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悪夢をお茶会に誘う

    お茶はいかが?
     夢の中で、人はどこへでも行くことが出来ます。勝手にどこかへ連れていかれることもあります。全く違う誰かになった姿、行ったことのない場所、現実にありそうな出来事から、現実には起こりそうもないドラマチックなストーリーまで。ほんの少しの想像力があれば、学校で、職場で、ソファで、あらゆる状況で夢見ることは出来るのです。
     しかし、夢を見ることは私にとって闘いです。眠っている間に見る夢は、不思議で愉快な世界というよりも、私を恐怖の中に沈めることを意味するからです。

    現実のリハーサルは十分だから、寝たい

     いつの頃からか、眠りから目覚めると夢の内容をはっきりと覚えていて、多いときは3~4個の夢を全て詳細に記憶していました。誰に会ったとか、どこにいたとか、食べ物の味や匂い、BGM、景色の中で動く人や自然まで記憶していて…どうも五感が鋭く働いているようだと思っていました。
     もしそうなら、「想像力が豊かなのか?もしかしてクリエイティブ職に向いている?」と思っていました。書籍を読んでみると、怖い夢を含めて「夢は現実のリハーサル」と書いてあるので、仕方ないものかと思っていました。

     博士課程に入ってからは、論文を書く夢や口頭発表をする夢など現実のスケジュールに沿った夢が増えていきました。漠然と不安に駆られるような感情が爆発する夢も見るけれど、大事な試験の前には追いかけられる夢を見たり、準備不足で舞台にあげられる夢を見たり、ということもあり、他の人も見るようなよくある悪い夢だと考えていました。
     
     しかしある日、限界が訪れたのです。
    夢をたくさん見ているだけではなくて、夢が悪化していると感じ始めた頃のことです。
    例えばこんな夢を見ました。

     飛行機に乗っている。ビジネスクラスで一人旅に行く。ベルトを締め、持てあました時間をじっと待っていると、いよいよ離陸する。しかし、離陸した途端にぐにゃりと視界が歪み、身体がふわっと浮くと、飛行機が墜落していく。自分が正面から落ちていく感覚と、飛行機の中でどうしようもないという絶望感。気が付くと、私は無傷のままで、またビジネスクラスの機内に座っていた。「これはまた落ちる」と分かっていても、抜け出せない。そうしてまた、離陸すると共に墜落する。

     目覚めると、筋肉痛で全身が痛み、汗でくたくた。頭痛と腹痛に、歯茎まで痛む。恐怖、不安、怒りが湧いて、全てのエネルギーが吸い取られている。さらに眠る前より眠い。体調が最も悪い状態に陥るという、睡眠疲れというようなものが起きていました。
    こうした夢見を、週に何度も繰り返していたのです。加えて、飛行機の墜落の夢以外に、火事や津波といった災害、戦場で爆弾を受けながら戦う夢など命の危機を感じる夢が増えていきました。
     日中の生活は「眠い、だるい、怖い」に浸食され、昼寝を試みるも悪夢が続きました。夜眠ることも怖くなって、就寝時間が遅くなると睡眠時間が削られていきました。
     ついに、睡眠が日中の生活を脅かし始めました。

    睡眠外来に出会って

     眠れているのに、眠れていない。
     そうした日々が続き、ついに病院に行くことを決めました。
     私の場合は、眠っている間に声を出したり、歩き出したりということは無かったので、傍から見ると「静かに長く寝ているだけ」のように見えます。悪夢でうなされて寝言を言ったり、暴れたりはしないからです。それでも、静かに寝ているように見えて、起きた私がぐったりしているので同居している家族も心配するようになりました。
     
     この時、一番の願いが「とにかく悪夢無しで寝かせて…」だったので、睡眠外来に行くことにしました。

    悪夢障害を出迎えた

     慣れない電車に乗って、慣れない駅に行って、慣れない病院に緊張しながら遂に受けた診察でした。まずは、穏やかな先生にホッとしました。
     そしてじっくり話を聞いてもらい、説明を受けたあとに「悪夢障害(Nightmare Disorder)」との診断を受けました。あまり聞いたことのない障害ではあるけれど、抱えていた不安や恐怖に既に名前があることが分かって安心しました。
    「悪夢って障害に結びつくのか…」と興味深い気持ちもありました。
     
