
#948 蹴球論83|2010年 南アフリカW杯最終予選 ~第2次 岡田JAPANの激闘~
最近は2026年のワールドカップ予選や、今年のJリーグなどの記録が中心となり、過去のサッカーを遡って紹介するコーナーが暫く滞っておりましたが、久しぶりに2008~2009年にかけての日本サッカーを紹介しましょう。
A代表でいうと、2007年のアジアカップ振りの紹介となります。
オシム→岡田監督へ

アジアカップ3連覇は逃したものの、まだまだオシムJAPANは始まったばかりなので、このチームを熟成させて、2010年に向けてどのようなチームを作ってくれるのか?期待に胸膨らませておりました。
オシムジャパン最高の試合と言われた2007年のアウェーのスイス戦。
ロスタイムの矢野のボレーは覚えています。
そして図らずしてオシムジャパンのラストマッチとなってしまったエジプト戦。長かった嘉人の代表初ゴールなどもあり、4-1で圧勝!
そんな感じでアテネ世代も育ち、チームも熟成しつつあった最中!
オシムが急性脳梗塞で倒れ、なんとか命は取り留めたものの、現場での指導は不可能となり、道半ばにして代表監督の座を退くことになってしまったんですね。これは非常に悲しかったです。
そしてW杯まで限られた期間で、下記の3つの条件を満たせる監督を探す必要があり・・・
オシムが築いてきた土台の上に新しい色、個性を積み上げられる
強烈なリーダーシップ、求心力を持っている
翌年2月6日の予選まで与えられた時間が少ないために
コミュニケーション能力がある監督
となると、2003年と2004年にマリノスを優勝させ、なによりワールドカップでの監督経験があるもう岡ちゃんしかいないという事で、白羽のアローが立ったわけですね。
そして岡ちゃんも快諾。
第2次・岡田政権が始まりました。
2007~2009年のJリーグ

そしてこの時期のJリーグを見てみると、鹿島がエグいくらい強かった時期で、前代未聞の3連覇を達成しています。
小笠原、本山、中田浩二、曽ヶ端、新井場らのシドニー世代が29~30歳と円熟し、青木、岩政、野澤と言ったアテネ世代、更にはウッチーや興梠、伊野波といった北京世代が融合し・・・とにかくエグいチームになっていました。
この時期は今ほど海外移籍も頻繁でなかったので、模範的なチームの作り方ができています。
そしてこの時期のベストイレブンを見てみると、殆どのメンバーが代表入りしていたのが分かりますね。
闘莉王、ヤット、憲剛、岩政は全部入っていて流石ですね。
2007年:闘莉王、憲剛、ヤット、岩政、阿部、啓太、
2008年:楢崎、岩政、闘莉王、憲剛、ヤット、中澤、ウッチー、
2009年:川島、岩政、闘莉王、長友、ウッチー、憲剛、ヤット、前田、岡崎
アジア3次予選

日本は3次予選から参加し、同じグループには「タイ」「オマーン」「バーレーン」という、中東メインの国々であり、ここ最近よく見る顔合わせですね。
第1節:日本 4 ○ 1 タイ(H)
初戦はヤットのビューティフルFKで先制するも速攻追いつかれるのですが、嘉人のゴールで追いつき、憲剛のFKから中澤、憲剛のCKから巻のゴールで4-1で快勝。
幸先の良いスタートを切ります。
第2節:日本 0 ● 1 バーレーン(A)
まさかのアウェーでバーレーンに敗退!中東の笛!
第3節:日本 3 ○ 0 オマーン(H)
ホームで迎えたオマーン戦はCKから中澤、闘莉王が落として嘉人、俊さんのゴールで完勝です。
俊さんの右足シュートが秀逸ですね。
第4節:日本 1 △ 1 オマーン(A)
アウェーの地で先制を許すも、玉田の突破で得たPKを当時流行っていたコロコロPKでヤットが決めて追いつき、アウェイで勝点ゲット。
嘉人がアル・ハブシ(多分)に蹴り入れて退場なってます笑
第5節:日本 3 ○ 0 タイ(A)
ショートコーナーから闘莉王、そしてCKから中澤、流れから憲剛のゴールで快勝!
第6節:日本 1 ○ 0 バーレーン(H)
雪辱のバーレーン戦です。
俊さんがPKを止められたりですが、ウッチーのヘディングがちょうどDFとGKの死角に落ちて、そのままゴールに入って代表初ゴールで勝利!
そんな感じで6戦を戦い、4勝1分1敗の勝ち点13で1位通過です。
総得点は12点ですが、中澤が3点取ってチーム得点王という笑
そして特筆すべきがセットプレーの強さですね。
12点中7点がセットプレーからと言うエグさで、俊さん・ヤット・憲剛という精度が高すぎるキッカーと、中澤・闘莉王・巻というヘディングが強すぎる男が共存していると、ここまでセットプレーで点が取れるんですね。
この辺は今の代表でもできたら熱いですね・・・
アジア最終予選

