メインコンテンツへスキップ
見出し画像

【#創作大賞2026#ホラー小説部門】雰囲気の下僕【ホラー中編】

    【あらすじ】

    おいらこと“マサ”は、空気に合わせてその場をやり過ごすタイプ。学生時代から変わらないその性格は、社会人になっても変わらなかった。通勤、仕事、帰宅、休日。いつも通りの日常に、ある男が現れる。その日から男は、どこにいてもマサを見つめ続ける。それでも変わらず出社し、働き、いつもの暮らしを守ろうとするマサ。しかし視線は日を追うごとに当たり前の日常へ染み込み、少しずつ違和感に蝕まれ、居場所を失っていく。日常と異常の境界は静かに崩れ、やがて世界そのものが歪み始める。不条理な視線が、ありふれた毎日を侵食していくホラー。


    ──────────────────────



    おいらの事、見てるやつなんていないって思ってた。だって、みんな名前も適当に呼ぶし、間違えることもしょっちゅうだしさ。だから適当にやってたんだ、もういろいろと、生活も仕事も相槌も。なんか場の空気っていうのかな。それにとって都合がよかったみたい。そのやり方が、とにかく気楽でおいらにしてもなにかと得が多かったから、そのまま長くそれでやり繰りしてたんだよね。

    「はい、じゃあ採用で、明日から」
    「はい、よろしくおねがいします」

    履歴書も抑えるとこ抑えて適度に、ズボラ。
    面接も半端なもんで、でもちゃんと礼節っていうのかな、失礼のないようにってのを注意して、すると案外スムーズにそこに就業したりして。

    そもそも選ぶときに既に向こうサンが適当だろうって思える所を選ぶんだけどね。WinWinっていうのかな。そういうのを言うんじゃないよって聞こえてきそうだが、とにかくおいらはそう選んで、おいらなりに上手くいってたんだよ。

    もう1回言わせてもらうと、本当においらのことなんて見てるやついないって思ってたんだよね。なのにさ、夜、家に帰って、買ってきた酒でチビチビやってたとき。普段なら誰ひとり来客なんてない、おいらにかまうヤツなんていやしないのに、

     ピンポーン ピンポーン

    ってインターホン。出ていくと、

    「突然失礼します、わたくし、あなたを見るためにご訪問しましたタソガレと申します」

    名乗るのは結構だけどさ、言ってることはなんか陰鬱っていうか、信心臭さっていうのかな。構えちゃったよおいら。

    「はい、なにかの勧誘でしょうか?」
    な?おいらじゃなくても聞くだろ?もう気持ちでは開けた玄関扉閉めたいところなんだよな。でも相手サンは表情ひとつ変えないで

    「いえ、あなたはなにも、しなくてよろしくて。ただわたしに見られていれば、いいんです。」

    だってさ。なんか体が変に震えたっていうか、寒気とか鳥肌っていうのとか、それもあるけどさ。でもそれ以上になんか圧、多分あの目なんだろうな。真っ直ぐこっち見て、全然ブレてないの。あと笑顔なんだけどそれもブレてなさすぎて、歪みがないんだよね。それが薄ら寒かった。

    「ちょっとよして下さいよ。見てるって盗撮やなにかですか?」

    そんなこと言われたら、もっと構えちゃうよな?おいらもそう、どっかに駆け込んだほうがいいのかって思ったよ。

    「いえ、とんでもありません、なにか撮ることはありませんし、あなたはとにかくなにもしなくてよいのです。」

    「じゃあ、なんでわざわざそのことを私に?」

    「選ばれたからです。」

    「選ばれた?やっぱりなにか宗派とか…」

    「いえ、本当に、あなたはそのままで。信仰や宗教もなにも関係ございませんし、あってもなくても結構ですよ。」

    なにについて伝えてるのか、見えてこないんだけど、でも、これからも変わりはないのかって、気は緩んできてたかもしれない。で、これはおいらの悪い癖なのかも、時間がかかっても悠長に、切迫しないんだよなおいら。気長に聞いたりしちゃうんだよ。だから追い返すにしても、〈間に合ってます〉とか〈いま手が離せません〉とか、そう言うのってないんだよな。

    「じゃあ、つまるところ、そのお知らせって事ですか?」
    「はい左様でございます。このタソガレが、あなたのこれからを見ますので宜しくお願いします。」

    かしこまったかんじで深く頭下げてタソガレは帰ってった。グレーのスーツがアスファルトの上をなめるようにして、通りのあちらへ消えてった。

    〈しかし、見るってなんなんだ〉

    酒で火照った体も少し熱は下がってたな。夜の外気にあたりながら、あんな話してたんだから、そりゃそうなるのかもな。家にまた入って、もう1本酒を開けて飲み直してからおいらは布団に入ったよ。

    次の朝起きたとき、あまりにいつもと変わらないもんだから夜のこと忘れかけちゃってた。でも酒は入ってたけどさ、ちゃんと覚えてるもんだよな。あの話、いつもどおり過ごしていいってのは、おいらに合ってるのかも、でもなんの足しにもなりゃしないし、もうちょっと意地張って断ればよかったかってあとで思った。でもタソガレだったか、あれ断れたんかな?そう考えてる時点でタソガレのいいようになってるのか?考えてもはじまらないから、とりあえずいつもの朝どおりに歯磨いたりセットして仕事に出たんだ。

    それでさ、いつもの電車乗って、そうしたらいたんだよ、タソガレ。結構離れてたけどおいらの事見てた。気づくまえからいたのか、それもちょっとわからない。でも視線はずさないんだよ、あいつ。いつもはボケっとして揺られる電車なんだけど緊張ってするもんだよな。こっちは逆にジロジロ見れなくなってね、周りの人の目もあるし、目が合うことがなんか、鈍くチクチクうずくっていうか、落ち着かなくってさ。少なくとも晩のアレ、タソガレも夢じゃないって、それはわかった。あときっと初日だから、慣れてないのかもしれないし、くらいに考えてた。しかしおいらの視線の端のタソガレ、電車揺れても全然姿勢変えてないように見えたな。

    最寄りに着いて会社着いて、いつもの仕事だ。おいらの仕事は軽作業って感じで検品したり梱包したり、まあ、そんなに重要じゃなさそうなやつ。話しながらする同僚もいるにはいるが、おいらは静かにやるほうが性に合ってるし。そしたら、午後だったか、

    「ごめんください」

    入社希望が来たみたいで、声だけ聞いてるとなんか聞き覚えがあって、おいらの作業中の脇通ったのがグレーの袖だったから顔あげちゃったよ。そうしたら、やっぱりタソガレだった。いやさすがに同じ職場はおいらは御免こうむりたいよ。でもどうしたらいいのか、とにかく不採用を願うしかないのか。

