
エッセイ|苦しみもまた…
昔のことを思い出すとき、
わたしは幸福だけを美しく記憶しているわけではない。
苦しみもまた、どこか特別なものとして記憶している。
「あの頃は良かった」
と懐かしむことがある一方で、
「あの出来事があったから苦しかった」
「あの人のせいで苦しかった」
と思うことがある。
けれど、その理解はどこまで確かなのだろう。
幸福と同じように、
苦しみもまた単独の原因から生まれたわけではないはずだ。
若さゆえの未熟さ。
知識の不足。
人付き合いの拙さ。
体調、経済状況、社会的立場、将来への不安。
そうした数えきれないほどの条件の結びつきの中で、たしかに
苦しみは存在していた。
けれどわたしは、
「幸福は戻らない」という無常には絶望を感じるのに、
「苦しみは戻らない」という無常には、あまり目を向けてこなかった。
幸福が再現不可能なら、苦しみもまた再現不可能なはずなのに。
だから、あの頃の苦しみが再び訪れるのではないかという恐れは、
どこかで生まれた影のようなものなのかもしれない。
もちろん似た状況は起こるだろう。
似た感情も湧くだろう。
けれど、それは「あの苦しみ」そのものではない。
あのときを支えていた条件は、もうどこにも存在していない。
無常は残酷な法則ではなく、救いなのかもしれない。
この瞬間もまた、過去にはなかった新しい条件が集まり、
わたしの時間をつくっている。
そう思えた途端、肩の力が少しだけ抜けた。
小さな幸福が生まれた。