
「本当に薬剤師さんですか?」
「本当に薬剤師さんですか?」
患者さんに、よくそう尋ねられることがある。
その表情には、少し驚きが浮かんでいる。
私は微笑みながら、
「はい、一応きちんと薬剤師です」
と答える。
すると、多くの患者さんがこう言う。
「こんなに話を聞いてくれるとは思わなかった」
精神科病棟で働いていると、そんな反応を向けられることがある。
薬剤師といえば、薬を渡して説明をする人。
多くの人が、そういうイメージを持っているのだと思う。
だからこそ、椅子に腰を下ろしてゆっくり話を聞くだけで、驚かれてしまうことがある。
精神科では、本人が望まない入院や治療が必要になる場面もある。
そのため、
「どうせ自分の気持ちは聞いてもらえない」
と感じている患者さんも少なくない。
だからこそ、ただ薬を渡すだけではなく、まず話を聞こうとする姿勢そのものに驚かれるのだと思う。
「薬剤師は薬の説明だけをする人だと思っていました」
「そこまで考えてくださるのですね」
「あなたのような薬剤師には初めて会いました」
そう言われるたびに、世の中にとって薬剤師とは、やはり“薬を渡す人”なのだと感じる。
もちろん、それは間違いではない。
薬を安全に使用してもらうために、用量を確認し、副作用を確認し、飲み合わせを確認する。
それは非常に重要な役割である。
しかし精神科では、それだけでは十分ではないことがある。
「薬を飲みたくない」
薬を飲みたくない人がいる。
飲むことができない人もいる。
「薬を飲めば楽になる」と頭では理解していても、気持ちが追いつかない人がいる。
精神科の病気は、“治療を受ける力”そのものを奪ってしまうことがあるからだ。
私は、そうした患者さんたちと対話を重ねる。
なぜ飲みたくないのか。
何に不安を感じているのか。
何を失いたくないのか。
時には、患者さんが医師には話せないことを、ぽつりと打ち明けてくれることもある。
「太るのが怖い」
「頭がぼんやりする」
「自分ではなくなるような感じがする」
「もう元の自分には戻れない気がする」
精神科の薬は、症状だけではなく、その人の生活や感覚にも深く関わっている。
だから私は、“薬として正しい”だけではなく、“その人が続けられるか”を大切にしたいと思っている。
もちろん、医療として必要な治療は存在する。
再発を防ぐこと。
興奮を抑えること。
眠れるようにすること。
一方で、患者さん自身にも「こうありたい」という思いがある。
眠気が少ない方がいい人。
仕事を続けたい人。
できる限り薬を減らしたい人。
私はいつも、その間で考えている。
どうすれば、安全を守りながら、その人の希望にも近づけるのか。
時には診察に同席することもある。
患者さんがうまく言葉にできない時、
「本当はこういうことがつらいんですよね」
と補足する。
逆に、医師の説明が患者さんに届いていないと感じた時は、噛み砕いて伝え直す。
時には患者さんと一緒に、
「どうしてもこの薬でないといけないのでしょうか」
と医師へ尋ねることもある。
もちろん、ただ患者さんの希望を代弁するだけではない。
薬を減らす危険性も、再発の可能性も、私は知っている。
だからこそ、患者さんの思いと、医師が必要と考える医療、その両方を理解した上で、“落としどころ”を探していく。
私は、その間をつなぐものは「薬剤師の知識」なのだと思っている。
「私は納得できません」
以前、病名を受け入れられず、薬を拒否している患者さんがいた。
その方は、どうしても「統合失調症」という病名を受け入れられなかった。
「自分はそんな病気じゃない」
「聞いていない」
そう繰り返し、薬を飲もうとしなかった。
ある日、私は診察に同席し、患者さんが病名を受け入れられていないことを医師へ伝えた。
すると医師は、少し強い口調で言った。
「何ヶ月も保護室に入っていて、自分の病名を知らん? そんな事があるか。お前は統合失調症だよ。分かったか!」
その瞬間、患者さんの顔つきが変わった。
無言のまま、診察室を出て行こうとした。
私は咄嗟に、患者さんの手を握った。