そして最終予選です。
同組には因縁のオーストラリア、三次予選に引き続きバーレーン、そしてカタール、ウズベキスタンが揃い、上位2か国がW杯出場です。
最終予選も苦しい展開でしたね。
第1節:日本 3 ○ 2 バーレーン(A)
大事な初戦はアウェーでのバーレーン戦でしたが、俊さんのグラウンダーのFKで先制!流石すぎる!
そしてヤットのコロコロPKで追加点!2-0!
その後は試合は硬直状態となるんですが、後半40分に憲剛が豪快なミドルを決めて3-0で勝負を決定づけるんです、が!
その後残り5分で2点取られて、3-2というかなり後味が悪い感じでなんとか勝利。ちょっと一抹の不安が残りましたね。
第2節:日本 1 △ 1 ウズベキスタン(H)
そしてホームでの第2戦は先制を許したのですが、俊さんのクロスと嘉人が折り返し、最後は玉田が決めて同点においつき、そのまま1-1でドロー。
負けなかっただけ良しとしましょう。
第3節:日本 3 ○ 0 カタール(A)
そしてアウェーのカタール戦も3-0で完勝!
裏に抜け出した田中達が先制すると、玉田が豪快にミドルを決めて追加点を取り、最後は闘莉王が俊さんのショートコーナーからのボールを決めて3-0で圧勝!
第4節:日本 0 △ 0 オーストラリア(H)
ホームでグループ最大の難敵オーストラリアと対戦。
決定機を何度も作るも決めきれず、0-0のドローでタイムアップ。
第5節:日本 1 ○ 0 バーレーン(H)
アウェーでのバーレーン戦に続き、俊さんのFKで先制!俊さん凄すぎです!
もう本当に相手にしてみれば脅威でしかないですよね?
本当にこの時期の俊さんはエグかったですね。
そしてウノゼロで貴重な勝ち点をGETです。
第6節:日本 1 ○ 0 ウズベキスタン(A)
そして4年連続ワールドカップ出場を決めたウズベキスタン戦です。
この試合のスタメンを振り返ると、
GK楢崎、DFは中澤・闘莉王のツインタワーと、右が駒野、左が長友。
MFはヤットと長谷部がボランチで、岡崎、憲剛、俊さんがオフェンシブ。
ワントップは嘉人という布陣でした。
アトランタ(楢崎)、シドニー(中澤、ヤット、俊さん)、アテネ(闘莉王、駒野、長谷部、嘉人)、北京(長友、岡崎)と4世代が連なるかなりバランスの良いチームが最終予選を通じて醸成されたんですね。
そして試合は速攻動きます。
憲剛の裏へのパスを抜け出した岡崎が一度は弾かれるも、泥臭く頭で決めて先制し、このゴールを守り切ってウノゼロで勝利!
このグループで抜けているオーストラリアと揃って出場ですね!
第7節:日本 1 △ 1 カタール(H)
そして出場を決めたホームのカタール戦。
オウンゴールで1-1で引き分けたのですが、情報が残ってないので覚えてないっす笑
選手紹介だけあったので、こちらをどーそ笑
第8節:日本 1 ● 2 オーストラリア(A)
そして最後はアウェーでのオーストラリア戦です。
オーストラリアはこの時点で勝点17、日本は勝点15だったので、勝利すれば逆転で1位通過ができるので、勝っておきたい試合でした。
そして前半に闘莉王のヘッドで先制するも、2006年に日本を絶望の淵に叩き落した男・ケーヒルの同点&逆転弾で、1-2で惜敗!!
この時期のオーストラリアは強かったですね・・・
まとめ
そんな感じで忘れていた記憶もありましたが、ボロボロになりながらも何とか4回目のワールドカップ出場を決めました。
ただ、この時は本当に岡ちゃんが期待されていなかったですね笑
三次・最終予選を通じて、やはり俊さんとヤットというプレースキッカー、そして闘莉王と中澤という鉄壁で点を取りまくるDFの印象が強いです。
そんな中で予選のMVPを問われれば、やはり俊さんと答えるでしょう。
そんな感じで次回はW杯を戦うメンバーの選出と、大会直前までのテストマッチなどについて語りましょう。