    奥の部屋で面接したみたいで、適宜時間も過ぎて、担当の社員とタソガレが部屋から出てきた。それがまたタソガレはあの笑顔で、もう一度見てもどうもスッキリしない笑みなんだよ。

    「それじゃ、ソガくん、明日からよろしく」

    ソガ?タソガレのソガか、それに明日って採用しちまったのか。タソガレは面接担当にお辞儀して、出ていったんだが、しっかりおいらのこと見てから会社を出てったんだ。

    「いまのダレさんよ?新入りくん?」

    同じ職場でおいらによくしてくれる数少ない先輩、カツモトさん。おいらみたいにタソガレを見て声かけてきて、

    「そうみたいっすね、明日かららしくって」

    昨晩からタソガレのことはわかってたんだけど、うまく説明できそうになくって、当たり障りなく答えちまった。

    「なんかおまえのこと、見てなかったか?」
    「それ、なんすけど」

    おいら、言いかけたんだけど、言ったあとややこしくなる気がして、

    「いや、知り合いにでも似てたんすかね」
    って、やり過ごしちまったんだよな。

    「とにかく気持ち悪いヤツだ」
    と、カツモトさんは言って、あと帰りに1杯やるかって誘ってくれた。

    その帰り、飲み屋でカツモトさんと2人で飲みながら、当たり障りない話でおいらもほろ酔いって感じになった。カツモトさんはおいらと同じような、その場の空気に合わせて過ごすのが好きなタイプだったから、おいらもカツモトさんとは気があってたんだろうな。なにより、お互いのことにそこまで足踏み入れないから、それも良かったんだと思うよ。

    そのおいらたちの席の向かい正面。やっぱりいた。タソガレだ。1人で、あれ飲んでるのは水か?正面に座って、正面向いて、おいらを見てる。ブレてないんだよ、この時も。なんか気づいてから酔いが冷めた気がしたよ。カツモトさんも気づいたらしくって、

    「アレ、今日の新入りくんか?もう酒かい」
    「みたいっすねー」

    いや違うだろう。まさかここまでとは思わなかったが、タソガレはおいらを見にきたんだよな。しつこ過ぎたらその時は交番には行くかって、ここら辺からさすがにおいら考えはしたよ。

    カツモトさんとは飲み屋で別れて、もちろん飲み屋に座ったタソガレにもなにかするでもなく、その視線から逃げるみたいな感じで、おいらすぐ家に帰った。

    最後にアパート入口入るとき、グレーの人影がチラッと見えた気もしたんだが、気にすると余計ドンヨリとした得体のしれない気分になるんで、パパッと中に入ってったんだ。

    「もしもーし、マー?いまいい?」

    家で寝るまえに電話きたんで、とるとウチの姉貴だ。おいら苦手でさ、姉貴のこと。過干渉っていうのかな、どんくらいが平均とかわからんけど、なんか事ある毎に連絡よこすとか。オトンとオカアがあんまりおいらに連絡しないもんで、余計に姉貴、気を揉んでるって、そんなかんじなんだろう。

    「さっき変なお礼もらってさ、ソガさん?だったかな」
    「え?そっちにきたの?」

    「うん、同僚だって、お世話になったので、とかで」

    見せるのにビデオ通話にして、受け取った菓子折をカメラ越しでさ。姉貴んとこ直接って、そこまで遠くないけど、それでも離れてるし、そもそも住所なんて知らないはずだし。さすがにおいら、姉貴に、

    「それ手つけんなよ、そのまま持っといてくれよ」
    「いや、もうひとつつまんじゃったし」

    「おいおい、マジかよ」

    ビデオ通話越しの姉貴の顔も、表情も、異常はなさげで、変なものではないのかって。でも念押しで、

    「もう、いないんだよな?」
    「うん、コレ渡したら帰ってった」

    姉貴にもどう伝えたらいいか、わからんのよね。でもすごく有り得ないってのも、もうハッキリわかるんだよな。とりあえず、

    「そのソガさん、次もし来たら、もう大丈夫とか適当に帰しといてよ」
    「えーまた来るの?メンドイなー」

    「可能性だよ、居留守とかでもいいからさ。迷惑かけたよ姉貴」

    ビデオ通話は姉貴を正面から映して話してるんだが、そのワンルームの姉貴の背中、ベランダが開いててさ。なんかいるの。いやいる気がするっていうか、画像荒いからさ。目っぽいっていうか、でも見てるような気がしてさ。姉貴にはそのこと言えずに切っちまったよ。


    寝て起きてっていうのは翌日も大して変わりないんだけど、電車、あいつまたいるんじゃないかってね。でも昨日と同じ車両乗ったんだけど、タソガレは昨日の同じとこいなくて。しばらく気づかなかったんだけど、タソガレ座ってた、やっぱり距離あけてんのよね。俯いててすぐに気づかなかったんだけどさ、スマホ見てるんだよね。いや、そのスマホさ、真っ黒なの。それ鏡にして、そこから、おいら見てんの。その目、ブレてないのよやっぱり。俯いて座った背筋もさ、今回も思ったよ、揺れてないよなって。最寄りに着くまで、視線がおいら向いてるのを、気にしないようにして、いつもの駅着いたらサッサと出たよ。タソガレ?あいつも来るんだろうな、同じ職場だし。

    「こちらソガくんね、カツモトさん頼むよ」

    カツモトさん教えるの頼まれたみたいで、2人並んで、いろんな商品のことやチェック項目やルールをタソガレに教えてたよ。離れたとこでやってたんだけど、あいつしっかりおいらのこと見てるんだよな。あと今朝、スマホの画面越しでわかったんだが、ガラス越しとか、そういうのでも見てるのね。

    「あの新入りくん、一応ちゃんとできるみたいだな」
    「そうなんすか?」

    「ソガくんだっけ?なんか陰気臭いって思ったが、意外と話せるやつだ」
    「へえ、ちゃんとやるヤツなんすね」

    仕事も滞りなく覚えてたし、話も弾まないわけではないようで、カツモトさん的に問題ないってことらしくてさ。聞いてておいら、なんだか癪に障るというか、落ち着かなくなってきたんだよな。

    「まあ、初日っすからね、ソガさんもこれから次第っつうか」
    「まあそうだなー、マサの言う通りだな」

    指導受けたあとに1人黙々と作業やってるタソガレ、手動かしながら、離れたおいらのこと見てるんだよ。顔をこっち向けてさ、ブレがないのよこれも。息が詰まるっていうか、そう思うこたないってわかってんだけどな。上司に報告とかして、なんとかできるかってそう思ったりして、そんな意識して気揉んでんの、ドンヨリ重たい心地になっちゃってたんだよ。

