
祈りのロジック 第25話「冬のあとで」
◆ 今回のあらすじ(第25話)
冬が、過ぎた。
ミラは、ヨアンの家を出なかった。 ライラは、ギルドに戻り、サイラスの隣でまた仕事をした。 上書きの話は、二人とも、しなかった。
ある日の午後、坂の途中で、ライラは、下りてくるヒナと立ち止まる。 「ミラさんは、嬉しそうですか」 「……うん」 「そうですか」
それで、よかったのかな—— ヒナは答えなかった。
坂の上では、レンの足元にミラがしゃがんで、何かの草を引いていた。 ライラは、もう一度、坂を上り始めた。
王都編、最終話。
冬が、過ぎた。
ミラは、ヨアンの家を、出なかった。
出ないまま、写字工街の一軒として、その家を、保った。
近所のおかみが、ミラのことを、気にかけた。
気にかけたまま、ミラの一日を、覗き込まなかった。
覗き込まないこと、が、写字工街の、やさしさだった。
ライラは、ギルドに、戻った。
戻って、サイラスの隣で、また、仕事を、した。
仕事のあいだ、サイラスは、ライラに、上書きの話を、一度も、しなかった。
ライラも、しなかった。
しないまま、ライラは、ときどき、写字工街の北の坂を、上った。
坂の上では、レンが、石塀に、座っていた。
座っていない日も、あった。
座っていない日には、ライラは、坂を、半分だけ上って、戻った。
戻る途中で、ミラに、会うことが、あった。
会うと、ミラは、ライラの手を、引いた。
引いて、ライラを、家のほうへ、連れていった。
家には、たいてい、レンが、いた。
いない日も、あった。
ある日の午後、ライラが、坂を、上っていると、ヒナが、坂を、下りてきた。
「ヒナさん」
「ライラさん」
二人は、坂の途中で、すれ違わずに、立ち止まった。
「お元気ですか」
「うん」
「ミラさんは」
「うん」
「嬉しそうですか」
ライラは、息を、吸った。
「……うん」
「そうですか」
ヒナは、微笑んだ。
微笑んでから、
「それで、よかったのかな」
と、ライラは、小さく、言った。
ヒナは、答えなかった。
答えないまま、坂を、下りていった。
下りる途中で、振り返らなかった。
ライラは、坂の途中に、しばらく、立っていた。
立っていたまま、坂の上を、見た。
坂の上で、レンが、石塀に、座っていた。
レンの足元に、ミラが、しゃがんでいた。
しゃがんで、何かの草を、引いていた。
引いた草を、レンに、見せていた。
レンが、ミラの草を、覗き込んでいた。
覗き込んだまま、何も、言っていなかった。
ライラは、その光景を、長いあいだ、見ていた。
見ていたまま、
「……うん」
と、自分の中で、もう一度、言った。
「うん」
それが、何への、うん、だったのかは、ライラには、わからなかった。
わからないまま、ライラは、坂を、上り始めた。
ヨアンの祈りが、何だったのかは、結局、誰にも、わからない。
サイラスが取り出した芯は、たぶん、本当の芯だった。
ライラが上書きした意味は、たぶん、本当ではなかった。
レンは、何もしなかった。
ヒナは、通り過ぎただけだった。
それでも、ミラは、嬉しそうだった。
嬉しそうだった、ということだけが、王都に、残った。
それで、よかったのかは、誰にも、わからない。
わからないまま、王都の坂を、また、誰かが、上っていく。