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封印していた缶コーヒーと、あのときの私へ。


    自動販売機の思い出……すぐに思い浮かんだのは、4年ぶりに缶コーヒーを飲んだ、あの日のことだった。


    あれは、40歳の春。2人目の不妊治療を、終わりにすると決めた日。


    3回目の胚移植だった。hcg0.1と記載された用紙を医師から無言で渡されて、(今回も着床しなかったんだ)と察した。


    「先生、これで、もう終わりにします」と伝えた声が、診察室の白い壁に、すこしだけ跳ね返った気がした。


    エレベーターを降りて、新宿駅へ向かう途中。目に入った自動販売機の前で、ふと立ち止まった。


    缶コーヒー、不妊治療中はずっと封印していたもの。

    カフェインは控えたほうがいいと思って、口にしていなかった。妊娠の可能性があるかもしれないからって、強く禁じていた。


    甘さも、苦さも、遠ざけて。

    必死で、「体を整えること」「新しい命を迎えること」に一生懸命になっていた。


    けれど、あの日、缶コーヒーが目の中に飛び込んできて。私は、ボタンを押した。

    もう我慢しなくていいんだよって、ようやく思えたから。


    ガシャンと落ちてきた缶コーヒー。それと同時に、張り詰めていた思いも音ともに落ちていった。


    4年ぶりに飲む缶コーヒーは、甘くて、苦くて、ほんの少しの塩味と。


    歩きながら、言葉にならない気持ちを飲み込むように、コーヒーをひと口ずつ味わった。


    ーーー


    それから、いま。


    土日は家族3人で公園に行くことも多い。


    小学2年生の息子は、自動販売機を見つけると、すぐに「のどかわいたなあ」と言う。


    「なにか飲む?」と尋ねると、「うーん、なににしようかな」と、うれしそうに選び出す。


    「おかねいれたい!」と差し出す小さなその手。

    小銭を手のひらにのせ。

    カシャン、カシャン、カシャン。


    「ぼくがボタンをおすからね!」

    背伸びして、ボタンを押そうとしている息子ーーこの命のぬくもりが、やさしくじんわりさせてくれる。


    自動販売機は、きっとただのマシーンで、感情なんて持っていない。

    でも私にとっては、人生のいくつかの節目で、黙ってそこにいてくれた存在だった。


    私がボタンを押した、あの日。

    そして、いまは、ボタンを押す息子の姿を、そっと見ている。


    あの日の自動販売機がくれたのは、ただの缶コーヒーじゃない。前に進むための合図だったのかもしれないね。


    2人目の命は来なかったけれど……愛しい命がすぐそばにいる。それだけで、胸の中に。
    あのとき飲んだ缶コーヒーのようなーー甘みと苦みが広がってくる。

     
     
    「ZP理論」で情報の震度を測りコンテンツ制作/writer/ZPプロンプトエンジニア/講談社児童文学新人賞1次通過/お金や社会のバグを独自の毒とウィットでハック!制度デバッガー(シャロ・FP)/サメ活投資/氷河期後半/NLPマスター/数秘/透視/ENTJ/視覚脳130/美容/旅行

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