「納得したの?」
そう聞くと、患者さんは涙を浮かべながら、小さく首を振った。
私は医師に言った。
「私は納得できません。
私に納得がいくように説明してください。」
医師にも理由があった。
その患者さんは他院からの転院で、以前の病院では保護室を使用していた。
だから医師は、病名を告知されていないはずがないと思っていた。
さらに、転院後もなかなか薬を飲まなかったため、“薬を飲みたくない言い訳として、病名を知らないと言っている”と感じていたのだという。
私は、その話を聞いて、どちらが悪いのだとは思わなかった。
精神科では、「病気を受け入れる」ということ自体が、とても難しい。
特に統合失調症という病名には、社会的な偏見もある。
自分がその病気だと認めることは、時に、自分自身が壊れてしまうような恐怖を伴う。
その患者さんには病識が乏しく、自分の症状を病気として理解することが難しかった。
だから私は、パンフレットを使いながら、ひとつずつ症状を時間をかけて確認していった。
眠れていたか。
周囲が怖く感じなかったか。
誰かに監視されているように感じなかったか。
患者さんは最初、
「違う」
と言っていた。
でも、一緒に整理していくうちに、少しずつ黙り込む時間が増えていった。
私は、病名を“納得させる”のではなく、「自分の中で何が起きていたのか」を、患者さん自身が整理できるようにしたかった。
精神科の治療では、正しいことを伝えるだけでは届かないことがある。
相手が受け止められる形まで、言葉をほどいていかなければならない。
私はあの時、薬剤師の仕事は、薬を説明することだけではないのだと改めて思った。
患者さんが、自分の病気や治療を、“自分の言葉”として受け止められるよう支えること。
それもまた、精神科薬剤師の大切な役割なのだと思う。
「お前がおらんと仕事にならん」
以前、病棟へなかなか上がれない時期があった。
薬局業務が立て込んでいて、どうしても手が回らなかった。
するとある日、一人の医師が薬局まで来て言った。
「なんで病棟こんのや。お前がおらんと仕事にならん」
私は驚いた。
自分では、特別なことをしているつもりはなかったからだ。
ただ、患者さんが何を嫌がっているのか。
何なら続けられそうか。
今、本当は何に困っているのか。
それを医療者側に伝え、逆に医療者の考えを患者さんに分かる言葉へ変えていただけだった。
でもその時、精神科の薬剤師は、“薬を出すため”だけではなく、“治療をつなぐため”に必要なのかもしれないと思った。
精神科の薬剤師は、単に薬を管理するだけの仕事ではない。
患者さんと医療者の“通訳”のような役割なのだと思う。
患者さんの「つらい」を、医療者に伝わる言葉へ変える。
医療者の「必要な治療」を、患者さんが受け入れやすい形へ近づける。
そのためには、病気の知識も、薬の知識も必要である。
しかし、それと同じくらい、“相手の話を丁寧に聞くこと”が必要なのだと思う。
「昨日より少し眠れた」
精神科では、「昨日より少し眠れた」という小さな変化が、治療の大きな一歩になることがある。
劇的に人生が変わる瞬間よりも、そうした小さな回復の積み重ねの方が多い。
眠れるようになる。
食事を少し食べられるようになる。
他の患者さんと挨拶ができる。
自分から薬を飲めるようになる。
そうした変化を、患者さん自身が気づけないこともある。
私は、その小さな変化を患者さんに伝え、共に喜べる仕事であることに誇りを持っている。
ある患者さんが、退院前にこう言った。
「最初はこの病院が嫌いでした。でも、薬剤師さんと話せたことで助かりました」
私はその言葉を、おそらくこれからも忘れないだろう。
私は今日も病棟へ向かう。
胸ポケットには、何度も書き直したメモが入っている。
「昨日より少し眠れた」
「薬を減らすのが不安」
「退院したら働きたい」
そんな言葉を抱えながら、私は今日も患者さんの話を聞く。
それでも、患者さんが安心して話せる薬剤師でありたいと思っている。
たとえまた、
「本当に薬剤師さんですか?」
と驚かれたとしても。