     そうして、薬に頼りつつ、まずは睡眠日誌——何時に寝て、何時に起きたか、眠気はいつあったか、薬の服用時間、その日の特筆すべき出来事—を書き始めました。
     書くことは大好きなので、絵日記やメモ書きも活用しながら睡眠と向き合い始めました。すると、今ある人間関係や悩み、自分自身のことについて振り返る時間が増えていきました。そうして、過去の嫌な体験、現在抱えている不安や心配、未来に対する恐怖…自分がいかに緊張しながら怖がって暮らしているか、客観的に見えるようになったのです。

     さらに知識を得たかった私は、「悪夢」「研究」というキーワードでひたすら論文検索をしました。せっかくなら専門知識に触れようと思い、睡眠障害に関する論文を読むようにもなりました。
     睡眠研究の展開を覗いていく中で、睡眠の仕組みについて分かっていること、最新の検証結果、まだ明らかになっていない現象について知りました。悪夢は様々な原因で生じるもので、人それぞれの生活や経験と密接に結びついているということ、そして環境が変われば眠りも変わりうるということです。
     色々な状況下に置かれて、人生の中で自然に悪夢が消失する人もいれば、長い年月を悪夢と過ごす人もいるのだと思います。

    悪夢は病的なものではないが,体験する頻度が頻繁であり,日常社会生活に影響を及ぼし,ウェルビーイングを損なうものは障害とみなされ,治療対象の徴候とされる.悪夢の一般的な原因としては,ストレス,ネガティブなライフイベント,心的外傷後ストレス障害(PTSD),うつ病,他の精神疾患,薬剤の副作用などがあげられる.

    (西多 2024:288) 

     まずはじっくり文献を読んで、悪夢そのものは敵ではないと学びました。そして、研究が積み上げられ、発表され、その成果を読めることは、本当に大事なことだと感じるようになりました。悪夢障害の当事者になって、「情報が限られている中で小さな情報でも何か手掛かりが欲しい」という気持ちを強く実感することになったのです。
     大学院生の私にとっては、差し迫った自分の困りごとを紐解くような研究に手が届く体験を通して、「私も、より多くの人が手に取りやすい形で情報発信をしたい」と改めて思う機会でもありました。


     さらに、文学や哲学的な側面から夢を考察したものもあると知りました。昔の人々が悪夢に悩んでいたことや、どう対処していたか、夢をどう解釈していたか…時代を超えて伝えられる知識は興味深いものです。
     そこで出会ったのが、イギリスの詩人であるサミュエル・テイラー・コウルリッジ(1772年- 1834年)という人の悪夢体験を巡る論文です。
     

    彼は自分の見た悪夢の内容を詳細に書き留めるだけでなく,悪夢を見る前後あるいは睡眠中の自分の体勢や健康状態を書き留め,悪夢経験に顕著となる二重感触(double touch)などの感覚作用や,入眠時・覚醒時の移ろう意識を記録し,夢の起源について深層心理の分析を試みるなど,夢・睡眠に関わる夥しい数の記録を残す努力をしている。

    (安斎 2017:2)

     まさに睡眠日誌のような試みをコウルリッジが行っていたと知り、親しみが湧きました。
    悪夢に力を吸い取られながら、夢の分析をするコウルリッジ…
    悪夢に力を吸い取られながら、夢の分析を試みる私…
    時代を超えて重なり合う瞬間でした。
     コウルリッジは、"The Pains of Sleep"という詩を発表しています。残念ながら原著は入手出来ませんでしたが、インターネットの海の中で詩が見つかりました。

    Sleep, the wide blessing, seemed to me
    Distemper's worst calamity.

    https://www.poetryfoundation.org/poems/43995/the-pains-of-sleep

     「眠りという恵みが、私には苦痛だ」というこの一節に引き込まれました。「1800年代に眠りの苦痛を詩にして発表していた人がいる」ということがとても面白く、詩が引き継がれて私の眠りの苦痛と呼応していることに感動したのです。どこかでアーカイブが途絶えていたら…もし誰も研究をしなかったら…詩への関心が失われていたら…
     私はコウルリッジには出会ませんでした。

    お茶はいかが?という方法

     とはいえ、不安や心配がサッと消えることはないと思います。生まれた不安や心配は、頭の中を支配して増幅していく。楽しい時間や幸せな出来事よりも、嫌な感覚の方へと思考が向いていくからです。
     正直、睡眠日誌を書くことさえ大変な日もあります。寝起きに怒りに震えていると、走り出したくなります。文字通り、外に飛び出して駆け出したくなるのです。そして意味もなく買い物をして、身体に悪そうなものを山ほど買いたくなります。
     あらゆる衝動に支配されて危うい時間を過ごし、何か悪いことが起こりそうな想像に支配されて不安な時間を過ごします。ハッと飛び起きるのは、朝方だったり夜中だったり様々…睡眠はそう簡単に整わないのです。
     睡眠という課題に根気よく向き合いつつも、課題を一旦置いておくことも心身の解放には必要なことだと感じています。そのバランスが難しいのです。
     
