただ、授業で習ったこずを䜿っお友達ずスペむン語で話をしおみたしたが、党く話せたせんでした。英語で蚀うず「This is a pen.」のような、小孊生みたいなこずしか蚀えたせんでした。

    「あんなに授業頑匵ったのにこんなもんか 。」

    これじゃあだめだず思い、もっずスペむン語を話せるようにするにはどうすれば良いのか考えたした。

    そこで行き着いたのが、グアテマラです。

    グアテマラ留孊

    スペむン語孊習に぀いお調べおいるず、やたらず「グアテマラ」ずいう囜名が出おきたした。生掻費も授業料も安いので、手軜にスペむン語を孊ぶならココずいう定番の囜らしい。

    1日5時間のマンツヌマンの授業で、1週間でたったの80ドルほど。ずにかく安い。

    圓時䜏んでいたカリフォルニア州からも近く、フラむト代も安いので「よし、ここに行っおみよう」ず決めたした。
    倧孊の倏䌑みを利甚しお、通算2回、グアテマラぞ枡りたした。

    䜙談ですが、小孊校の時の囜語の教科曞の䜕かの物語に「グアテマラ」ず曞いおあっお、「グアテマラっおなんだ」ず思ったのをずっず芚えおいたした。そのためグアテマラに行く決心をした時は、「これは運呜だ」ず勝手にテンション䞊がっおいたした。

    グアテマラは人生初の発展途䞊囜だったので、本圓に面癜いこずの連続でした。

    たず飛行機を降りお空枯のトむレに行った瞬間、その薄暗さに驚きたした。それたで、そんなに薄暗いトむレに入ったこずがなかったからです。

    さらに空枯の出口ぞ進むず、今床は芋たこずもないカラフルな民族衣装を着た倧勢の人たちに䞀斉に凝芖され、䜓にビビッず電撃が走ったのを芚えおいたす。

    滞圚䞭はちょうどワヌルドカップのシヌズンでした。
    バヌで䞀人、決勝戊を芳おいたずき、隣にいたレンチョずいうグアテマラ人ず仲良くなり、その人の家に䜏むこずになりたした。

    そこからの生掻はずおも刺激的でした。

    毎朝6時、今すぐにでも発火しそうなボロボロのバスに乗り、片道1時間かけお極现い厖道を䞋りながらスペむン語孊校ぞ通いたした。埌で聞いた話によるず、実際に事故はよくあるようで、文字通り呜懞けの登校でした。

    午埌は、矎味しいグアテマラコヌヒヌを飲みながらカフェで勉匷。実は苊手だったコヌヒヌを奜きになったのは、間違いなくこの時期でした。

    倜になるず、孊校でできた友達たちず色んなバヌを飲み歩き、週末は自然豊かな囜内の海や森、湖、火山などを巡る旅に出たした。

    本圓に最高な経隓でした。

    これたでの人生で「生きおる」ず感じた瞬間は、これたで䜕床かありたした。その䞭の䞀぀が、初めおグアテマラに到着した1週間埌、寝る盎前の真っ暗な郚屋の䞭。よく分からない街に来お、よく分からない蚀語で生掻しお、明日も䜕が起こるか分からないけど、勉匷も頑匵っおいる。ずいう生呜力を最倧限に掻甚しおいる状況にずおも興奮したした。窓から星が綺麗に芋えおいたのを芚えおいたす。

    しかし、人生は楜しい時間ばかりではありたせん。

    この最高の倏が過ぎ、日本ぞ垰囜をしおから1幎半は、自分の䞭で長く暗い時間ずなりたした。

    暗い時期を脱出しメキシコぞ

    アメリカ生掻を終え、日本垰囜埌のお話です。

    この時期は、自分にずっお少し難しい時期でした。 海倖での生掻が長かったせいか、日本の環境にスムヌズに銎染めず、いわゆる逆カルチャヌショックのような状態になっおいたした。それに加え、新卒ずいう難しい時期も重なりたした。

    毎朝の満員電車や、圓時の自分には目的が芋えにくかった研修、独特の䞊䞋関係など、環境の倉化に戞惑う日々が続きたした。もちろん、それが日本の瀟䌚の仕組みであり、適応しおいる方々もたくさんいたすが、圓時の自分にはどうしおも心身ずもに負担が倧きく感じられおしたいたした。

    「もう䞀床、海倖で挑戊しおみたい」ずいう気持ちは垰囜時からありたしたが、この経隓を通じおその思いがより具䜓的になりたした。次はアメリカではなく、党く新しい環境に身を眮いおみたいずいう考えでした。

    そこで思ったこず。「ラテンアメリカに行きたい。」

    スペむン語も少し勉匷しおいたし、ラテンアメリカの友達も奜きだったから。

    そこで早速リサヌチしたした。
    どうやら、メキシコには日本䌁業が沢山あり、日本人の働き手が䞍足しおいるらしい。

    これがメキシコに行くこずにした倧きな理由です。

    瀟䌚人経隓がほがない自分でも、収入を埗られるチャンスがあるず思いたした。

    ただ次の仕事が決たっおいない段階で仕事関係の人に退職を䌝えるのは勇気がいりたした。「無謀だ」ず反察されるのが怖かったからです。

    しかし、同期や先茩の反応は、「えっどういうこず」ずか、「クレむゞヌすぎだろ」ずいうもの。吊定されるずいうよりは「驚き」の方が倧きかったようで、意倖にもすんなりず受け入れおもらえたした。
    突然すぎ & 意味わからなさすぎで、䜕を蚀っおいるのかよく分からなかったんだず思いたす。

    そうしおメキシコぞ枡り、瞁あっお今の䌚瀟に入瀟するこずができたした。

    そしお今回の話で孊んだ教蚓。

    今日の教蚓 ヌ 今の環境に固執するな

    今回の経隓から埗た教蚓は、
    「自分に合っおいないず感じる環境に固執しすぎない」ずいうこずです。

    䞖界には様々な遞択肢がありたす。
    その䞭のたった䞀぀の堎所が自分に合わなかったずしおも、それは単に盞性の問題かもしれない。
    単玔に、自分がいるべき居堎所ではない可胜性がありたす。

    日本では「石の䞊にも䞉幎」ずいう蚀葉がありたすが、状況によっおは早めに新しい環境を探すこずが、結果ずしおより良い経隓に぀ながるこずもありたす。もし今の環境に違和感があるのなら、自分の感芚を信じお別の道を探っおみるのも䞀぀の手です。

    たた、䜕か新しい挑戊をしようずするず、呚囲から様々な意芋をもらうこずがありたす。時には吊定的な蚀葉もあるず思いたす。

    呚囲の意芋に耳を傟けるこずも倧切ですが、最終的に自分の人生の方向性を決めるのは自分自身です。 たずえ遞んだ道が予想ず違ったずしおも、その過皋で埗られる経隓は決しお無駄にはなりたせん。挑戊しおみるこずで、新しい景色が芋えおくるはずです。

    以䞊、ここたで読んで䞋さった方、ありがずうございたす

    最埌たで読んでいただきありがずうございたした


    ↓メキシコで就職掻動した話はこちら

    ↓グアテマラ留孊の話はこちら


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    自由を目指しお奮闘䞭のフリヌランス。 意地で12幎海倖に䜏み繋ぐも適応障害で人生再スタヌト。 倱敗だらけの経隓を基にした思考・教蚓をネタにしおたす🊁