メインコンテンツへスキップ
見出し画像

『感情にまるばつをつけない』と、夫は言った[エッセイ]

     今日は、最初の子がそそっかしい私に似て、早く生まれすぎて、早く去った日。
     身ごもったとき、人として未熟すぎて、感情がグチャグチャになった。
     生きてたら高校生かぁ。

     ミニ仏壇にお菓子を並べて思う。
    「小さい子向けだった」
     〔ゆうき〕と名付けてから、代わりに私が私と〔ゆうき〕を生きた。
     まだ、誕生してないけれど。 
     〔ゆうき〕は、私の手の中で育っていった。
     そこに夫が、手を沿えてくれた。
     私の〔ゆうき〕を、ちゃんと見て、アドバイスをくれた。
     〔ゆうき〕について、語り合うこともあった。
     こんなにも、真摯に向き合ってくれるのかと、夫と生活をしていて、『何が愛』で『何が幸せ』かを、教えられた。
     
     〔ゆうき〕は、これまで描いてきた作品全てだ。
     私は作家の卵と名乗れるかというほど、まだまだ、甘い。
     それでも、私は作家になりたい。

     色々な葛藤や感情を持ちながら生きてきた。 
     その全ての時〔ゆうき〕は、いた。
     
     小学3年の時に書いた詩に、〔ゆうき〕は潜んでた。
    『死とはなにか』『正義は悪がなければ生まれない』なんて、産まれてきて9年も経たない、小娘が書いたそれらの詩。
     それから、一緒に歩んできた年月。
     
     たくさんのことを、学び、感じ生きてきた。

     人生はドラマだと言う人がいるけれど、その通りだと思う。
     今私は、自分が主人公のドラマの中で生きている。

     私より幸せな人はたくさんいる。
     私より、辛い人はたくさんいる。

     波乱万丈な人生だなって、思うけれど、みんな波乱万丈な人生なんだ。
     勝ち確な人生なんてない。 
     でも自分で選ぶことはできる。 
     
     私は幸せなのか。 
     私は辛いのか。

     両方なんだ。

     辛は、一本足して幸せになるって、お決まりの文句が歩けれど、辛いと幸せは、同時にいることだってある。

     辛いから不幸なんて、決めつけたくないし、決めつけられたくもない。
     
     限られた自分の人生の中、幸せにしてくれるのは自分なんだ。
     自分が、幸せだと思った瞬間、勝ち確の人生が始まる。
     
     人を見て羨んだり、自分を蔑んだりすることは、私もある。
     けれど、比べられた人は、たまったもんじゃないい。
     [自分の何がわかる]
    って、思う人はたくさんいると思う。

     みんな苦労も楽しいことも、重ねて生きてきたんだもの。
     
     疾患がなくても、あってもみんな同じ人。

     それぞれ違う苦しみが、ちゃんとあって
     それぞれ違う幸せが、ある。
     それに、気づけるかどうか。

     私は今日もとても幸せです。
     〔ゆうき〕を想い泣いたけれど、それでも幸せなんだ。
     泣ける。私には感情がある。
     
    「〔ゆうき〕が来て旅立った日、私の感情はやっぱりだめだったよね」
    夫にLINEを送る。
    帰ってきたLINEを見て、また号泣。
    「感情にまるばつをつけない」

    私にとって今日のこのとき、世界一冷たくて、世界一温かい言葉だった。

     いつか、作家として活躍できたら〔ゆうき〕は、やっと生まれてくる。

     だから私は今日も生きる。

     
     
    詩や童話を思うがままに書いていきます。 フォローしてる方を大切にしたいですし、ちゃんと記事を読みたく、増えすぎると読めなくなるため、フォロバしないことが多々あります。またフォロバ目的で、フォローしてくださった方は、フォロ解させていただきます。 ご了承ください🙇‍♀️

    あなたへのおすすめ