     色々と思案していると、夜更かしが得意な家族が「お湯を沸かそうか?」「おやつ食べる?」と言ってくれたことで、ひらめきました。

    「そうだ、お茶会を開いて悪夢を招こう。」

     詩人コウルリッジに影響されつつ、悪夢生活をなんとか優雅に過ごそうという苦肉の策です。悪夢を生活から無理に切り離そうと頑張るのはやめて、受け入れてみようという作戦でした。
     ほうじ茶、紅茶、コーヒーなど「お茶会基本セット」と呼べそうなものは家にありました。そこに1つか2つ、クッキーまたはおせんべいを添えて。怒りが大きい時は、たくさん噛めるグミをぽいぽいっと口に放り込むと…

    湯気がぽわ~っと上がるのを見ながら香りに集中出来ました。
    おやつをポリポリ、バリバリ。ムニムニ。感触に集中していると現実に身体が帰ってくるような気がするのです。

    「今日も怖い夢だったなあ」と振り返りながら、夢を分析する余裕が生まれる時があります。夢の中で走りながら、闘いながら、手には水鉄砲を持っていて、本物ではなかった、とか。夢で飛び交っていた爆弾が、風船だった、とか。
     「でもやっぱり怖いなあ」と思いながら、おやつをもぐもぐ。
    そうして段々と思考が落ち着いて、気分が少し落ち着いてくるのです。

    悪夢は巡る

     悪夢障害との暮らしは、徐々に改善されながら時に振り出しに戻されることの繰り返しです。治るか、治らないか、というよりは「どう付き合うか」なのだと思います。
     最近は、寝起きに軽快な音楽を聴きながら身体だけノリノリにしてみることも増えました。気持ちは全く回復していないけれど、形から取り戻すという技です。眠気とだるさで目は開かなくても、少し動いてみると張り詰めた身体もほぐれて良い気がします。
     
     上手くいかないことも多いです。一日中布団にくるまって、「眠い、寝たくない、眠い」を繰り返していることもあります。予定がある日はそのまま家を出ないといけないので大変です。原稿や発表の締切が近い時、作業に集中しなければならない時には、眠気によるミスを防ぐために工夫しないといけません。
     起きていることを諦めて寝ると、また悪夢を見たりします。悪循環です。

    今日も待つ

     夢は私をあらゆる状況に置きます。場所も時間も、天気も違えば、持ち物も言葉も違います。リハーサルし続けても、まだ新しい夢を見る私の心身。想像の宝箱のような夢、そして感情の溜まり場のような悪夢。複雑な夢見の日々です。
     
    夢の中ではまだお茶会を開いたことがありません。そのうち、あらゆる夢の状況で「さあティータイム!」と行動出来るようになったら良いなと思っています。いわゆる明晰夢(夢の中で夢を見ていることに気が付いて自由に行動・変容出来ること)です。
     悪夢は、いつやってくるか分かりません。「最近はよく眠れているなあ」と思っていると大悪夢(だいあくむ、私はそう呼んでいます)が現れたり、連続上映(複数の悪夢を見ること、私はそう呼んでいます)が行われたり…   
     一人の研究者としては夢は不思議なもので、探究しがいのあるものだと思います。当事者として、研究者として視点を複数持つことで時に感情的に、時に冷静に夢と向き合っています。

    今日もお茶会の準備をして、悪夢を待つことにします。

    参考文献一覧
    安斎恵子 (2017)「夢を生きるコウルリッジ(1)―‘The Pains of Sleep’を中心に―」『人文研紀要』中央大学人文科学研究所、83巻:1-30頁。
    西多昌規(2024)「悪夢」日本睡眠学会編『睡眠学の百科事典』、丸善出版、288-289頁。 
    Samuel Taylor Coleridge "The Pains of Sleep" Poetry Foundation  https://www.poetryfoundation.org/poems/43995/the-pains-of-sleep

    #創作大賞2026


     
     
    博士課程の大学院生(文系)です。よく眠り、よく夢を見ます。日々のティータイムは欠かせません。

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