    ソガとしてタソガレが入ってきて、変わらずに。変わらずってのは要するに、朝の電車にも職場にも、帰り道にも、コンビニやスーパーとか居酒屋とかもういろんなとこに、おいらを見るタソガレがいる日常。日常?日常と言ってても、腑に落ちない日々ってのを過ごして、そんな頃にさ、

     トントントン

    仕事から家帰ってたおいらに、客なんて、タソガレじゃあるまいし珍しいんだよな。で、誰かとおもったら、このアパート住んでるおばちゃんなんだけどさ、なんか持ってんのよね。

    「夜分ごめんね、いま大丈夫だった?」

    「はい、どうしましたか?」

    おいら一応そう答えて、でも内心はさ、手早く済ませたいって、おいらもこんな性格してんだろ?だからどうもやり取りとか億劫になっちまうんだよな。

    「ご飯とかまだなら、これ食べてみてよ」

    おばちゃんさ、手に持ったタッパーを少し開けて見せて、煮物なんだけど、出汁なのかな匂いが良いんだよな。

    「でも、いいんですか?あとこの入れ物」

    「いいのよ。これ、実はもらい物なのよ。美味しくてね。それに─」
    おばちゃん、また続けて、
    「入れ物も一緒に頂いたものだから、それごともらって頂戴な」

    おいら、結局もらうってなって、さすがにお礼させてもらったよ。

    「ありがとうございます、いただきます」

    言ったら、おばちゃんも満更じゃないって、そんな感じでさ。でもこんな時でもお互い名前とか聞かないって、おいららしいって言えばそうなんだろうな。
    おばちゃんはすぐ自室に帰っていってさ、おいらももらったおかず、早速家でご飯と一緒に食べさせてもらったよ。素朴な味っていうのかな。味もしっかりしててよ。タッパーはよくある透明のに青いフタついたやつでチープなんだけど、煮物はしっかりしてんのよね。おいらもすぐに食べ切っちゃって、洗って食器棚に、これもおいら癖なんだけど、しまっといたんだよね。その晩はそのまんま寝て、それ以降も変わりなく、って言っても本当にタソガレ、おいらを見てるのは変わらないんだけどさ、そうやって何週だかした頃にさ、

    「クボっち、辞令だってよ」
    「マジですか?」

    カツモトさんが聞いたらしい。クボくんカツモトさんと仲良くやってたからな、おいらはそこまで深くはなかったんだが、気安いやつって感じだったし、残念ではあるんだけどさ。

    「でも最初はソガくんにって話だったらしい」
    「え?ならなんでなんすかね」

    「なんかソガくんの事情を察してクボくんから進言したとかでよ」

    掴みきれない話なんだが、クボくんってそんなにタソガレと仲良かったのか?って。

    「あと、ソガくん、本当におまえのこと見てるよな、なにかあるのか?」
    「いや、それなんすけど」

    おいら自身、結構タソガレに見られ続けて、息が浅くなったっていうか、堅苦しくなってたのは違いなかったんだよ。1日と欠かしてなかったからな、あちらサンも。非番の日だってお構いなしに、家のまわり這うように、おいらがおもて出れば、ちゃんとおいらを見てた。休日もなく、ブレずに居続けてたんだよ。休日っていうのも、どこに出てもいるんだよな。それが用事とかで、ちょっと離れたとことか行ってもさ、なんかそこにいてさ。タソガレ、どこでもブレないで。なにか買いにホームセンターや電器屋行ったりとか、外でご飯食べるってときにも、正面向いておいらのこと見てるんだよな。
    いつも見られてて、そういうの続けば、息も変になるっていうかさ、おいら、イヤな心地ってのを感じてたんだろうな。家に帰るときも、なんか前よりダルいっていうか、そういうの体から抜けてないこと増えたんじゃねーかって、そんな気がしてね。休日ってはずなのに、なんだか重さ感じるっていうか、あいつが見てるの感じると、ドッと体が沈んじまうって思っちまうんだよな。

    で、そう過ごして、いつもの出社の日、カツモトさんとこの話になって、ようやっと、おいら、

    「ソガさん、いやタソガレ、あいつ、オレんこと見てるんです」
    「ん?見てるっつうのは、あとタソガレってなんだ?」

    「あいつがここ来るまえ…」

    と、おいらここまで話してたとき、少し近くでタソガレが見てた。ブレないで、手動かしてさ。あいつ聞こえてる、直感しちまったおいらは急に言葉が出てこなくなったんだよな。怯え?わからないんだが、喉が冷えちまって言いたいこと言えなくってさ。ひるんだ子猫がなき声が止んじゃうような、そんな感じか、見た目は子猫とは程遠いけどさ。

    「なんだよ、ここ来るまえって、やっぱり知り合いか?」
    「いや、すれ違ったの、思い出したんで、それっすね」

    「なんかされたのか?絡まれたり」
    「それは、ないすよ」

    言ってしまったんだよな。勢いだったのか、絡まれてるよな、おいら思い返せば絶対絡まれたって、そう言えるはずなんだが、ないって言ってたんだよな。

    「そうか、ならいいけどよ、なにかあれば言えよな」
    「面目ないっす」

    見られてる以外になにもない。タソガレの言ってたことに間違いはなかった、そりゃそうだった。でもそれを誰かに伝えるってのが、おいら的には更にややこしくなってたんだ。そもそも誰かっていうのをつかまえるのがただ面倒くさくて仕方ないんだよ。だから決めた、この日の帰り交番行こうってな。

    会社定時に終わらせたら、おいらすぐ出てったよ。自宅の最寄りの交番のほうが都合はいいか、とか考えながら。周り見ながら駅まで歩いてたけど、そこではタソガレ、見えなかったと思うんだよな。なのになんか視線、ずっと、なんていうか体にピリピリしみるのを感じるんだよ。早足しながらカーブミラーとかチラッと横目に、その端、グレーのが、いる、いや本当はいないかもしれないのによ、でも見てる気がするんだよ。頭に浮かんじまうこととか、もう色々と、おいら息切らしちゃったよ。

    駅ついて、電車乗って、そしたら、タソガレいやがったよ。まっすぐ座ってた。おいらのほうが会社出たの早かったはずなのに、そこは間違いないんだよな。で、アチラさん電車のガラス窓越しに、ブレないで、見てんのよ、変わらずにな。

    最寄り着いて、そんなの構わずすぐ降りて、まっすぐ駅前の交番目指したよ。おいらこんなのそうそうないことだろ?自分ではそう思ってたよ、交番駆け込むなんてな。日もまだ落ちてない時間に着いたし、交番のなか、お巡りさんいるみたいで良かったよ。

