【短篇】花退治
突然消えて沙汰も無いまま幾年月。
顔も忘れたあの人より褪せて黄ばんだ葉書が届いた。
鉛筆書きで時と所が記された打切棒にも程がある手紙。
花見の誘いなのだろうか。
読んでそのまま新聞袋に放り投げていたが、約束の日の前日、弁当提げた昼休みのその足が、自然とその場所へ向かっていることに気がついた。
その場所とは、花見で賑わう中央公園。
紅白の鯨幕に提灯、実に派手派手しく、片や既に盛りを過ぎつつある染井吉野は、村芝居の幕切の紙吹雪のようにはらはらと花弁を散らしているのだった。
輪郭がはっきりしない昔々の思い出たちが、甘いような苦いような感覚となって目の前の風景と重なっていく。何かを考えているような考えていないような頭で茫洋と立ち尽くしていたら、どこからともなくドコドコと太鼓の音が聞こえてきた。
その音と共に現れたのは、鬼。
角が、眼が、鼻が、牙が、物凄い強さで迫ってくる。
私は、叫ぶでも逃げるでもなくただ眼を見開いてその姿を見つめていたが、昼休みが無限でないことを思い出すと、そのまま混凝土の長椅子に腰掛けて弁当を食べ始めた。
今し方、弁当屋で買ってきた昼の特価弁当には、その日の余りであろう具材が一期一会で詰め込まれている。
本日は、鯖の味噌煮に椎茸の煮染、それからツナマヨ握りに金時豆。
傍らで呻る鬼を横目に、毳立った割箸で金時豆をつまむ。
するとどうだろう。パン!と弾けて赤い前掛の金太郎さんが現われた。
――やあやあ我こそは、熊に跨り御馬の稽古、はいしどうどうの坂田金時豆也。
それを皮切りに、特価弁当からどんどん飛び出す三人衆。
碓井貞光ならぬ碓井鯖味噌、卜部季武ならぬ卜部椎茸、大取は御存知、泣く子も黙る渡辺綱ならぬ渡辺綱マヨと名刀鬼切なのであった。
やや、これは、鬼退治で名高き頼光四天王ではないか。
空となった弁当箱を割箸でここんこんこんと叩きながら、やんややんやと声援を送るその目の前で、エイヤエイヤの鬼退治が繰り広げられていた。
多勢に無勢の鬼は必死で抵抗していたが、矢庭に己の顎に手を掛けると、ぐいぐいぐいとその御面を外そうとした。素顔を晒して私に何を思い出させようというのか。全て過ぎ去った事なのである。
既の所で、綱マヨ操る鬼切にて叩っ斬られた鬼は、這う這うの体で鯨幕の向こうへ逃げて行った。
忘れていた筈の彼や是やを思い出させる花の季節は苦手である。その桜色が全てを善きことに彩ってしまうのがどうにも解せない。
鬼は鬼。成敗済ませた鬼として、感傷的にはなるまいぞ。
明日はもうここには来ない。
いつの間にか特価弁当の中身は戻り、春の昼光に艶々と照り映えていた。
私はもぐもぐと一心不乱に頬張りながら、今の幸せを噛みしめていた。
(了)