    「ごめんください、失礼します」
    「はい、ご要件は?どうされました?」

    すげーちっさい受付、奥にひと部屋あるのか、そこにもうひとり、多分違うお巡りさん。2人のうち、片方がおいらに向き合ってんだな。

    「付きまといと言いますか、ひと月まえくらいから…」
    「ストーカーかなにかですか?なんか撮られましたか?」

    「いえ、でもストーカーと言えばストーカーなのかな…」
    「なんか盗まれたわけでもないんですか?」

    「はい、なにも盗られてません」
    「うーん、付きまといって、家とか職場ですか?」

    おいら、被害届っていうか、そこらへんも考えてなかったんだけど、どうなるのか。見まわりしてくれるとか、そんくらいに考えてた。

    「家とかずっとじゃないですね、多分、職場は…」

    と、奥のお巡りさんが
    「あ、コレ、差し入れですよ」
    「え?あー、アノ人ねー、わざわざいいのに」

    奥のお巡りさんはそれを飲みながらで、おいらともう1人のお巡りさんに瓶のエナジードリンクを出してきたんだよ。え?おいらにも?って思うだろ?って言うか、おいらなんか直感で、鈍く背筋撫でられるような心地がしてさ。なんでか聞いちゃってたよ、

    「それって、もしかして、ソガさんって方ですか?」
    「へえ、お知り合いかなにか?ソガさんからだよ、これ」

    いつ来たんだよ、いま貰ったやつ、冷えてるし、届いたばっかりっぽいし。そしたら、

    ─ガラガラガラ

    「あ、ソガさん、さっきはどうも」
    「これ、届けにきました」

    「わざわざいいのに、こんなの」

    どこにでもあるビニール傘、忘れ物なんだと。わざわざ、って言いたくもなるよな?でも律儀に届けてるタソガレ。あの笑顔で、ブレないで、ここでもおいらのこと、見てるんだよ。

    「とにかく、ありがとう旦那、あと、コチラさんお知り合い?」
    「わたくしの会社の同僚のマサさんです」

    「そうだったんですね、早速彼と飲ませてもらってますよ」
    「ではわたくしはこれで」

    「ありがとうございました、お困り事は遠慮なく」

    タソガレは、おいらをちゃんと見ながら、出ていったよ。出ていって、でもわかっちまう。外にいるの、グレーのなんか気配っていうか。話聞いてるんじゃないかって。

    「で、お話、付きまといでしたっけ?」

    できなくなっちまった。手に持ったエナジードリンクが出す言葉を奪ってったような、お巡りさんとタソガレ、いまの目の前にしたら、どう伝えりゃいいのか、わからなくなってきてたんだ。

    「あの、もし危なくなったら、また来ていいですか?」
    「え?今はいいの?大丈夫かい?」

    「はい、すこし様子見てみようと思います」

    もう散々様子見たはずなんだよな。なのにまたあんな事言っちまった。

    「それじゃあ、お気をつけて」

    なんか慣れないことすると疲れるよな。交番帰り、タソガレ気になってたのに、体も下に落ちる感じで、あたりも見ながらおいら家に帰ったよ。グレーの、横切る車のガラスとか、ああいうのに映って見てんじゃないかって、チラッと見えたりしてたと思うんだよ。おいらの気のせいなのか、わからないんだけどさ。

    考えてもどうしようもないからさ、とにかく寝て、翌朝迎えたら同じようにして会社行ったよ。通勤の途中?あいついたよ、しっかりブレないでさ。なんでかタソガレ、いつも大体、似た距離してる気がするんだけど、もうそこらへん考えたくもなくなるよな、ワケとかさ。

    会社着いて、挨拶したカツモトさんが、

    「マサ、どうしたよ?顔色」

    って気にかけてくれたもんだから、

    「実は、昨日のタソガレって覚えてます?」
    「ああ、言ってたな、見てるとかなんとか」

    「それ、本当で、オレ参っちゃってるんですよね」
    「んー見えてこないが、ストーカーかなにかか?」

    「近いんすけど、とにかく、ずっとなんすよ」

    んで、気づくとやっぱりタソガレが、見てんの、昨日とおんなじでさ。でもここまで聞いたカツモトさんなんか察したのか、

    「おお、そういうことか、わかったよマサ」

    とか、適当に切り上げて、離れてってくれた。離れながら親指立ててんの見えたから、なんか察したのかも。その日はそのあともタソガレとカツモトさんも普通だったし、おいらなんか宙ぶらりんみたいな、見てるって、それだけは、まだここにあるからさ。息が細くなる感じで、それは変わらないんだよな。
    昼の休憩とかってなった時、カツモトさんは余裕なくって、別々になったし、おいらあの話もしようにもできなかったんだけどさ、そういう時にもあいつはおいらのこと見てんだよな。ブレないでよ。休憩っていうのが、それも、休まらないっていうか、食べたものも味がわからなくなるってのが、買ったおにぎりとかでもなんでも、口にいれたものが味気なく感じちまってさ。たまらなくって飲み物飲むんだけど、それにもいるんじゃないかって、向こうにもういるんだよ?タソガレ、同じように休憩してて、まっすぐにしてさ。それが飲み物のペットボトルにも、それの反射とかって、その中から見てるんだよ。だからとにかく飲み込むしかなくなって、喉もなんかおかしくなるんだよな。詰まっちまうっていうかさ。

    午後、それからカツモトさん側は残業あるとかで、その日はおいらだけ先に会社出たんだ。タソガレももちろん置いてった、はずだ。帰りの電車?いるよ、タソガレ。いつ乗ったのか、わからないんだが、気づいたのが遅かったのか、気づくと見てるんだよ、ブレてないの。

    家にはまっすぐ帰って、この日は飲まずに寝たんだよな。週末の明日明後日って一応休日だし、ゆっくり休めるかなって、あいつさえいなければ、なんだけどさ。

    翌日土曜のたしか夕方くらいかな、カツモトさんから電話があったんだよ、まあまあ珍しいかもしれない、しかも休日でさ。

    「もしもし、マサか、例のタソガレとか言ってたな、ソガくんの」
    「はい、オレ、タソガレに見られててずっと」

    「それなんだが、俺の遠い親類に、タソガレ知ってるのいそうなんだよ」
    「え?それ本当ですか?おなじような…」

    「うん、オマエの言うような、そんな感じかもしれない、微妙に違うとこありそうだが」
    「マジですか、その方はいま…」

    「知ってるっていうのも、本人じゃないんだよな、悪い、伝え聞いてるって話だ」

    聞くと、直接タソガレと会った本人は、もう仏さんってことらしい。でも、まわりの人で聞いてたってことなのか、カツモトさんつづけて、

    「一応ソガんとこ、色々会社で控えといたから、明日調べてみるわ」
    「それ、危なくないすか?」

    「いや、なんか親戚絡んでるし、他人事じゃねーよな、オマエのためにもなるし」
    「いろいろすみません、迷惑を」

    「いいってことよ、じゃあまたな、気をつけろよ」

    カツモトさんの電話切って、息巻いて調べてくれるって、はずなのに、なんかほの暗いなにかが胸んとこから離れないんだよ。不安?なんかさ、それでも尚、いまのやり取りとかすら見てるってそう思えてしまって、有り得ないってそう思えば本当はいいんだけどさ。

    で、ちょっと経って

     ピンポーン ピンポーン

    ってインターホン鳴って、出てみると

    「ごめんください、突然の訪問失礼します」

    来たのはタソガレ。はじめに家来たときみたいな笑顔が歪みなく正面向いたあのタソガレだったよ。

    「今日はご注意と言いますか、念の為なのですが、興味おやめください」
    「興味?いつそんな…」

    「あなたはいいんですよ、そのまま、でも周りの方ですね、わたしに興味おやめくだされば」
    「注意ってなんですか?」

    「それだけしてくだされば、それ以外は見てるだけですので」

    そう言うと、しっかりとブレずに、おいら見ながら、頭下げて、通りのあっちにいつものグレーが抜けていったんだよ。夜が迫ってきて家入ったおいら。注意?興味?でも多分なんだけど、このタイミング、カツモトさんに違いないって、浮かんじまった。カツモトさんにまた折り返したんだけどさ、繋がらなくって、明日またかけるかって。

    家でそれでも手持ち無沙汰、おいら簡単に夕食とって酒あけて、で、なんか仕事のバッグあけたりして、そうしたら、入れっぱだった、エナジードリンク未開封のまんまでさ、あんときのだよ。

    食卓にそのエナジードリンクの瓶、もうぬるいやつ。酒入った感じでさ、置いた瓶、ぼーっとして眺めてたら、そしたら。瓶、それの映り込み、いるの、タソガレ。いないはずなんだよな。だって有り得ないんだよな。でもさ、瓶の側面、反射の筋がグレーと溶けて、エナジードリンクの顔、いやタソガレ、こっち向いてんの、見てんの、ブレないでさ。

    もう、おいら、すぐエナジードリンク飲まずでそのまま捨てたよ。で、あけてた酒いっきに飲み干して、すぐ布団もぐったんだよ。

    翌、日曜もおいら休みで昨日のカツモトさんの連絡またしたけど、やっぱ取れないみたいでさ。留守電とか、おいら苦手なんだけど、昨日のタソガレの、今までと違う言い方気になってたから、

    「マサです。昨日タソガレがウチ来たんすよ、折り返し待ってますんでヨロシクです」

    って、声残して、あとは待つしかなくってよ。この日は一向にカツモトさんからはなんにもなくて、おいら外に出るとかもなかったし、せいぜいコンビニとかかな。いや、もうそこにタソガレはいるんだよ?なんか待ってたように、ブレずに、もうこっち見てた。用済んでコンビニ出ても、ガラスにも鉄の手すりにもそれ越しに、そこに映るグレーがよ、そのなかでこっち見てるようなのが、消えないから、たまらなくなって、早足に家帰ったよ。

    家ん中でも、休日なのにさ、休まってないような、別においらカラダ横にしてたし、疲れっていうんじゃない、ご飯だって食って、トイレだって台所だって、いやそこも、とにかく水面もなんだか、見えそうで、見てそうで、落ち着かなくなってたよ。

    結局落ち着かないもんだから、おいら、またアテとかないんだけど、とにかく外出たりしてさ。日も落ちてなかったし、ブラブラとな。でも、わかるんだよな、タソガレいるの、それ感じるのよ。ジッとしてんのもなんだか体にキテたんだが、歩いてても感じちまうし、でも歩いてるだけまだ紛れるとか、そんな感じだったんだよな。歩きながら普段入らないようなパチンコとか入ってみたりしてよ。でもダメなんだよな、パチンコ台の映り込み、そこにいるんだよ、タソガレ。やっぱりブレないで、おいら見てんのよ。あとパチンコって銀玉だろ?あそこ、映ってんじゃないかって、見てるのわかるんだよな。おいら、パチンコ打とうって席座ったのによ、なんだか気分も重くなっちまって、着いたばっかだったのにまた席立って、すぐ店の外出ちまったよ。店の外出るときなんだけど、パチンコ屋の中よ?そのパチンコ台の並ぶ席に、タソガレ、座ってんの。あいつもおいら見てて、ブレないでまっすぐによ。

    「いらっしゃい」

    近所のまあまあ行く弁当屋で夕ご飯とか考えて帰りに寄ってさ、入ったんだか、入ったおいらの前に、タソガレ、会計してんのね。

    「あら?ポイント貯まりましたね」

    おいら、この弁当屋は決まった頻度しか来なかったし、ポイントなんて貯まんないよな。でもタソガレのは貯まってんのね。それに店員と話しながら、ちゃんとこっち見てんのね、ブレないのよ。

    「じゃあ惣菜1品どうぞ、あと新しいポイントカードです」

    「ありがとうございます、それでは商品はこれで」
    あいつ、なんともなく惣菜選んで、なんか不審ってのが見えないんだよな。でもそれでも、おいらのことは見てんのよ。

    「はい、お待たせしました、ありがとうございます」

    店員にお弁当と惣菜まとめてもらったのを、タソガレ、スっと受け取って会釈しながら出てったよ。出ていって、でもいるよな?外。いつもみたいにさ。おいら、何を頼もうかって考えられなくてよ。適当に選んで、それで弁当屋出るときによ、

    「先程の方、お知り合いですか?」

    おいら答えたよ、
    「なんでですか?」

    「さっきあなたの事チラチラと見てたので」

    おいら、知ってるもなにも、会社だって、とにかくあいつはおいら見てるし。
    でも、それっぽくおいら、
    「まあ、お会計で時間かかっちゃったからですかね、気にされて」

    「そうかもしれないですね、わたしもすみませんお待たせしまして」

    おいら、内心は淀んだような心地だったんだけどよ、でも、
    「いえ、いいんです、こちらこそお詫びまで」

    おいらも自分のお弁当とか受け取ってよ、店の外でるんだが、タソガレ、もういるんじゃないかって。

    「ありがとうございました、またどうぞー」

    おいら、お弁当のふくろ提げて、家の帰り道、歩いていったんだよな。
    その帰り道んとこでよ。すごい音聞こえんのよ。

     カン、カン、カン

    消防車かなんかのサイレンっぽくて、それが近くでとまったんだよな。並んだ建物のうえ見るとよ、ケムリが白いのが出ててさ。薄いんだけど、ボヤっぽいっていうのか。家からも近いし気になって、おいら、ついでに見に行ってみたんだよな。現場っぽいところっていうのは、飲食店のチェーン店でさ、まわりに人がチラホラ集まってたんだよな。近所の人が集まってるんだろうし、近所の人なんだろうけどおいら、顔も名前もわからないのよね。だから挨拶とかも特にないのよ。もちろん、タソガレ、いるのよ、そこに、で、おいら見てるの。
    火元はもう消えて、大丈夫みたいなんだけど消防士のひとりとタソガレ、なんか話ししてるっぽくてさ。話してんのに、おいらのこと、ずっと見てるのよ。視線はブレないの。

    「え?いいんですか?わざわざすみません」

    消防士が言いながら、タソガレからなにか受け取ってたんだが、さっきの惣菜。あれを入れた袋渡してんのね。タソガレ、話しながらおいらに手でジェスチャーしてよ。消防士がそこからおいらのとこ、駆け寄ってきて、

    「あちらの方に伺いました、近隣の方ですよね?」

    おいら、たまらなくなって、でも答えたよ、
    「はい、なにか不審火とかですか?」

    消防士、笑顔でこう言ってさ、
    「あちらの方が連絡下さって、未然に消火できました─」
    そこから、更に、
    「この地域で最近不審火増えてますのでお気をつけ下さい、あちらの方もそう伝えてほしいと」

    タソガレはまだそこに立ってじっと、おいら見て、全然ブレないでさ。おいら、言葉詰まらせないようにしてよ、返事させてもらって

    「わざわざすみません、ありがとうございます」

    こう言うのが精いっぱいだったんだよな。なんかその間もずっと、あいつ見てて、それが重さっていうかさ、そんなのをすごく感じてたんだよな。

    そこは近所だったし、家までも割と近いんだけど。おいらそこ離れる頃にはそのボヤのあったお店のまわりも人もだいぶ減って、でもタソガレはそれでもおいらのこと最後まで見てたんだよな。で、おいら家帰って、玄関入るとこまで、グレーのがさ、掠めてるような気がしてよ。すぐに家入って、買ったお弁当食べたのも、味わうってのもなくなっててさ。食べ終わって、お風呂入るんだけど、そん時の湯船の水面にもあいつがさ。見えてる気がして、タソガレ。もう気にしても仕方ないのはわかってても、ダメなんだよな、おいら。思いきって布団にもぐってその晩はそのまま寝たよ。

    寝付き?夢にまで見そうって、縁起でもないよな。まあ、夢とか見ないほうだから、よかったってそこは思ったよ。言っても、休み明け、ダルげなカラダでおいら、いつも通り会社行ったんだ。結局、カツモトさん折り返し来なかったな。今日会ったら話聞こうって、思ってたよ。朝の電車のタソガレ、前みたいに距離あいた所立って、揺れずに見てんのね。本当欠かさないし、変わらなくてよ。

    会社着いて、いつまで経ってもカツモトさん来なくって。始業してちょいして、うえの上司がおいらんとこ来てさ、

    「マサくん、カツモトさんだけど、退社することになった」
    「え?退社?カツモトさんがですか?」

    「ああ、理由は特にわからんが、親族の関係っぽい、とにかく一報があってそれきりだよ」
    「カツモトさんが、そうですか」

    タソガレだ、そうだよな?そうだと思うよな?おいら、どうするとかできたのか、わからなかったよ。結果だけが鈍くズッシリ背中にかぶさってよ。そんなときでも、タソガレ、ずっと手動かしながら、見てんの、ブレないで。おいら、言葉なんてもう出なくって、飲み込む言葉ってのさえ、もうなくってさ。ただその場に合わせて仕事、それだけで精一杯になっちゃってたんだよな。

    休憩んとき、カツモトさんに電話してみたんだ。留守電も入れたんだ、聞いてればってよ。

    「電波の届かないところにあるか、電源が入っていないため、かかりません」

    タソガレが見てる、そこで、こう返ってきて、もうおいらカツモトさんの無事願うしかなかったんだよ。

    明かりついてるし、仕事のガヤも聞こえてんのよ、そうなんだけど、濁ったようななんかおかしな空気ってのかな。澱みがうすく広がったみたいなよ。

    〈了解っす、じゃあナルハヤでやっとくんで〉

    カツモトさんの声って、離れてても、聞こえてると、違うもんだよ。いま、ないんだもんな。これからも、なんだけどさ。採用担当ももう募集かけたとか言ってて、おいらには、カツモトさんしたみたいに、指導しろって話でさ。その話んときも、見てるタソガレ、あっちで、ちゃんとおいら見て、作業してたよ。

    定時で、いつもみたいにおいらは会社出たよ。お疲れ様とかおいら言ってたかな?言ったはずなんだけど、タソガレ、見てて、そっから離れようって、外に出たよ。

    毎度なんだが、帰りの電車、乗るといるんだよ、タソガレ。見てんの、ブレずにさ。どうなってんのか、わかんないんだけどさ。最寄り着いて、この日もまっすぐ家帰ったんだよな。

     見られる_悩み

    おいら、晩メシ手早く済ませといて、検索したんだ。ダメ元っていうか、でもカツモトさんも親戚とか言ってたもんな。そしたら、知恵袋っての?それっぽいのがあったよ、結構まえのやつみたいでよ。
    で、開いてみた。

    4540000492さん

    20××/3/23 13:25 1回答

    見られててキツイんだけど助けてほしい。

    ─

    回答(1件)

    soga********さん

    20××/3/23 13:30

    心中お察しします。元気出してください( ..))

    これ、あいつだよな?そうだよな?結構まえのなんだけど、文面でなんか思っちまった、タソガレって。他の似たようなとこにも、いるんだよ、タソガレ。

    soga********さん

    ってコレ。大変でしたね?ってくるかと思えば、気になりますよね?とかな。落ち込まないように気をつけてください、とか、労わってあげてんの。なんだかさ、地平線の先まで、タソガレ、もしかして見てるあいつって、いるのかな?まさかな、って言うはずのおいらの息どっかにいってたよ。その質問閉じて、ついた画面落としたんだ。

    そしたらそのスマホ、黒いだろ?いるんだって、タソガレ。ブレてない。すぐにそれ投げてさ、とにかくそのあとすぐ寝たよ。寝ながら、実家とか戻るとか?おいらってコレ、イヤだったのによ、なのに頭んなかで思いながら寝てたよ。

    起きて、翌朝さ。電話きておいらに、珍しくオカアだった。

    「もしもしマー?あんたなんかいい事した?」
    「なんだよいきなり、なんでよ?」

    「宅配、お届け物でね、調味料みたいなセット」
    「おい、それ、誰から?」

    「あんたの会社の、ソガさん」

    来るって、おいら、予感あったのかな。わからなかった。ただ結果聞いてるっていうか、なのに、なんだろうな、ズシリと胸のしたが暗くなるっていうか。細い明かりとか、それも見えなくなってくっていうか、なのにあれは、見えてるってのがなくならないんだよ。

    「それ、もらったヤツさ、使わな…いや、まかせるよ」
    「うん、使えそうな醤油とか早速ね、お礼言っときな、マー」

    「ああわかったよ、あとさ、同じ人から次、なんかきたら、連絡いいから」
    「わかった、あんたからもたまには私に連絡ちょうだいね」

    「わかったよ、それじゃ」

    タソガレのタの字もオカアに出せなかった。ソガさんからの届け物をむしろ喜んでるような、オカアのあがった声を聞くほどおいら息が細くなってったよ。通話終わったスマホの画面も見たくなくてよ、すぐにしまって、とにかく会社に出たんだ。

    「コチラさん今日からの新人さんね、マサくんヨロシク」
    「ホアン・ホン、ですね。いまからでよろしくのおねがいです」

    カツモトさんのあとの募集ってので、おいらの下に新人さん来て、たどたどしさが残るベトナムの子。会話って言っても、作業はじまれば、1人でするのが多いし、不自由はないだろうな。教えるってなったおいら的には、不自由さはあるんだけどよ。ホアンさんはベトナムの人ってみんなかはわからないが仄暗い感じってのかな。笑顔が明るく抜けてかないようなさ。

    見よう見まねの指導のあいだも、タソガレ、おいらをずっと見てる。変わらないんだよな、ブレないよな。ホアンさんは気づかないっぽい。初日だしな。世間話とか、そこが通じないから、タソガレ、余計にそこを考えちまうような、で、手動かしながら、あいつ、見てるからさ、はずさずにね。

    帰りの電車でも、タソガレ、揺れずに座って、おいら見てたんだよな。最寄りにも着いて、降りて家帰るんだが、途中、目ショボショボしてた気がして、文字や標識って見にくくなってんなって、だから仕事でも目は使うし、眼鏡作ろうって、今度の休みに予定立てたんだよ。

    翌、日曜に眼鏡屋行って、おいら眼鏡作ってもらったんだ。レンズ合わせてもらって、フレーム選んでさ。視力はすごくいいほうでもなかったけど、弱ってたのかなおいら。で、買った眼鏡、外で早速掛けてみたんだよ。空のくっきりした雲に鳥、電線とかさ。
    いや、待てよ。見えるんだよな。いる。眼鏡のレンズの内側に張り付いて、タソガレ。おいらを見てる。ブレずに、眼鏡越し。それ、そこのタソガレ、見えておいらすぐ眼鏡はずしてしまっちまった。もう掛けられるかわからないって、どうしようもなくなっちまったよ。

    眼鏡屋から家着いて、眼鏡なんて出そうって思えなかったんだよな。テレビもついてないと、黒い画面、あいつ、見てるタソガレ、っておいらなんか見えてるって思えて、カバー被せたりしといたよ。いつも通り寝て、あけた朝にさ、会社から電話あって、今日は取引先と配送のトラブルが重なって代休になったんだと。で、それをソガくんに連絡しといてほしいって頼まれてさ。ソガくん、タソガレね。なんかおいら連絡しなくても、わかってるんじゃないかとか、冗談になってないけどよ。とにかくスマホで、カツモトさんの後に、ソガ宛の連絡先聞いてたのあったから、そこに連絡とってみたんだよな。

    ─プルルルルルル

    うんー、出ないなって。緊急の連絡だし、長めに鳴らして、でもそうしてると、その呼び鈴?音がさ、耳元じゃなくって、別のとこで聞こえてるんだよ。うっすらだけどさ、バイブ音?っていうのかな。ベランダのほうかな。

    ─ブルルルルルル

    ベランダのそっちって、家はアパート3階で、向いにも同じようなアパートがべったり隣あってるんだよな。だからおいら、あんまりベランダ出ないんだけど、そっちから聞こえるっぽくてさ。で、近づいて、カーテン開けて見てみた。ベランダ越し、すぐ正面、隣アパートの部屋の中、こっち見てんの。

    タソガレ。
    ブレずにさ。
    スマホ耳につけて。正面向いて笑顔で。
    見てんのよ。

    「はい、ソガです。もしもし」
    口が動いて、こっち見てる、タソガレ。

    「マサです、今日、休みなんで会社」
    「はい、ご連絡ありがとうございます」

    「それじゃ」

    電話切って、でもまだ、まだブレずに見てるのな。

    目を閉じて、おいら、カーテンしめるのも、ものすごく重かったんだよ。

    外に出るのも億劫でさ、でも家も、どこもなんかある気がする、見てるタソガレがさ。なんか考えたくないのに、どっか行ってくれないんだよな。午後、夜、おいら、なんか部屋にある本、読んで過ごしたり、手持ち無沙汰だったし。読みたいってワケじゃなかったと思うんだよ。だからタイトルもおぼろげっつうかさ。でも、なにかしてないと、意識しちゃいそうなんだよな。読みながらも、なんかそれでも、見てる気がするんだよな。だから本当に本は開いてても内容が頭に入ってこないっていうかさ。なるべく光沢っていうのか、そういうのない表紙のとかも選んだけどよ、なのに見てる端にテーブルとか、それも反射したりすると、グレーのがなんか、ありえねーのに、見てる気がしてさ。目も疲れてるはずなんだよ、だから目閉じたりもして、それもどうにも、あいつのこと考えそうな、そんな気がしちまって、だから本はやっぱりまた開いて、それ読んでたんだよな。

    そうやって繰り返して、おいら、晩にはいつも通り寝て、翌朝起きて、支度すんだけどさ。洗面台とか、もうその前に立つと、どこからでも、あいつ、見てる気がしてさ。歯磨いたりすんだけど、その時使うコップとか蛇口とか、映り込みっていうのが、タソガレ、見てるんじゃないかってさ。蛇口から出す水とかさ、そういうのにも、感じちまうんだよな、ブレないあいつ。天気とか見たいよなって言っても、スマホでもテレビでもおいら、つけちまったんだが、画面越しにいるのよ。いないはずなのによ。確認したらすぐまたカバーしたりしたよ。スマホも閉じるしかなくってよ。そうやって準備もして、おいら会社出たよ。こうなると足も鉛みたいになってんよ。ああ、結局、あれ以来閉めたカーテンは開けずにいたよ。でも喉乾いて水飲むときとか、風呂とか、水面が掠めると、いるよ、避けられなくて、タソガレ。ブレないからさ。ああ、もちろん電車も変わらないよ。おいらも、なんでそれ、見るのか、揺れないタソガレんこと。

    会社着いて、新人のホアンさんと作業ってなって、気づいちまった、この子の髪留め、キラキラのコーティングな、ちっさいんだが、見てるのがいるんだよな。手動かして、小さく映ってんのよ、タソガレ。

    休憩中ももちろんいるよ、そのまま、いつも通りでさ。おいら見てるよ。昼もな。あいつ、ずっとそうやって見てんのよね。そうして仕事も終わって、会社の帰り、もちろん、いるんだけどさ、おいら見てるタソガレ。電車のガラスとかさ、見てんのね、ブレないでさ。駅からの道も、やっぱりタソガレ、どこかにいるって、なんかそれがわかるんだよ。車やバスとかそんなのも、横走ってるのがなんだかおいら、ガラスのとこいるんじゃないかってよ。あのグレー。あれがさ、見た端のとこに、いるんじゃないかって、いや、いないかもしれないって思うだろ?でもしっかり見てんのよ、タソガレ。変わらずにさ。もうどこも寄らないで、体も重くなってたし、たまらなくなっててよ。それでも帰宅してさ、おいら玄関のとこまできたよ。
    そうしたら、なんか玄関前に置いてあるのね。袋ひとつ、で、その中になにか入っててさ。置き配っぽいんだよな。おいら、頼んだりそんな覚えなかったんだよ。誰なんだろうなって、間違いかもしれないよな。だからおいら、それの中、見とこうって、拾ってそこで中見てみたんだけどさ。なんか前に見たことあるんだよな、これ。なんだったかって思ったら、あん時のおばちゃんの、煮物。フタ、ちゃんとしてあるんだけど、前と同じ出汁とかのいい匂いしてよ。それに、これもあん時と同じタッパー使ってんのね。透明ので、フタが青いやつ、チープなんだよな。そこまで見て、おいら、またおばちゃんき利かせて持ってきてくれたんかなって。そんなふうに思ったんだけど、ちょっと引っかかるっていうか。なんでかわかんねーんだけどさ。落ち着かないっつーか、なんだかよ。で、そのタッパーの煮物の入れ物も前みたいに返さなくていいとか、そんな感じかって、思い出しながら袋の中見てて、そうしたら、その中のとこ、紙も入っててよ。メモっていうのか、書いたんだろうってやつ。それおいら、開いて見てみたよ。

    ──────────────────────

    こんばんは。
    先日は、ご連絡下さりありがとうございました。

    こちら、お礼に代えさせて頂きました。
    お口に合えば良いのですが、宜しければどうぞ。

    入れ物は粗末なものですので、適当にしてもらって構いません。

    ──────────────────────

    これ、あいつだよな?
    名前ないんだよ。書いてないの。
    でもわかるの。おばちゃんのも、あれ、そうだよな?この、礼儀っつーか。なんか気が利きすぎてるっていうかさ。気遣われるほど、胸んとこ締まってんのよ。そう考えるとよ、あの煮物も、匂いと味がスっとまっすぐに感じるっつーか。
    ていうか、その言い方ってのが、文字なんだけとさ、読んでるとタソガレ、おいら見てるっていうか。そんなの感じちまって、気分もまた重くなっちまった。

    これ、玄関先で読んでてさ、おいら、立ってた玄関とこから見える、辺りのどこか夜の暗いとこ、またおいら見てるって、ブレないタソガレ、いるんじゃないかってよ。寒くもないってわかってんのにさ、なんか震えて、止まんねーっていうか。

    タッパーの煮物持ってとにかく家入って、おいら、食べてなかった夕飯食べたんだよ、煮物も一緒に、やめときゃいいはずなんだけどさ。うまいって感じるのが 、感じるほど、食卓から見えてるあのベランダ、カーテンの先の、あいつ、隙間とかそういうのとかさ、見えてるのか、ってヒリヒリ感じるのよ。だから結局、なにがおいしいとか、わかんなくなってたな。食ったあとのタッパー、また空になったやつ、洗って、前もらったタッパーの所に重ねといたよ。本当、デザインから大きさも全く同じだったんだな、ピッタリでよ。だからおばちゃんの時のも、あいつからで間違いないって、わかったところでどうしようもねーのよ。ただなんだかうなだれるって感じでおいら、布団かぶって寝たんだよな。

    そういうのが、たまらなくってよおいら、急遽さ、会社に有給お願いしたんだよな、明日からの1週間ってかんじで。

    「マサくん体調?顔色も、なんかあった?」
    「いえ、ご心配ありがとうございます」

    もうさ、ここで言うのも、どっから話せばいいのか、わからねーし、お礼だけ、それだけは言えたけどよ、なにもそれ以外は言えなかったんだよな。

    いつも通り定時であがったあと、柄じゃないのにひとりで酒飲みに、居酒屋入って、食べたり飲んだり、周りもガヤガヤしてればって。いや、もう既に、アチラさん、いて、ブレずに見てるな。

    帰りって酔ってたのか、おいら、明日から有給出したし、そこはへっちゃら、でもへっちゃらなんかじゃないから、あんなに酔ってたんだと思うよ。

    家着いて、カーテンしまった家のなか見て、洗面台まえ来て、多分顔洗おうってしてたんだよな。まえの鏡さ、いや、そこじゃなくて、おいらの顔、久しぶりに自分の顔見た気がするよ。そのおいらの目、黒目だよ、そこにいるの、タソガレ、ブレないで。

    すぐそっから目逸らして、顔適当に拭いて、そしたら深い息しか出なくなっちまった。

    んで、おいら、なんか、涙出てきちゃってよ。胸がしまるのが、声もちっさくなっちゃうし。

    涙、ポロポロとさ。
    そしたら、
    涙、その涙の雫のなかんとこ、

    いるの。
    タソガレ。
    ブレずに、正面向いてさ。

    おいら笑っちまった、それしかできなかったのかな。ブレずに、笑っちまったか。

     
     
    話をいろいろ書いてます。 読んでくれたらうれしいです。 ホラー、幻想、不思議などの 短編を書いたり 最近はダンジョン探索物語を 自作で書き連ねてます。 まだそれは公開してません。 ホラーものもまだいくつか書いたものが あるので興味持って頂けたら 随時公開してみます。

    あなたへのおすすめ